新しい三味線音楽
吉川くんの家へ三味線を習いに行くことにも慣れ始め、文化祭まであと数日と迫ったころ。
「三味線っていうのは、元々、沖縄の三線を改造したものなんだ」
キュッ、と糸巻きを巻いてズレた音を調整しながら、吉川くんはいった。
「あの、ヘビの革でできたやつ?」
前に家族で行った沖縄旅行で見た三味線に似た楽器を思い出しながら言うと、吉川くんは「そうそう」と笑った。
「一番、古い三味線は豊臣秀吉が奥さんの淀君に作った『淀』というもので、形も今の三味線とほぼ変わりないんだ」
ベン、と吉川くんは話の切れ目といわんばかりに、三味線の弦を弾く。
「作者は京の名工神田治光で、のちに秀吉から受領し近江守となり、石村近江と名を変える。二代目からは江戸に移り住み、その後、11世まで三味線職人として有名となる」
歴史の授業のような話になったのは、私の三味線の三の糸が切れたことから始まる。
糸を張り直し調律するまでの間で、私がなんとなく「なんで長浜は、はつね糸が名産なんだろう」という疑問を話したからだ。
「へぇ~。はつね糸が長浜の名産って聞いて不思議に思っていたけど、そういった歴史があったんだ。ってかスゴいね。はつね糸だけじゃなくて、三味線も名産だったんだね」
三味線の元祖となるものは京都で作られたみたいだけど、完成へと近づいていったのは長浜の下にある近江らしい。
「我が県、意外とすごいじゃん」と感心しながら言うと、吉川くんは少しだけ申し訳なさそうな顔になった。
「残念ながら三味線は名産じゃないよ」
「えぇ~、なにそれ!? ウソじゃん!」
「石村近江も、近江守になったといってもその頃にはすでに名誉職になっていて、|滋賀県≪ここ≫の近江とは全く関係ないんだ。住んでいた場所も、京都っていわれているし」
「ウソのマシマシじゃん! 適当すぎない!?」
私の反応が面白かったのか、吉川くんはカカカと同い年に見えない笑い方をした。お爺ちゃんかいっ。
「三味線を作るところでで有名なのは、京都や津軽三味線の青森だね」
調律された自身が操る三味線の音を確かめるように、吉川くんはペインペインと弦を鳴らす。
「えぇ~……。はつね糸は作ってるのに、三味線を作っていないとは」
そういったのは、同じ地域でワンセットで作っていると思っていた。
弦は作っているのに、その本体を作っていないとは、なんと残念なことか。
「こればかりはなんともね。はつね糸の産地になったのも、この辺りは養蚕が盛んで、しかも質が良かったからだ」
「じゃあ、なんではつね糸なんだろ? カイコってシルクでしょ?」
「長浜は北は日本海輸送の若狭から来た荷物を、琵琶湖を使って大阪まで運ぶ交易の要衝だからね。楽器みたいにかさばる物じゃなく、はつね糸みたいな小さくて持ち運びやすく、さらに質の良い絹糸で作っているから高く売れる、という強みをまとめた結果だろうね」
「他のシルク製品が無いのは、たぶん潰れたから」と、最後の最後でせんない話がつながって、吉川は口を閉じた。
「寂しいなぁ。なんかこう、文化祭に向けてパァッ! と明るい、みんなが知らないような話を舞台で言えたら良いのに」
「まぁ、こればかりはね」
困ったように力なく笑う吉川くん。
心なしか、弾く弦の音も弱々しい。
せっかく、三味線を知らない人たちに|新しい三味線音楽≪・・・・・・・・≫を聴かせる企画なんだから、なにか盛り上がるアイディアを――。
文化祭でやる三味線演奏――。
さらに、長浜の名産であるはつね糸を使った演奏。
考えてもなにも浮かば――いや、待てよ?
「無いなら、作れば良い!!」
「……なんて?」
「お父さんが言ってた! 『無いなら、作れば良い。早いし』ってよく言ってる!」
「なにを言ってるの? というか、それはたぶん違う話だと思う」
戸惑い、私の考えていることとお父さんが言った意味の違いを、超能力者のごとく読み取った吉川くんが指摘するけど、そんなことより素晴らしい考えがある。
「今度の文化祭で演奏するロック三味線! あれを、津軽三味線みたいに、長浜ロック三味線っていう名前にするの!」
ペィン、とさっきまで調子よく鳴らしていたのに、吉川くんにしては珍しく調子を外した音を出した。
でも理由はすぐにわかった。
「長浜は交易点だったんでしょ? なら、物だけじゃなく文化の発信地でもあった訳だよ! 吉川くんが考えた、新しい三味線音楽! ならそれを、長浜の文化と謳っちゃえば良いんだよ!」
だって吉川くん、めちゃくちゃビックリした顔をしているから。
そんな顔を見てしまったから、私も調子づく。
「新しい三味線音楽の発祥地! ロックと三味線の融合を唱える言葉なら、『ロック三味線の町 長浜で行われる、長浜ロック三味線』なんてどうかな!?」
「おっ……おぉ……」
いつの間にか立ち上がり、壇上演説をするように猛る私の気迫に押されて、吉川くんが引いているようにうなずく。
「しまった。興奮しすぎた」と吉川くんの反応に後悔する私だけど、それもすぐに杞憂だと安堵する。
「お……おぉ、面白いッ!! そうだよ! なんで気づかなかったんだ! 長浜ロック三味線! こんな良いタイトルがあっただなんて!」
さっきまで学校の先生のように、落ち着いて私に三味線の歴史を語っていた吉川くんが、今では宝物を見つけた小さな子供のようだった。
「そうだ! 早く演目のタイトルを変えてもらえるように、実行委員に連絡しないと――ッ!?」
興奮した様子でスマホを取り出した吉川くんは、なにか大変なことに気づいたのか、そのまま固まってしまった。
「……どうしたの?」
口を、あんぐりと開けたまま固まってしまった吉川くんい恐る恐る話しかけると、ゆっくりと、ゆっくりとこちらを向きながら笑顔になった。
「すごくいいことを思いついた」
「いっ……良いこと……?」
「ロックらしく。ロック然とした、長浜ロック三味線にふさわしいオープニングにする方法を――」
「それは――どういった?」
今まで見たことがないくらい、怪しい笑みを浮かべる吉川くん。
いや、吉川くんのことだからそんなおかしなことはしないと思うけど、一応、聞いてみた。
「当日まで秘密だ」
これは不安になってきた……。
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