第22話 軍人、お出かけする

 二人がギャレフの中心部に辿り着くと、辺りは大勢の人が歩いていた。

 本日は祝日、普段はそこかしこで働いている人々も、家族や友人、恋人同士で出かけているようだ。


「さて、まずは朝食だな。カフェでも行くか?」

「うんっ!」


 レギオスは大通りから一本裏に入ったカフェへと向かう。

 受付嬢から聞いた町唯一のカフェ……とは名ばかりの小さな店だった。

 脇に置かれた立て看板には、一応珈琲店と書いてある。

 ボロボロの出窓でヨボヨボの老婆が二人を迎える。


「あらいらっしゃい。何にするかい?」

「コーヒーをブラックで、あとサンドイッチを。シエラはどうする?」

「私は紅茶でお願いします」

「はいよ。ちょっとお待ち」


 ゆっくりとした動きで奥へと引っ込んでいく老婆。

 二人は小さな椅子に腰掛け、待つ。


「仕事の友人に聞いたが、ここはサンドイッチがデカくて美味いそうだ」

「わぁ、楽しみ」

「他にも色々教えてもらったからな。楽しみにするといい」


 二人がたわいない話をしながら待っていると、老婆が手作り感たっぷりのコップと皿に乗ったサンドイッチを持ってきた。


「お待ちどうさま」

「ありがとう、おばあちゃん」

「あらあら可愛いらしい子ねぇ。ゆっくり召し上がれ」

「いただきます……わ、美味しい」


 シエラはサンドイッチを一口頬張り、感嘆の声を上げた。

 老婆はそれを見てニコニコしている。


「レギオスも食べてみなよ」

「じゃあ一口……うん、これは確かに美味いな」

「でしょ」


 二人で仲良くサンドイッチを食べるのを、老婆は微笑みながら見つめていた。


「ご馳走さま。美味しかったです」

「まいど」


 レギオスが金を渡し、老婆がそれを受け取る。

 立ち去ろうとするレギオスの袖を、シエラが引いた。

 見ればシエラの手には、一枚の硬貨が握られていた。

 500ゴルド、先刻の食事代の丁度半分である。


「……はい」


 いきなりの行動にレギオスは目を丸くする。


「おいおい、どこでそんなこと覚えたんだ?」

「メープルが言ってた。いい女は自分の食べたものくらい自分で払うものだ……って。昨日の夜に色々教えてくれた」

「……あのなぁシエラ、お前は俺の娘だ。父親が娘に金を出させるわけにはいかない」

「でも」


 断るレギオスだが、シエラも引こうとはしない。

 小遣いは渡していたが、それは自分の為に使えという意味である。

 想定外の使い方に、レギオスは頭を抱える。


「……いつも色々やってくれてるだろ? その礼だと思ってくれ」

「色々やってくれてるのはレギオスも同じ。というか私以上にやってくれてるし、お互い様」

「む……」


 説得にも応じず、むしろレギオスの方が言いくるめられ言葉に詰まる。

 シエラは意外に頑固なのだ。

 硬貨をぐいぐいと押し付けられ、レギオスは諦めたようにため息を吐いた。


「……わかったよ。ありがとう」


 ここで機嫌を損ねたら折角の外出が台無しである。

 そう考えたレギオスは大人しく受け取ることにした。


「ん、よろしい」


 シエラは満足したように、頷く。

 この金は後でこっそり返しておこう、そう思いつつ懐にしまった。

 次に訪れたのは動物園……とは名ばかりの小動物を集めた見世物小屋。

 家族連れが多く、受付嬢曰くギャレフでは人気のスポットらしい。


「見て見て、レギオス。ウサギさん」

「あぁ、可愛いな」


 シエラはそこでウサギや小鳥と嬉しそうに戯れていた。

 子供たちと混じり遊ぶ姿は年相応で、普通に可愛らしいとレギオスは和む。

 昼になり、小腹の空いた二人が次に訪れたのはレストラン……とは名ばかりの定食屋。


「ねぇレギオス、これ美味しいよ。はい、あーん」

「……おう」


 口に運ばれたスパゲッティを衆人環視の元、口に入れる。

 中にはギルドでよく見る輩もおり、ヒューヒューと口笛を飛ばしてきた。

 レギオスが睨みつけると、目を逸らす。


「あーん」


 シエラはそんな事を気にすることもなく、再度スパゲッティを運ぶ。

 レギオスは彼らを睨みつけたまま、口に入れるのだった。


 食後、ぶらりと散歩した後に訪れたのはブティック……とは名ばかりの古着屋。

 以上に古いデザインの服が沢山並んでおり、高値が付けられている品物でも帝都では既に流行から大分遅れたような衣類だった。

 流行に疎いレギオスが見てもわかるような品揃え。

 多感な年頃であるシエラには流石に退屈だろう、と思ったが……


「これ、可愛いかも」


 シエラは古着屋の片隅、農民が着ているようなデニム生地のオーバーオールの服を手に取った。

 それに赤と白のストライプで飾られた大きめのシャツを手に取り、合わせる。


「どう? レギオス」

「うむ、一瞬どうかと思ったが、可愛いぞシエラ」

「でしょ。古いデザインだけど、一周回って新しいかも。店員さん、これください」

「はいよ。二着で7000ゴルドね」

「えーと……」

「これで」


 シエラが財布を取り出し支払おうとしたその間に、レギオスが代わりに支払った。


「まいどあり!」


 店主はさっさと衣服を袋に入れると、ぽかんとするシエラに持たせる。


「ちょ、レギオス……私が買ったものくらい自分で……」

「俺が欲しかったからな」


 シエラの抗議を押し留め、続ける。


「俺がその服を着たシエラを見たいと思ったのさ。だから俺が払うのはおかしくない。だろ?」

「……むぅ、なんか言いくるめられた気分」

「ははは、とにかくここは俺にプレゼントさせてくれ」

「わかった……ありがとう」


 不本意、と言った口調ではあるが、同時にシエラはとても嬉しそうだった。

 店を出ると既に日が沈みかけていた。

 夕焼けの紅がシエラの顔に差し、赤く染め上げる。


「レギオス、今日は楽しかった」

「喜んで貰えて光栄だ。……また行こうな」

「うん!」


 そう言ってシエラはレギオスの腕に抱きつく。

 行く時よりも強く、帰りを惜しむように。強く。


 帰り道、ふと辺りが騒がしいのに気づく。

 ザッザッザッザッ。無数の足跡が遠くから、近づいてくる。

 帝国軍服を着た兵士たち、率いるのは貴族風の若い男である。

 レギオスは男に見覚えがあった。

 男はレギオスを見つけると、ぎりりと歯噛みし睨みつける。


「……見つけたぞ、レギオス=リードラド! 我が父の仇!」


 その言葉でレギオスは男の正体に気づく。

 先日撃退した刺客、闇の魔術師ゼオン。その息子であった。

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