1-5

 地図のあった大きな交差点から歩くこと五百メートルほど、四階建てで縦よりも横に広がった宿泊施設に到着する。

 重いガラス張りのドアを開けて中にはいると、カウンターにいる暗めな女性が軽く会釈をしてくる。カナリアの服装が珍しいのか従業員の視線が露骨にこちらに向く。

 私はカナリアが受付で手続きを済ませている間、なんとなく周囲を見回す。ロビーは物が少なく変にさっぱりとしていて、その分天井にセットされている監視カメラが目立つ。ロビーの左横にはかつてカフェがあったようなスペースが見え、その反対にはコンビニのような店があって日用品なんかは一通り揃いそうだ。

「終わったわよ」

カナリアがルームキーを持ってこちらに近づいて来る。

「部屋は2階、向こうにエレベーターがあるわ。部屋の確認だけして食事に行きましょう」

「了解」

 エレベーターに乗って二階へ。

 部屋に入るとまず最初に取りあえずベッドにダイブ。やや控えめなバネの反発が程よく私の身体をはねさせる。ちゃんとしたベッドなんて始めてだ。

「何遊んでいるのよ」

ベッドに顔を埋めたまま横を向くとカナリアがベッドの縁に座っていた。

「済んだら早く行くわよ」

カナリアは乱れた髪とヘッドドレスを直しながら立ち上がる。なぜ髪が乱れている?

「荷物もちゃんと持っていくのよ。最近は物騒だからね」

何事もなかったかのようにカナリアはドアの方へ。

「物騒ていうと、鍵は相変わらずアナログなまんまなんだよな」

「これでも昔に比べると進歩しているのよ」

複雑な文様が掘られた金属のプレートを鍵穴に差し込みながらカナリアは言った。

「一回は全部デジタルに変わった時代もあったそうなのだけれどね。回り回ってアナログの方がセキュリティが高いみたいね」

「へえ」

「まあ、私は自分のセキュリティしか信じていないけれど」

「魔術のやつか?」

「そうよ。あれを突破できる程の魔術師だったら私が本気で戦っても勝てないでしょうね」

「そんなに強い魔術なのか」

「あなたには感じられないでしょうけれどね」

「そうかい」

 私に魔術の才能がないことくらい十分知っているからな。

 建物の把握の為に今度は階段で一階に降りる。

「これから食事に行くのだけれど、この近くにカフェはあるかしら?」

 カナリアが先程の従業員に話しかける。

「カフェ、ですか……、近くにレストランや食堂ならありますけど、カフェは少し歩かないとありませんね」

「なら、近くにあるレストランの場所を教えて、できれば紅茶の飲めるところが良いわ」

「そうですか、なら──」

 従業員は近くにあったメモに素早くレストランまでの略地図を描いてカナリアに渡す。

「ここからだと十分くらいのところです」

「ありがとう」

 カナリアは紙を受け取ると二つに折ってポケットに入れる。

 レストランに向けてホテルを出る。

「カナリア、地図は見なくていいのか?」

「あの程度の画像データはすぐにインプット出来るわ」

「へえ、それはすごい」

 基本的に二階建てくらいの建物が多く並んだ通りを進んでいく。にしても、人気のない町だなあ。信号がまるで意味がない。歩行者も自動車も通っていない。その割にホテルは普通に営業しているし、他に宿泊客も見かけてないし、どうやって経営しているのか本当に分からん。実はホテルというのは表向きで裏でなにかしているのかもしれない、というのは流石に失礼か。

「なあ、カナリア」

「なによ」

「いつまでこの町に滞在するつもりなんだ?」

「さあね」

「何も考えていないのか?」

「失礼ね。私があなたの何倍多く考えを巡らしていると思っているの」

 それは、そっちこそ私の思考なんて分からないだろうに。

「今、そっちこそ何も知らないくせにとか思ったでしょ」

「おしい。というかそれは当然の反応だろ」

「そうかしら、私なんかにはあなたみたいな低級生物の考えていることなんて分からないからね、当てずっぽうで言ってみただけよ」

「おい、さっきと言っていることが矛盾しないか」

「私はあなたが考えていることは分からないけれど、どれほど考えなしなのかは知っているのよ」

「頼むから真顔で言わないでくれ、どうしてそんなことを普通に言えるんだよ」

「もっと哀れんだほうが良いかしら?」

「分かった。もうこの話はなしだ」

「あら、そう」

 もう会話でカナリア相手には絶対に勝てないな。ホント、こういうのばっかりだと、こいつが子供の見た目をしていることなんてみんな忘れているんじゃないだろうか。これでも、ホテルのカウンターで背が届かずせっせと背伸びしてたりしてたんだぞ。

「私だって好きでこの見た目なわけじゃないのよ!」

「ああもう、思考が読めるのか読めないのかどっちなんだよ」

 って、なんだ、

「そういや、お前っていくつなの?」

「本来ならレディに歳を聞くなんて、と怒るところだけれど、ここはちゃんと上下関係を明らかにする為に渋々私の歳を明かしてあげるわ」

 レディってよりガールだがな。見た目通りにいくなら十二くらいじゃないだろうか、ひょっとするともっと若いかもしれないが……。

「二十五」

「へ?」

今何と? 十五歳の聞き間違いじゃないだろうか。もしくはカナリアの言い間違いかも。

「だから、二十五よ。本来ならもっと背も高くて身体も……母様みたいに……成熟した立派なレディになっているはずなのに」

「はあ、その見た目で二十五だって? あれか、身体が縮むクスリでも飲まされたのか」

「そんなことはないわよ。ずっとこの身体なの」

「成長期がまだなのか?」

「多分来ないわ」

 カナリアは冷めた口調で言った。そういえば、カナリアもあの施設にいたってことはなんらかの実験を受けていたのか。きっと成長が止まるほどの何かがあったのだろう。今のところ機会がないので話していないが、お互いにワケありの身なのだ。一体どんな人生を送って来たらそんな尊大な性格になるのか分からないが、その過去に何があったのかなんて、他人が勝手に深入りしてよいものでもないだろう。

「ああ、あの建物ね」

 三階建てのビルの一階部分にレストランの看板が見える。道路側に窓ガラスが配置されているも、反射と建物中が薄暗いからか中はよく見えない。ただ、オープンと書かれた札が掛かっていることから営業中であることはかろうじて判断できる。

 チリンチリン。

 控えめなベルの音と共に入店する。

 最初、入り口から見える範囲には店員はいなかったが、ベルの音が奥まで届いたのか、少し遅れて店員が出てくる。

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

「二名よ」

と言いながらカナリアが指を二本立てる。それが似合わないピースサインのように見えて少し滑稽に思えた。

「では、お好きな席へどうぞ」

 取りあえず近くの席で窓側じゃない方のボックス席に移動する。テーブルの脇に置いてあるメニュー表をとって広げる。

「ご注文が決まりましたらそちらのベルでお呼び下さい」

 店員が水を私とカナリアの前に置いてから、メニューの隣に置いてあったベル(これはまたアナログな)を指差して言った。

「なあカナリア。よく知らないんだけど、普通このタイプのベルじゃなくてボタンが置かれているものなんじゃないか」

 運ばれてきた水を一口、ぬるい。

「そうね、予算不足なんじゃない?」

 カナリアがメニューで顔を隠しながらわなわなと震えだす。そんな風にされると私が注文を決められないじゃないか。

「なんてこと、なの」

「カナリア?」

 縦に持っていたメニューをテーブルを勢いよく置く。メニューはデザートのページが開かれていた。ちなみにページにある商品は全て品切れのバツ印が貼り付けられていた。

「これじゃあ紅茶があってもお菓子がないじゃない」

「仕方ないだろ。品切れなんだったら」

「本当にそうなのかしら。大体こんなにお客が少ないのに品切れっておかしいわよ」

「お菓子だけに?」

 ゴンッ。

 私のすねに鋭い一撃。

「痛いじゃないか」

「あなたが茶化すからじゃない。こっちは真剣だというのに」

『テーテーテー、テーテー』

 突然、だんまりを決め込んでいた隅のテレビが主張し始める。一昔前の薄型テレビだ。

 カナリアの顔がさらに冷たいものに変わる。

『正午になりました。今日も市営チャンネルの時間がやってきました』

 テレビの音量が大きすぎて嫌でも内容が耳に入ってくる。

「泡沫、あのテレビは見ないほうが良いわよ」

「名前呼びなんて珍しいじゃないか」

「とにかく、画面を見ないで」

「それはいったいどういう……」

「あまり人のいるところでは話したくないわ」

「分かった」

 カナリアが本当に真剣な様子だったので思わずうなずく。ちなみに流れているチャンネルの内容は市長(?)らしき人物のスピーチから始まり、天気予報やニュースなどよくある当たり障りのない内容が淡々と進行の通りに流されている印象だ。この番組がどうしたというのだろうか。

 さらに奇妙なことに、この番組が流れている間に注文が決まったのでベルを何度か鳴らしたのだが店員が注文を取りに来る気配がない。

「どうしたのだろう」

「テレビでも見てサボっているのでしょう。あなたはくれぐれもテレビに気を取られないようにね」

 二十分ほどして番組が終了すると、テレビは再び暗黒の画面に変わる。

 今になって思い出したかのように店員が注文を取りに来た。

 カナリアは以外にも店員に対して一切の文句を言うことなく次々と注文を伝えていた。

「なあ、今言ったの全部食べるのか?」

「ええ、どうかした? あなたも十分食べておくのよ」

 いざ、注文されて次々とテーブルに並べられていく料理は男の私でも完食が難しいであろう量であった。到底女児の身体であるカナリアが完食できそうには見えない。

「そんなに注文して、お金は大丈夫なのか?」

 上品に食べつつも異様な早さで消えていく料理を見ながら心配の方向を別のことへ向ける。この分だと普通量注文した私と同じくらいの時間で食べ終えてしまうだろう。

「別に、あなたに私の財布を心配される筋合いはないわ」

「いやでも、この店高かっただろ」

「そうかしら。最近はどこもこんなものだと思うわよ。全体的に食料品は品薄なのよ。今に始まったことでもないでしょう」

「そんなものかね」

 施設生活の前の相場もよく知らないからあんまり変なことは言えないけれど、結構な金額になっていると思うのだけれど。材料の値上がりは分かるが、この店でこの味にこの価格は少々釣り合いが取れていないような気がする。別に味が悪いというわけではないのだが。いや、むしろ味に関してはうまい、思えば今までろくな料理を食べていなかったからかもしれない。そう思うくらいにはうまかったし食も進んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る