第25話 軍人、警戒する
レギオスが家に帰ると、家内から音が聞こえた。
ジリリリリ、ジリリリリ、と音を鳴らしているのは以前使ってそのままにしている通信機だ。
今は蓄電器に繋げ、何かあった時の為に使えるようにしている。
「はいはい、なんだ一体?」
ぼやきながら受話器を取るレギオスの耳に、知った声が飛び込んでくる。
「やーっと出たわね!」
「その声……テレーズか。そういやそろそろ金を取りに来る頃か?」
草刈り機の代金をまだ支払っていないにもかかわらず、テレーズは取りに行くと言ったまま中々来なかった。
「違うわよっ! いや取りには行くつもりなんだけど、ただちょっと忙しくてね……それにどうせ行くなら服とか化粧品も買いに行かなきゃだし……ってそうじゃないっ!」
あたふたしながら独りごちるテレーズに、レギオスは首を傾げる。
「じゃあなんだよ」
「あのバカ皇子、アンタのところにまた兵を送ってたわよ! ゼオンの息子が焚きつけられて、絶対に捕まえるとか息巻いてたから、それを伝えにね」
「あー、その事ならもう終わったんだが……」
「え? そうなの」
きょとんとするテレーズに、レギオスは説明を加える。
「おう、丁度さっき町に来て、俺に決闘を申し込んできたから、返り討ちにした」
「あらら、一足遅かったのね……」
「ただあいつ自身はそこまで悪い奴でもなさそうだったよ。何となく皇子を怪しんでいたみたいだったから、案外あのまま帰るんじゃないか?」
「甘いわよっ!」
テレーズが厳しい口調で言った。
「あいつはあのゼオンの息子よ? 悪い奴でないわけがないわ! きっとまた何か仕掛けてくるに違いない。警戒を緩めちゃダメよ」
「むぅ、そうだな……」
確かに、とレギオスは頷く。
最近は特にシエラを危険な目に合わせていた。
加えて魔獣も近辺に出没している。
しばらくは警戒した方がいいかもしれない。
「わかった。そうしてみるよ。忠告ありがとう、テレーズ」
「……ふん、お礼なら今度行った時にでも、一杯奢ってもらうからいいわよ」
「あぁ、二回分な。早く来いよ」
「ハイハイ。それじゃまた、近いうちに行くからね!」
がちゃん、と音がして通話が切られた。
受話器を置いて振り返ると、シエラが食事の準備を始めていた。
最近は調子が出てきたのか、料理をする姿も楽しそうである。
「ご飯作るね。レギオス、何でもいい?」
「あぁ、頼む」
「わかった、ちょっと待っててね」
鼻歌を歌いながら調理を始めるシエラの背中を見ながら、レギオスは声をかける。
「なぁシエラ」
「なに?」
「メープルもいなくなったし仕事も落ち着いた。だからしばらくは家でゆっくりしようと思うんだが……」
その言葉を聞いたシエラの動きが止まる。
「ほんと?」
「あぁ。仕事は家で出来る事をやろうと思う」
「……嬉しい」
ゆっくりと、振り向いたシエラはとても嬉しそうだった。
■■■
「それじゃあ、ちょっと行ってくるな」
「いってらっしゃい」
――翌日、レギオスは町に向かうことにした。
とはいえずっと家にいるわけにもいかない。
食料の買い出しもあるし、仕事も貰ってこなければならないのだ。
「昼頃には戻るが……本当についてこなくていいのか?」
「うん、ご飯作ってるから。楽しみにしてて」
連れて行くことも考えたが、町には人が多いし人混みを狙われる可能性もある。
レギオスがついているとはいえ、絶対に安全とは言い切れない。
それに料理や魔術の修行など、シエラも自分でやりたい事を見つけたようだし、一人の時間も重要だ。
「わかった。一応結界を張っておくから、極力外には出るなよ。あとこの石は常に持っていけ。この魔石には俺の魔力が込められているから、これを持っていれば結界でダメージを受けることはない」
「うん、気をつけて」
「じゃあ行ってくる」
シエラに別れを告げ、レギオスは家の外に出る。
『索敵』にて周囲の気配を探るが、周りに人の気配はなし。
ポケットから魔力を込めた石を取り出すと、家の四方に置いた。
しゃがみ込んだレギオスは、石に手を触れ術を発動する。
「『電磁結界』」
パチン、と火花が爆ぜるような音がして、家の周りを魔力が包み込む。
展開された結界は、触れた相手に電撃によるダメージを与える。
魔力を込めれば込めるほど威力は増大し、長時間の発動が可能となるのだ。
立ち上がろうとして、レギオスは目眩いで足元をふらつかせた。
「……つつ、これだけの結界を張るのは結構しんどいな」
本来であれば結界の展開には高純度の魔石を必要とするが、そんなものは田舎にはありはしない。
あり合わせの魔石で展開した場合は術者の負担が大きくなるのだ。
「念の為、立て看板をしておこう」
殆ど人の来ないレギオス家だが、ごく稀にだが家を訪れる人がいる。
近くに畑がある人が余った野菜を持ってきたり、ジークなどのギルドの人間が近くに寄ったり、そんな事があったら結界に触れる可能性がある。
出力は抑えているが、それでも当たれば痛い。
「よっと、これでよし」
レギオスの立てかけた看板には、『電撃注意、近づくな。用のある者は呼びかける事』としるされていた。
「シエラー! 知らない人が来ても開けるんじゃないぞー!」
「わかってる! 過保護!」
少し怒ったような声が帰ってきた。
レギオスは確かに、と苦笑した。
「ま、さっさと用事を終わらせて帰って来るか」
町へ降りたレギオスは、食料を買い込んだ後ギルドへと訪れる。
「……というわけで、在宅で出来る仕事があれば受けようと思うのだが」
「ほうほう、そういう事でしたら、丁度レギオスさんに頼みたい事がありまして……これなのですが」
受付嬢が持ってきたのは、五台の草刈り機である。
「調子が悪いそうで、見ていただきたいのですが……如何でしょうか?」
レギオスは草刈り機を手に取ると、じっとそれを見た。
軽く振ってみると、カタカタと音がした。
「……ふむ、ネジが緩んでいるようですね。他のはよく見てみないとわかりませんが、そこまで難しくはないと思いますよ」
「おおっ! では修理していただけますか?」
「お安い御用です」
「では、よろしくお願いしますね! あとあと、また新しい草刈り機が手に入ったら、是非ともお願いします」
「わかりました。それでは修理が完了したら持ってきますよ」
「ありがとうございます!」
レギオスは草刈り機を持ってきた荷車に積み込み、帰途に着く。
家に戻ると丁度昼時で、スープのいい匂いが外まで漂っていた。
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