第28話 軍人、寝込む②

「あれは確か、前に町で会った人……?」


 レギオスに喧嘩をふっかけてきた、名は確かアレンだったか。

 どうやら火熊に襲われているようで、既に何人もの兵士たちが怪我を負っている。


「くそ! なんて力だ!」

「火を噴くぞ! 離れろォ!」

「だ、だめです! 回り込まれました!」


 火熊の吐いた炎が兵たちを襲う。

 草を燃やしながら広範囲に吐き散らされる炎を前に、兵たちは慌てて盾を構える。


「密集しろ! 盾を重ねて耐えるのだ!」

「ハッ!」


 アレンの指示の下、集まり盾を重ねて耐える兵たち。

 だが火熊の爪の一撃で、諸共吹き飛ばされてしまう。

 皆、武器を構えて応戦するが、敵はあまりにも強大。

 一人、二人と大きな傷を負い、戦線は崩壊していく。


「ええい! 俺が引きつける! その間に陣形を立て直せ!」


 ボロボロになった戦列を立て直すべく、アレンが前に出る。

 一人だけ逃げることも出来るだろうが、部下を見捨てる事はしないようだ。

 自らが先頭に立ち、剣を振るい戦い始めた。

 とはいえ人対魔獣、その戦力差は比べるべくもない。

 アレンは攻撃を防ぐだけで精いっぱいだ。


「あのままじゃ……!」


 死ぬ、全員、殺される。


 ――どくん、とシエラの心臓が鼓動し、幼い頃の記憶が蘇る。

 ある日、突然戦争が起こった事。

 両親を殺され、村の青年たちに他の子供たち共々守られた事。

 青年たちは慣れぬ武器を手に取り戦うが、次々倒れていった事。

 何もできず、その光景を眺めるしか出来なかった事。

 目の前で全員殺され、首元に刃を突き付けられ、涙も声も出なかった事。

 死の刹那、駆け付けたレギオスに助けてもらった事――。


 そうだ、私はあの時とは違うんだ。

 戦う力がある。守られてばかりの子供じゃない。助けられる人がいるなら、助けなきゃ。

 しばし考え込んでいたシエラだったが、意を決して飛び込んだ。

 突然の乱入者に、兵たちは、アレンは驚き動きを止める。


「な……なんだ君は!?」

「下がって」


 シエラは構わず意識を集中し、魔力を練り込んでいく。

 右手に集めた魔力が電光を発し、パリパリと音を立て始めた。


「オオオオオオオオオオ!!」


 それを驚異とみてか、咆哮を上げながら突進してくる火熊に、シエラは右手をかざす。


「『電撃』!」


 ばちん! と火花が爆ぜる音がして、放たれた電撃が火熊の胴体を貫く。

 毛皮が焼け焦げるほどの一撃、火熊は大きくよろけた。

 ――だが倒れない。警戒しながらも、シエラの方へ近づいてくる。


「一度で倒れないなら……!」


 再度、放たれる電撃。

 命中はしたものの、火熊に先刻ほどの動揺はない。

 今度は両腕でガードしたのだ。

 悠々と耐えた火熊は大きな口を開けにやりと笑った。


「グルルルル……」

「く……!」


 もう一度、雷撃を放つが火熊は止まりすらしない。

 まだ魔術に慣れていないシエラでは、練り込まなければ十分な威力は出ないのだ。


「きゃあっ!?」


 突進の衝撃で、シエラは地面に転がった。

 直前にはなった雷撃が火熊の目元に掠ったからか、まともには当たらなかったが、それでも相手は巨体である。

 身体を痛めたのか、シエラは立ち上がろうとしてよろけた。


「グルゥ……!」


 方向転換をし、再度狙いを定める火熊。

 ――獣相手に背を向けてはいけない。

 今すぐにでも逃げ出したかったが、レギオスの教えが、シエラの足を止めていた。


「グォォォォォォォォ!!」

「……もう一度っ!」


 シエラの放った雷撃が火熊の顔面に当たる。

 だが火熊の額は全身で一番頑丈な所だ。

 今度は怯むことすらなく、真っ直ぐに突っ込んでくる。

 ぶつかる、シエラがそう覚悟した瞬間である。

 横からアレンが飛び出して、火熊の目を斬り裂いた、


「グォァァァァァ!?」


 アレンが剣を振るうと、血が地面に弧を描く。

 呆然とその光景を眺める、シエラと兵たち。


「おい! 貴様ら何をしている! 少女に助けられ転がっているつもりか!」

「は……ハッ!」


 アレンの声に兵たちは立ち上がり、各々武器を構え直した。


「少女よ、助かった。礼を言う。だがここからは我らが死力を尽くす時! そうだなお前ら!」

「うおおおおおおおおおっ!」


 檄を飛ばされようやく戦意を取り戻したのか、兵たちは火熊へと刃を向ける。

 アレンも含めた全員で取り囲み、息もつかせぬ連続攻撃を仕掛けていく。

 それでも火熊と互角、むしろやや不利のように見えた。

 このままではまたジリ貧……兵たちがそう思い始めた時である。

 ――パリ、と乾いた音が聞こえた。

 次第に音は大きく、連続して鳴り響く。

 バチバチと激しく、鋭くなっていく。

 凄まじいまでの電光がシエラの右手に集まっていた。

 すぅ、はぁ、と大きく深呼吸したシエラは、目を見開いた。


「――『雷撃』!」


 火熊が大きな口を開けたその瞬間を狙い、雷撃を放つ。

 たっぷりと時間をかけて魔力を集中させた一撃が、火熊を貫いた。


「グォォォォォォォォォ!?」


 苦悶の声を上げのたうち回る火熊はすでに戦意を消失させていた。

 起き上がると身体を小刻みに震わせながら、怯えた様子で森の奥の方へと逃げていった。


「か、勝った……のか?」


 信じられないといった顔で茫然と見送るアレンと兵たち。

 その視線は雷撃の放たれた咆哮、息を荒らげるシエラへと向けられる。


「今の一撃、君がやったのかね?」

「すごい! 素晴らしい魔術だ! 帝都でもそう見ないレベルだぞ!」

「とにかく礼を言う、ありがとう!」


 褒め称えられながら、シエラはがくんと膝をついた。

 限界を超えて練り上げた魔力はシエラの右腕に走る魔術線を焼き、ショートさせていた。

 激痛が走るのを何とか堪えながら、シエラはアレンらの方を向き微笑む。

 かつてのレギオスと同じように。


「無事、だった?」


 同じ言葉で。

 凛々しきその表情に、アレンらは息を呑んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る