第23話 軍人、因縁をつけられる
「我が名はアレン=ジャスティ。ゼオン=ジャスティの子だ! レギオス=リーンドラド。皇帝陛下の命により、貴様を捕らえに来た! かかれ者ども!」
アレンと名乗った男が手を振るうと、兵たちが一斉に二人を取り囲む。
怖がるシエラを後ろに隠し、レギオスは一歩前に出る。
「なんだお前ら。俺に一体何の用だ?」
「貴様らを捕らえに来た、と言った! 罪状は我が父ゼオンの殺害だ!」
アレンが取り出したのは一枚の書状。
それを大きな声で読み始めた。
「被告レギオス=リーンドラドは、自宅に訪れたゼオン=ジャスティにいきなり魔術を放ち、拘束。長時間にわたって暴行を加えたうえ、衰弱した被害者を解放。被害者は帝都の自室に戻る際中、傷が悪化して死亡した……!」
アレンは余程感極まっているのか、時折声を震わせながら罪状を読み上げる。
だがそれはでたらめにも程がある内容だった。
訪れた、などと穏便な書き方をしているが、レギオスはゼオンに襲撃され、シエラ共々命を狙われた。
そんなゼオンにレギオスは二度と悪さをしないよう叩きのめしたのである。
当然、解放した後の事までは知るよしもない。
完全に間違い……とまで言うつもりはないが、曲解に曲解を重ね悪意に満ちた文面なのは間違いなかった。
聞いていたシエラは、いてもたってもいられず前に出る。
「待って、あの人は私たちを殺そうとしてきたの。正当な防衛だった。レギオスは悪くない!」
抗議するシエラを、アレンは鼻で笑う。
「だが事実だ。罪は罪、弁明は牢獄でゆっくり聞かせてもらおう」
罪人として囚われた者は厳しい尋問により精神を病み、無理やりに罪を認めさせられる。
たとえ冤罪であろうと関係なく……そうして壊された人間が多くいるのは、シエラも噂で知っていた。
レギオスは青くなり、不安そうにレギオスを見上げる。
「……そいつは妙だな」
しかしそんなやりとりの中、レギオスはじっと書状を眺めていた。
「書かれている内容は恣意的で悪意に満ちた表現ではあるが、書かれている事は完全に間違いとも言い切れん。だがこれは俺たちとゼオン本人、そして報告を受けたであろう雇い主のミザイしか知らないはずだ。お前は皇子の命令でここへ来たんじゃないのか?」
「……如何にもその通りだ。この書状はミザイ皇子から頂いたものである。ここに打たれた刻印がその証! 大人しく罪を認めるのだな! 罪人レギオスよ!」
書状には確かに、皇族御用達の刻印が打たれていた。
勝ち誇るアレン、シエラがしがみつく手に力を込める。
しかしレギオスは冷静な表情のまま、続ける。
「ならおかしい所がある。さっき皇帝陛下の命令、と言っていたが……それは嘘だな。この書状に押された刻印は皇帝陛下のではない。皇帝陛下の刻印は外周の丸が一つ多い」
「ぬ……っ!」
その言葉に、アレンは顔色を悪くする。
レギオスの言葉は事実で、この書状は皇子であるミザイから貰ったものだ。
「……確かにお前の言う通り、これはミザイ皇子から頂いたものだ。だが皇族御用達のものには変わりない! 問題はなかろう!」
「大有りだ。皇族御用達の刻印はせいぜい備品の購入やちょっとした取引くらいにしか使われないが、皇帝陛下のは違う。他国とやりとりする書状や犯罪者の逮捕状など、重要案件には皇帝陛下の許可が絶対不可欠なのさ。俺の逮捕なんてそんな重要案件に皇子の刻印が押されているという事は、申請したが却下されたか、はたまた独断か……まぁ後者だろう。皇帝陛下から見限られてるのはいくら鈍い皇子でも気づいているだろうからな。大方俺に仕返しをするため、法務省の下っ端を抱き込んで書かせたんだろうよ。つまりそいつは正式なものではない。パチモンだ」
「な……」
驚愕の表情を浮かべるアレン。
「見るものが見ればすぐわかるような雑な仕事だ。父親が死に、復讐に燃えるお前は気づかなかったようだがな。よく見ろよ。引き連れている兵たちも皇子の護衛ばかりじゃないか。そいつらも皇子に貸し与えられたんじゃないか?」
図星、という顔で押し黙るアレンに、レギオスはさらに続ける。
「踊らされたんだよ。お前は。あの皇子は俺に恨みがあるからな。大方お前の親父を殺したのは俺だ、とか嘯いて仕返しをさせようとしたんじゃないか?」
「……っ!」
レギオスの言葉にアレンは反論できなかった。
確かにレギオスの言葉の通りである。
ミザイは父親の死を悲しむアレンを呼び出し、その行為を語った。
怒りに燃えるアレンを見て、ミザイは兵を貸し与え、逮捕状を渡した。
これで父親の仇を討つといい、そう言って。
だが冷静に思い返せば不自然なことだらけだった。
殺人の罪で捕まっていたゼオンはある日突然の釈放され、皇子の元で働く事になった
一度父に仕事の内容を聞いたことがあるが、ニヤニヤ笑うのみで答えてはくれなかった。
そこへきて、いきなり死亡したという知らせ。
加えてその詳細は語られず、死体の処理は皇子の私兵が何やら動き回っていたとも聞く。
そもそもレギオスが殺したと言うが、見てきたような詳細な情報。私事である仇討ちに自分の部下を貸し与えるという行為もおかしい。
考えるほど、おかしなことだらけであった。
「お前、以前宮殿で見たことがある。内府の人間だろう? こんなのが公になったらタダじゃ済まんぞ。皇子は絶対に自分がやったと認めないだろうしな。このまま帰れば俺は何もしないし、来たのも黙っておいてやる。だからここは大人しく帰りな」
レギオスはそう諭し、アレンの肩に手を載せる。
「……黙れ」
無言のまま震えていたアレンが口を開いた。
目を見開き、真っ直ぐにレギオスを睨みつけた。
「それでも……それでも貴様が父上殺したのは事実だろうが!」
「いや、撃退はしたが殺してはないと……」
「問答無用! それに老いたとはいえ元五大術師である父上が貴様などに負けるはずがない! どうせ汚い手を使ったに決まっている!」
役所の人間というのは頭が固い者が多いが、この男は筋金入りだな、とレギオスは思った。
一度自分がそうだと決めたことは、簡単には変えられないのであろう。
「……どうせ釈明も無意味なんだろう。どうしたいんだお前は?」
「私と正々堂々と勝負しろ! 貴様を倒し、父上の汚名を灑ぐ!」
剣を抜き放ち、レギオスに向けるアレン。
レギオスはやれやれとため息を吐いた。
「ハイハイ、わかったよ。じゃあ向こうに人気のない場所があるから、そこでやろうか」
「二言はないな!?」
「ないよ。ただその兵たちは連れて行かない方がいいと思うぜ」
レギオスの言葉にアレンは鼻息を荒くする。
「ふん、この私が多人数で襲いかかるなど、卑劣な真似をすると思ったか!」
「違うっての。目立つからだよ。それに負けたら恥をかくだろう」
だがその返答に、アレンは目を丸くした。
すぐに怒りに拳を震わせる。
「ぐ、ぐぐ……!」
「さ、やるなら早く行くぞ。ついてきな」
歯噛みするアレンに構わず、レギオスはスタスタと空地へ向かうのだった。
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