第17話 軍人、居候される
「はぁ、はぁ……」
レギオスの目に映るのは、青大将と対峙し息を荒げるシエラ。
その右肩からは血が滲み、指先まで滴っている。
擦り傷や切り傷は全身にあり、衣服もボロボロだ。
痛々しいその姿は、レギオスは絶句する。
「シエラ!」
「レギ、オス……?」
呼び声に振り向くシエラは、信じられないといった顔で目を丸くした。
無表情ではあるがその目は不安で押し潰されそうなのを、レギオスはすぐに理解した。
「シュー……」
威嚇音を上げる青大将がレギオスを睨み下ろす。
その牙には赤い血と、シエラの服の切れ端が付いていた。
あの牙でシエラを襲ったのだ。何度も何度も。
レギオスの顔が怒りでみるみる険しくなっていく。
「貴様……!」
シエラはそんなレギオスを見て、びくんと震える。
今まで見たことのないような顔だった。
レギオスの全身に電流が走り、発光し始めた。
迸る魔力に青大将は警戒し、レギオスの方を向き直る。
「シャアアアアアア!」
大きく口を開け、突っ込んでくる青大将。
鋭い牙がレギオスを狙う。
それを迎え撃つべくレギオスは右手に魔力を集中させた。
――『電撃』、それに気づいたシエラは声を上げる。
「レギオス! そいつに電撃は効かない!」
シエラは先刻、青大将に何度も電撃を放ったが、硬い鱗に阻まれダメージを与える事が出来なかったのだ。
雷の多い地域に生息する青大将の鱗は強い電撃耐性を持ち、雷に打たれても平気な顔で眠っているといわれている。
しかしレギオスは構わず『雷撃』を放つ。
真っ暗な洞窟が一瞬、眩く光る。
一際太い閃光が青大将の胴体を貫いた。
――光が収まっていく。
シエラが目を開けると、青大将は先刻と同じ格好のまま動かない。
見れば青大将の身体は炭化しており、中心に空いた大穴からボロボロと崩壊していく。
青大将だったもの、巨大な黒炭が崩れ落ちた。
一面に黒い炭が散らばった。
「す、ごい……」
その威力に呆然とするシエラ。
無論、どれほど耐性があろうと完全に無効化できるわけではない。
練り込んだ『雷撃』は、絶縁体ですらも焼き貫く。
だがその反動故、レギオスは魔力の大半を使い切ってしまった。
息を荒げるレギオスだが、シエラの方を向き――抱きついた。
「レギ、オス……?」
突然の抱擁に目を丸くするシエラ。
「よかった……!」
噛みしめるような、震える声だった。
シエラの細い身体を強く抱きしめるレギオス。
困惑していたシエラだったが、すぐに目を閉じ、レギオスの背中に腕を回した
「ふひぃー……やっと追いついたぁー……ってあら、あらあらあらあらー?」
ようやく追いついたメープルが、抱き合う二人を見て身を隠す。
「何だかいい雰囲気みたい。邪魔しちゃ悪いから隠れて見てよーっと」
ニヤニヤしながら眺めていたメープルだったが、ふと気づく。
いつもは無表情なシエラが、柔らかな表情でレギオスに身を預けている事に。
「……なんだ、そんな顔も出来るんじゃない」
メープルの呟きが、暗い洞窟にぽつりと消えた。
■■■
「それにしても、何故こんなところに青大将が?」
洞窟から脱出したレギオスらは、崩壊した神殿の入り口に座り休んでいた。
青大将は大陸の中でも人の住まない奥地に生息している。
田舎とはいえ人の住む場所に現れるような魔獣ではない。
「あー、そういえば最近よく見るのよね。私的には無害だから忘れてた。てへ」
「てへ、じゃねーよ。人が来なくなった理由ってそれじゃないのか?」
「かもねー。ていうか何だか最近、魔獣が多いのよ。しかも結構強いやつ」
「そういえば火熊もこの辺りには出たことがなかったな」
レギオスの脳裏にふと、幼い頃の記憶が蘇る。
悪い事をしたら怖い魔獣が来るぞ、と幼かったレギオスは祖父からそう言い聞かせられていたが、結局一度たりとも見たことはなかった。
それがここ数日で二回も遭遇したのだ。
何かが起こっているのかもしれない、とレギオスは思った。
「……どうしたの? レギオス」
「何でもないよ。行こうか」
「あのー……」
神殿を出ようとする二人に、メープルがおずおずと声をかける。
「ところで神殿壊れちゃったワケだけど、私はどうすればいいのかな?」
「他の神殿に行けばいいんじゃないか?」
「えーーー、ひどいーーー『ウチに来るか?』みたいに優しい言葉を希望します!」
「そんなこと出来るのか?」
「ご神体を持っていけばだいじょーぶだいじょーぶ!」
メープルは水晶玉を手にしていた。
確か神殿の御神体、とか祖父に聞いた事がある。
それにしても水晶玉があればどこでもいいのかよ、と並行しつつもレギオスは少し考え、
「なんかうっとおしいから断る」
「ひどいっ!」
断った。
よよよと崩れ落ち、さめざめと泣く真似をするメープルを見て、シエラがレギオスの袖を引く。
「ねぇレギオス、可哀想だよ」
「そうか? どうせただの魔力体だぞ? ここでも寝てれば十分だろ」
「それでも住むところがないのはつらいよ。新しい神殿が出来るまででも、うちに置いてあげられない?」
「そう! それいいっ! シエラちゃんもっと言ってあげてっ!」
旗でも振らんばかりの勢いで、シエラを応援するメープル。
レギオスはふむと頷き、思考を巡らせる。
確かにメープルには、シエラの魔術覚醒やらなんやらと世話になった。
それに自分は留守がちだ。
シエラも一人で寂しいだろうし、話し相手くらいいた方がいいかもしれない。
魔力体だから食事や居住スペースも取らないし、まぁいいかとレギオスは頷いた。
「……わかったよ。ウチにくるか?」
「わーーいっ!」
レギオスの言葉に、メープルは元気よく返事をした。
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