第29話 軍人、寝込む③
「……なるほど、あの男が病になり、君はその薬を取りに来た……というわけだな」
「うん、あなたたちを助けたのは、そのついで。だから別に礼とかは、いい」
「ついで、ときたか! はっはっは!」
シエラの言葉に、アレンは可笑しそうに笑う。
堅物だと思っていた主の態度に兵たちは困惑していた。
「じゃ、そういう事で。急いでるから」
シエラはその様子を暫く眺めた後、くるりと背を向けた。
見送っていたアレンだったが、ふむと頷く。
「……待ちたまえ」
呼び止めるアレンに、シエラは無表情のまま振り向いた。
■■■
「……シエラ?」
目を覚ましたレギオスが重い身体を起こし、周囲を見渡す。
だが名を呼んでも返事はない。
それどころか物音もしないし、どうやら家にもいないようだった。
「ってて……」
身体の痛みに耐えながら起き上がると、枕元にサンドイッチと水を見つけた。
どうやら食べられるようになった時の為に、置いてくれていたようだ。
食欲はまだあるとは言えないが、体力を回復させるにはまず食事である。
レギオスは少々の吐き気を飲み込んで、無理やりに詰め込んでいく。
どうやら少しは回復したようで、ややよろめきながらも立ち上がる事も出来た。
レギオスは家の中を歩き回り、シエラを呼ぶ。
「シエラ! どこにいる!?」
外まで行って声を上げてみるが、やはりいない。
もしや一人でどこかに行ったのだろうか?
レギオスは『索敵』でその位置を探るべく魔力を集中させていく。
「っ……!?」
不意に頭痛が走る。
まだ魔術を使えるほどには回復していないようだ。
だが構わず、『索敵』を展開する。
目を閉じると北の方角、森の中に人の気配が感じ取れた。
「…………あの感覚、シエラだな」
生き物の発している電磁波のパターンは、ある程度固有のものだ。
よって、長年一緒に暮らしているシエラのものなら、少々遠くにいても判別が可能である。
恐らく病気になった自分の為に、薬草を採りに行ったのだろうとレギオスは考えた。
薬草や山歩きの知識はある程度教えてある。
本棚には薬草の生えている場所などが記されている地図もあったはずだ。
シエラがその考えに辿り着くのは不自然ではない。
少々無茶ではあるが、魔術を覚えたシエラなら何とか帰ってこれるだろう。
一瞬、安堵するレギオスだがすぐ近くに何人かの人間の気配を感じた。
「魔獣のいる森に町の人間がいくはずがない……ということは、帝国の連中……?」
考えられない話ではない。
連中があのまま、すごすごと帰るとは思えない。
シエラが自分から離れるのを見計らっていた可能性は高い。
またシエラが狙われるやも……そう考えたレギオスは、いてもたってもいられなくなった。
コートを羽織ると頼りない足取りのまま家を飛び出すのだった。
■■■
草むらの中をシエラが行く。
その後ろをアレン率いる兵たちがぞろぞろと続く。
「……別に、ついてこなくていいのに」
シエラは鬱陶しそうに振り向いて、言った。
「何を言う。君のような少女に助けられたとあっては帝国軍人の名折れ。借りは返さねばならん」
だがアレンもまた、それが当然と言った顔で返す。
何度も繰り返した問答である。
シエラは結局、アレンらの勝手にさせていた。
「それにどうだ、この辺りがシビの群生地なのだろう? しかし見渡せどそんな木は見当たらないではないか」
「……」
その言葉に押し黙るシエラ。
確かに、地図によればこの辺りなはずである。
だが辺りには多種多様な木々が生えており、見渡すことも難しい。
一人で探すのは骨が折れそうだった。
「故にほら、人手が必要であろう?」
アレンの言う通りであった。
ここで意地を張っていても、採って帰るのが遅くなるだけである。
気は進まないが、素直に手伝ってもらうのが最善と思われた。
「……はぁ、そうかもね」
諦めたようにため息を吐くシエラを見て、アレンはニヤリと笑う。
「ふっ、最初からそう言えばいいのだ。……おい、お前ら散らばって探してこい!」
「ハッ!」
アレンの命令で兵たちは散らばっていくのだった。
しばらくして、兵の一人が帰って来た。
だが少し様子がおかしい。アレンは尋ねる。
「どうした、あったのか?」
「えぇと、いえ。ですが……少々お耳を拝借します」
兵は言いよどんだ後、アレンに耳打ちをした。
「……なるほど、ではそちらは後で行く。今はシビの木だ」
「ハッ、了解いたしました」
その様子を見ていたシエラに、アレンは言う。
「我らとて用があってこの場に来たのだ。今は協力しているがな」
「そう、ご自由に」
シエラは意にも介さず、返事をした。
それから更にしばらく……
「ありました! シビの木です!」
「でかした! おい君、見つかったらしいぞ」
「ありがと。助かった」
アレンが言うより先に、シエラは声の方へと走っていく。
「あ、こら待ちたまえ! くそ、早いな」
追いかけるアレンだが、早すぎて離される一方である。
急ぐあまり、無意識のうちに『紫電』を使っていたのだ。
乱れた呼吸を整えるシエラの前には数本のシビの木が生えていた。
実も幾つか生っている。
「はぁ、はぁ、全く。もう少しゆっくり走らんか……」
追いついてきたアレンはシエラの安堵した表情を見て、それ以上言うのを止めた。
そしてた口元に笑みを浮かべると、シエラに背を向ける。
「……さて、これで借りは返したな。それでは我らは先を急ぐので、失礼するよ。おい、行くぞお前ら」
去っていくアレンたちを見送りながら、シエラもまたぽつりとつぶやく。
「……ありがとう」
と。
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