長浜ロック三味線
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
舞台袖まで付いてきてくれたサキが、私の格好を見て不安そうに聞いてきた。
「大丈夫、大丈夫! 練習もしたし、昨日はちょっと緊張で眠れなかったかもだけど、今はスッゴく調子良いし!」
今日――文化祭当日に向けて、みっちりと三味線の特訓をしてきた。
音合わせを何度も行い、上手い人から見れば付け焼き刃かもしれないけど、それでも一生懸命に頑張って練習してきた。
緊張はあるけど、それでも舞台に立つことのほうが楽しみで楽しみで!
「いやでも、その格好は絶対、三味線を弾く格好じゃないでしょ」
「うん、そうだね!」
「テンション|高≪た≫っかぁ~」という、サキの呆れ声も私の耳に届かなかった。
ちなみに、三味線といったら座布団の上に座って、ペンペンと艶やかに弾いているのを想像すると思う。
でも、今の私の格好は左手は棹を。右手は、バチを持っている。
つまり、両手がフリーといっても過言ではない。
サキの言う、「三味線を弾く格好じゃない」というのは、三味線を肩からかけれるようにしたストラップのことだ。
「座布団や椅子に座ってちゃ、ロックじゃないからね!」
「ムッキーは別にロッカーじゃないでしょ?」
「今日だけは、全てに反抗するよ!」
「偏見すぎる……」
だって、私はロックに興味がないんだから、ロックが好きな人がどんな人かしらない。
分かるのは、不満を発散しようともがいている人だということくらいかな?
「早乙女さん、準備はできてる?」
カッターシャツを腕まくりした吉川くんが、私と同じ三味線の首かけスタイルで外に通じる搬入用の扉から舞台袖に入ってきた。
「準備は昨日のうちに済ませたよ!」
「ベイィ~ン」と口で三味線の真似をしながらバチを大きく動かした。
「テンション高いね」
「もぅ、この子、本当に心配! 昨日、絶対に寝てないでしょ? ねぇ、こんなんで大丈夫なの?」
サキは本当の困り顔で吉川くんに問うも、吉川くんは全く気にした様子もなく笑った。
「練習もいっぱいしたし、これくらいテンションが高い方が、演奏している間は良いよ」
吉川くんからお墨付きが貰えた。やったね。
この遠足前日の高揚感が続いているのは、私の中では|希有≪けう≫なことだと思う。
それだけ、本気になれているということだ。
「次! 三味線演奏の準備をお願いします!」
文化祭実行委員の舞台担当の生徒が、幕の隙間から顔だけを出して叫ぶようにいった。
「分かった!」
吉川くんが元気よく返事した。
分厚い幕は防音効果もあり、実行委員が顔を出すだけの隙間を開けただけでも、自分たちの前の演目である『軽音部』の騒がしい音が響いてくる。
「じゃぁ、私は下に行って応援しているから」
「うん。絶対にスゴい演奏するから、ちゃんと見ててね!」
「分かってるって!」
手を振りながら、サキは階段を跳ぶことで降り、体育館へ行ってしまった。
今まで親友のサキが一緒に居てくれたからワクワクが勝っていたけど、サキと離れてしまった今は、緊張と不安でいっぱいだった。
「残念ながら、バンドとかと違って三味線はマイナーだし人気がない。だから、演奏をする時間帯も、みんながお昼を食べる時間帯になる」
体育館の放送室にある小窓近くにかけられた時計を見ると、時刻はちょうど12時を指そうとしていた。
「このバンドが終わったら、みんなお昼ご飯を食べるために出て行くはずだ。残っているのは、友達か三味線が好きか寝る場所を探しているような人ばかり」
この後のプログラムを見ると、何かの発表だったり俳句大会といった、こう言ったら申し訳無いけど地味な演目が続いている。
「だから目指すは、この体育館から一人として外に出さないことだ」
「出さない……?」
「ロック三味線なんて物珍しさだけで見る人なんて、数十秒聞けば満足して出て行ってしまう。そんな興味の無い人を、最後の最後までこの体育館に留めさせれば、それは僕らが成し遂げた偉業なんだ!」
「そっ――」
「そうだね!」と言おうとしたところで、私たちの前の演目である軽音部の演奏が終わった。
軽音部のメンバーの名前だろうか、体育館側から熱烈なアンコールのような叫びが耳をつんざく。
それに併せて、ガヤガヤと観客が体育館を出て行こうとうする音が聞こえ始める。
「それじゃあ、観客を熱狂させに行こう!」
「うん!」
2人で気合いを入れたところで、実行委員のアナウンスが入った。
「次は、2年1組早乙女睦月、2年2組吉川浩介ペアによる、三味線ロ――」
「ちょっと待ったあぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
いつの間に手にしていたのか、吉川くんは手に持ったマイクに向かって全力で叫びながら舞台袖から舞台中央へ向かい歩き出した。
突如として始まった事態に慌てながらも、私もなんとか吉川くんについて行く。
突然の大声とドスドスと踏みならすような足音に、体育館を出て行こうとしていた観客たちが何ごとかと舞台に注目した。
「こんな物は――いらーん!!」
舞台中央にデンと置かれた座布団を、吉川くんはわざとらしく大きな動きで舞台袖へ放り投げた。
普段の吉川くんを知っていればまず見ることがない荒々しい行動と、突然、始まったコントみたいな座布団投げに、観客は驚きながらも小さく笑った。
「家元ぉー! 何やってんのー!」
吉川くんのクラスメイトと思われる男子たちが、笑いながら大声であだ名を呼ぶ。
そこには、馬鹿にした様子は全くなく、純粋に吉川くんの行動を不思議に思っている感じだった。
「ムッキー! 頑張れーッ!!」
男子たちに負けじと、サキが私の名前を叫んだ。
ちょっと恥ずかしかったけど、吉川くんの座布団投げやサキの応援でだいぶ心がほぐれた。
「みんなに三味線の魅力を伝えたい! けど、三味線みたいな古くっさい楽器を同年代が聞くなんて、そもそも聞く機会なんてないと思う!」
語りながら舞台を歩き、たどり着いた先は演目が書かれた垂れ紙の前。
吉川くんはそれを指さした。
「三味線演奏? そんな昔のスタイルでみんな聞きたくないと思う」
マイク片手にリズムを刻みながら、演目の垂れ紙のはしを手に持つ。
「だから、今日は新しい三味線を――」
バリバリバリ、と墨が乾いて堅くなった紙をめくり上げる。
その下には――。
「『ロック三味線』という新しい音楽を聴いて欲しい!」
瞬間。
ドン! ドン!! ドン!!!
と、すさまじい音がスピーカーから鳴ると同時に、激しいイントロが流れ始める。
知っている『三味線』の曲とはかけ離れた激しい曲調に、一部のノリの良い生徒を除きみんな呆気にとられている。
「けど、これも違うッ!!」
パン、と『三味線演奏』と書かれた紙をめくるだけでは飽き足らず、吉川くんはさらに『ロック三味線』と書かれた垂れ紙を引き千切った。
タイミングを狙ってやっているのか、吉川くんが行動を起こす度に音楽は激しくなっていく。
それと同調するように、私の心臓もドクドク、ドクドクとスピードを上げていく。
もうすぐ演奏が始まるからだ。
「長浜ロック三味線!!」
破られた垂れ紙の下からは、そうデカデカと書かれた紙が現れた。
「長浜の名物は、三味線のはつね糸だけじゃないッ!」
マイクを持っていた手で棹を支え、もう片方の手――バチで弦を強く弾く。
「物と文化の交易要所、すなわちモノと文化の発信地ッ!」
ビィンッ! 弦を激しく弾く!
「この長浜で生まれ、そして世界へ発信される新しい三味線音楽ッ!!」
足を強く踏みならし、同時にベィン! と弦を叩く!
「それが、長浜ロック三味線!!!!」
「――ッ!!!!」
吉川くんが言い終わると同時にイントロが終わり、音が爆発する。
「「ハァッ!!」」
耳が、頭が、それら全てを理解するよりも速く、私は吉川くんと一緒に舞台を踏みつける。
バァン! と床に響く鈍い音も一瞬のことで、そこからは三味線早弾きの独壇場だ。
スピーカーから流れる伴奏の激しい音楽も、歩きながら器用に掻き鳴らす吉川くんの三味線の前にはかすんでしまう。
私も負けじと弦を弾く。
たったの2,3週間でなにができる?
できるようになる。できるようにしてもらった。
別に、吉川くんのように器用に演奏するだけが三味線ではない。
メインを張るのではなく、激しい補助演奏に徹すれば良い。
くり返しだがマンネリにならないように考えられた譜面にそって、覚え立てのラインを弾いていく。
体は少し前屈みに。
そこそこ長い髪を激し目に振り乱し、メインの演奏に合わせて吉川くんと共に体を揺らす。
「ほらほら、みんな! 大人し過ぎるぞ!!」
今まで自分たちが聞いて盛り上がっていた軽音部の演奏も、今の長浜ロック三味線に比べたら静かなもんだった。
「三味線といえば、和楽器といえば静かで雅な音を出す楽器だ」という考えを根底からくつがえす演奏をする。
呆けている観客たちに見て、吉川くんは「来い! 来い!」と煽る。
私もうつむき加減の顔を上げて体育館側を見ると、始まった時よりも観客が増えている気がする。
――いや、増えてる! 確実に、絶対に増えていたッッ!!
『スゴい! お客さんを足止めするだけではなく、呼ぶことにも成功している!』
興奮で指が滑りそうになるのを、すんでのところで回避する。
「っしゃぁ!!」
曲の途中、吉川くんの叫びと同時に私の演奏を止める。
スピーカーから聞こえていた、激しかったリズムが嘘のように静かになる。
そして始まる吉川くんの超高速三味線演奏。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!」
『ペィン』でも『ビィン』でもない、空気を叩きつけるような激しい音を三味線から轟かせながら、吉川くんは観客を魅了する。
バンバンバンバン!
曲の切れ目で、吉川くんはバチを激しく叩く。
同時に、バトンを渡すかのように、弾いている三味線を私に投げるような素振りで浮かせた。
「――よし!」
誰にも聞こえない、私にも聞こえないくらいの小さな声で気合いを入れる。
ここからは私の見せ場だ!
「っしゃぁ!」
吉川くんを真似て大声を出し、舞台前方へ躍り出る。
一気に、「おぉっ!?」と歓声という名のどよめきが体育館内を包んだ。
三味線のプロである吉川くんが早弾きの独奏をできるのは――するのは当たり前だ、とみんな思っているだろう。
私だって、「一緒に文化祭で三味線を演奏してくれ」といわれた時には、こんな風に独奏するとは思っていなかった。
初めは「できない」と拒んだけど、練習を重ねる内に、吉川くんの口車に乗せられる内にその気になってしまい、今ここに居る。
でも、それでよかった。
だって今、最高に楽しいんだから!!
「ムッキー、カッコいぃぃぃぃぃい!!!!」
サキの黄色い声援に合わせた訳じゃ無いけど、ベンベンッ! と力一杯、弦を弾いて後ろへ2歩下がる。
そしてすぐに、吉川くんと音を合わせていく。
スゴく緊張したけど、スゴく楽しい。
額から頬へかけて汗が一筋流れても、それを拭いている余裕はない。
あったとしても、たぶん拭かない。
だって、そんなこといつでもできるんだから!
今この瞬間、産声を上げた長浜ロック三味線を初めて披露する日は今日しかない!
「「ハァッ!!」」
バンバンバンバンバンッ――バン……。
BGMが止み、体育館に残ったのは生徒たちの興奮と熱気と、そしてそれらに当てられたように響き続ける弦の音。
約2分という短い演奏時間。
そこに込められた様々な感情は一言では言いあらわすことができない。
でもこれだけは言える。
ここに居るみんなは、新しい音楽の――三味線音楽の一端を垣間見たのだと。
そして私は、その当事者になれたのだ、ということ。
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