第26話 軍人、床に臥す

「というわけで、修理の依頼を貰ってきたぞ」

「おー、いっぱいあるね」


 それだけ長い間一緒に居られると思ったのだろう。シエラはどこか、嬉しそうだった。


「とりあえず一台ずつ状態を確認してみよう。手伝ってくれるか? シエラ」

「うん!」


 シエラと共に庭に行き、まずは一台草刈り機を起動させた。

 バリバリとけたたましく音を立てながらも、その裏で僅かな振動音が聞こえる。


「……多分こいつはネジが緩んでるだけだな。締め直せばすぐに使えるか。工具箱を取ってくれ」

「もうあるよ。はい、ドライバー」


 シエラは既に工具箱を持ってきており、そこから鋼の棒がついた工具、ドライバーを取り出した。

 これはネジと対になっている工具で、ネジ山に刻まれたマイナスの刻印に突き刺し回す事でネジを部品に埋め込めるというものだ。


「おお、気が利くな」

「レギオスの事ならなんでもわかるよ」


 得意げになるシエラからドライバーを受け取り、ネジに刺そうとしたが、上手く回らない。

 無理やり回した結果だろうか、ネジ山がぐちゃぐちゃに潰れており、回そうとしても滑ってしまうのだ。


「ありゃ、これは随分無理をしてくれたな」


 レギオスはここに来て何度か道具屋を訪れたが、あまり品揃えがいいとは言えなかった。

 ドライバーの品質も悪く、ネジがガタガタになりそうなものばかりだったのを思い出した。


「無理やり回そうとしたのね」

「うむ、とりあえず新しいネジに交換すべきだろう」

「でもそれにはまず外さないと。どうするの?」

「ゴム板を取ってくれ」


 工具箱に入っていた薄いゴム板をネジに当て、その上からドライバーを突き刺し、回す。


「おー、すごい。回った」

「ある程度ネジ山がナメているくらいなら、ゴムを挟んでやれば回るのさ。やってみるか?」

「うん、やってみたい」

「じゃあ頼む。全部外してくれ。念の為、分解して内部も見てみるからよ」


 シエラはゴム板とドライバーを受け取ると、草刈り機を分解し始める。


「古くなったネジはこっちに渡してくれ。直して使えるようにする」

「わかった」


 シエラから受け取ったネジ山を上にして、土に埋めた。

 そして鉄線を持ち、魔力を集中させていく。

 パリパリと電気が走り、鉄線が赤く染まっていく。

 先端が液体のように溶けていき、ぽた、ぽた、とネジ山の潰れた部分に垂らしていくと、その部分が解けた金属で埋まっていく。


「柔らかいうちに、と」

 

 ある程度固まった後、ドライバーを突き立てて新しく溝を掘る。

 これでネジ山が再生された。


「分解、終わったよ」


 そうしているうちにシエラの方も作業が終わったようである。

 レギオスは分解された草刈り機を手に取り調べた後、頷いた。


「助かる。……うん、やはりネジが緩んでるだけだったな。組み直せるか?」

「任せて」

「ネジは強めに締めてくれよ」


 シエラは胸を張ると、ネジを新たに付け直していく。

 夢中で作業するシエラを見ながら、レギオスはふと辺りを見渡した。

 ――『索敵』を使ったのだ。

 レギオスは先日から、約一時間ごとに『索敵』を展開し、周囲を警戒している。

 長く、細い息を吐くレギオスの額には、うっすらと汗が垂れていた。


「……出来たよ」

「ん、おお! すごいじゃないか」


 見事に組み直された草刈り機を見て、感嘆の声を上げるレギオス。


「さて、どんどん行くぞ」

「うん」


 それから毎日、二人は草刈り機の修理に精を出すのだった。


「……ふぅ、こんなもんか」


 バラして中を確認し、修理して組み直す。

 持ってきた草刈り機も殆ど修理が終わり、残すところあと一台になっていた。


「よーし、最後の一台もさっさと終わらせるぞ」

「……」


 しかしシエラはレギオスをじっと見つめている。


「……レギオス、なんか無理してない?」

「え? そ、そんなことないぞ」

「うそ、疲れた顔してるもん」


 顔を近づけ、澄んだ瞳を向けられ、レギオスは息を呑んだ。

 確かに家を離れる際は常に『電磁結界』を張り、加えて高頻度で『索敵』を使っている。

 如何にレギオスとはいえ、無限の魔力を持っているわけではない。

 確かに体力が減っているのを自覚してはいたが、それを見破られるとは……鍛錬が足りないな、と反省した。


「……まぁ、ちょっと疲れてたかもしれないな。でも大したことはないぞ」

「……ほんと?」

「ほんとほんと、心配させてすまなかったな」


 誤魔化すように頭を撫でるレギオス。

 シエラはそんなレギオスを見つめたままだ。

 たまらず目を逸らすレギオスに、シエラは言った。


「……うそ、だね。レギオスは嘘つくとき、私の目を見ないもん」

「う……」


 見破られ、口籠るレギオス。

 シエラは工具箱の蓋を閉め、片付けを始める。


「今日のお仕事はこの辺にしよ。ゆっくり休まないと」

「いやいや、まだ始めたばかりだぞ?」

「だめ、おしまい。また明日」

「お、おう……」


 そう強く言われ、レギオスは頷くしかなかった。


「ほら、中に入って入って」

「わかったよ。押すなって」


 シエラに背中を押され、レギオスは半ば無理やり家の中に押し込められるのだった。


「ほら、食べたら寝る」

「いやぁ、洗い物するからさ」

「そんなの私がやるから、さぁ」

「わ、わかったよ……」


 食事を終えたレギオスは、早々にベッドへ入るよう促される。

 レギオスは仕方なく床に就くのだった。


 ■■■


「う……」


 翌朝、レギオスは重い身体を起こそうとして――起き上がれず寝転がる。

 気分が悪い。頭痛がする。とてもではないが起き上がれそうになかった。


「目、覚めた?」


 枕元にいたのはシエラだ。

 それにすら気づかなかったのだ。

 かなりの重症。ひたりと当てられたシエラの手が、すごく冷たく感じられた。


「熱、すごいよ」

「……あぁ、そうみたいだな」

「やっぱり無理してたのね。もう」


 そう言って頬を膨らませるシエラ。

 自分では無理しているつもりはなかったが、確かにここ最近はかなりの頻度で魔術を使っていた。

 軍人時代と比べれば殆ど魔術も使わなかったし、知らぬ間に随分衰えていたのだろう。

 自分の迂闊さにため息を吐く。


「……すまん」


 だがそれだけではない。

 そういえばギルドで受付嬢が何か言っていた気がする。

 病が流行っているので気をつけろ、とか。

 そんな事を思い出しながら、レギオスは意識を手放した。

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