1-3
日が落ちた。
あの天に
「どうするんだよ」
月も星も見えない暗い夜。小さな焚き火越しにカナリアに話しかける。
「私は眠るわよ」
「じゃあ俺は?」
まさか何もないところで野宿するのか? 火は焚いてあるとはいえ、少し過酷じゃあないか。
「起きて野生動物や不審者がこないように見張っていればいいわ。そうすれば、一晩の給料代わりに菓子を恵んであげてもいいわよ」
「それだと俺に寝る時間がなくなるだろ」
「あら気の毒だこと」
眠る時間もないってどんなブラック企業なんだよ、しかも手当が菓子だなんて、そんな企業はとっくの昔に違法行為で解体させられているっての。まあ、長いこと外に出ていないんで最近の情勢とかは知りませんけど。
「なんか、魔術で結界みたいなものは張れないのかよ」
「あなた、魔術をなにか勘違いしていない」
そういうカナリアの語気には苛立ちがにじみ出ている。確かに魔術に関しては何も知りませんね。でもこっちも命がけなんだから。寝ている間に獣に襲われたらどうする。
「エネルギー保存則を知っているかしら?」
「はあ、まあ」
何だっけ? とっさに曖昧な返事をしてしまった。定理だとか法則だとかは専門外、学校に行っていないところからも分かる通り、私は学問はからっきしである。カナリアはこっちの返答など意識せずに続ける。
「無から有は生まれない。きちんとそれに見合った
「じゃああんたがずっと甘い物を口にしてるのもそれが理由か?」
「そうよ」
さっきの魔術で消費した分のエネルギーを取り戻そうとしている、というのは建前で実はただの甘党という線もある。というかそっちが本命じゃあないのか。
「で? 安全な寝床を確保する上で何が足りないんだ?」
「言うまでもなく
「そんなに菓子ばかり食べているのにか?」
できれば食料の方も私に分けてほしい。いくら私が空腹に強いからって、そう目の前で堂々と食べられては我慢が出来なくなってくる。
「
「同じ読み方をしたら違う単語でも聞き分けられないだろ。文章じゃないんだから」
「あなたが文字を判別できないだけではなくって?」
「だからこれは会話文だ!」
何を言っているんだろう。ふと聞き慣れないような単語が言葉にノイズする。
えーっと何の話だったか。そうだ、
「私が一晩中起きている分のエネルギーはどうなる。そして睡眠時間は」
「あら、魔術を解さない旧人類も睡眠が必要なのね」
投げかけた言葉がことごとく罵倒で返って来るな。それで、え、睡眠だって、眠らなくていいやつはもう人間じゃねえだろ。
「仕方ないわねえ」
カナリアはどこからか取り出した木の棒で自分の腰掛けている鞄の周りを囲うように線を引いて、その棒を最後に突き立てる。
「詠唱は、まあいいわね。今からこの範囲が私の領地ね」
一人で勝手に宣言して、鞄を開き、
「じゃあ、おやすみなさい」
私の眼前で従来の物理法則が覆されそうな現象が観測された。いやだって、あの鞄にそんなスペースがあると思いますか? 普通思わないだろう。普通の少し時代遅れな感がある旅行鞄なんだぜ。というか、物理的にそんな空きはないはず……。
カナリアは何のこともなく鞄の中に入った。なんだ、その中は四次元にでもなっているのか。
「そういえば、結界はどうしたんだ? おい」
カナリアに講義するため鞄を囲む線を越えて鞄に近付こうとする。
しかし、それは叶わなかった。さきほど鞄の鍵を開けようとしたときみたいに、静電気が流れたようにバチッと身体が反発する。
「自分の周りだけですか」
はあ、とため息。これなら安全だろうな。こいつだけは。
こちらから手出しが出来なくなってしまったので、仕方なく近くの幹に背を預けて眠る。一応警戒するために熟睡は避けるようにする。一日くらい寝なくたってなんとかなるだろう。思えば、実際徹夜のようなことをするのはこれが初めてになるわけなのだが、あまり不安を感じないのはやはりまだ浮かれているからなのか。
目を閉じて考える。今のところはとりあえず山を下りるとしてその後はどうする。人里に辿り着いた後はどうする。自分はカナリアとは違って何も持ち物がない。よって当面の食費すら所持していないのである。そう考えると、カナリア相手に
あれから、十年か。この国はどんな風に変わったのだろう。この山を下りた時、果たしてどのような世界が広がっているのだろう。あの頃より技術は進歩して、画期的な製品が普及していたり、生活水準が上がっていたり、貧しい人が減ったり、はない気がするな。そして、あの子は元気に生活しているだろうか。私の大好きだった人、子どもの頃によくある、将来結婚しようねなんて重大な約束をノリでしてしまうような相手。数少ない私の味方、とはいえ私が勝手に敵を作っていただけだった、なんて今の自分は冷静に振り返るのだけれど。あの頃の自分はなぜかやる気に満ち溢れていたなあ。
自分の中で流行っていた遊びは、ズバリ、『正義の味方ごっこ』なんてね。
貧しいけれど希望を持てた子どもの頃を順々に頭の中に思い浮かべてはその時と違う感想を抱いていく。じきにゆっくりと夢が迫ってきて、記憶と溶け合ってじんわりとその境目がぼやけて意識が遠のく、心地よい記憶の中で眠りに落ちていく──。
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