第16話 軍人、駆ける

「っつぅ……」


 痛む身体を無理やり引き起こし、立ち上がるレギオス。

 辺りには無数の瓦礫が積み重なっており、まだ土埃が舞っている。

 レギオスは自分の周囲に『電撃』を最弱で発動。

 周囲に舞い上がった埃を全て磁石化し、結びつけて地面に落とした。

 ようやくクリアになった視界に映るのは、足元にしがみついたメープルだった。


「……何やってるんだお前」

「あはは……いやー急にでっかい蛇が出て来たのでびっくりしちゃって」

「魔力体のくせに……」

「あー! ひどい! 魔力体だって生きてるんですぅー! 驚いて近くにあった物に掴まるくらい普通ですぅー!」


 ポカポカと後ろ頭を叩くメープルを無視して、レギオスは周囲を見渡す。


「……シエラがいない」

「おっと本当だ。別の場所に落ちたのかな?」

「青大将もだ……くそっ」

 

 レギオスは舌打ちすると、瓦礫の山から飛び降りて駆け出す。

 それを見たメープルは、慌てて追いかけた。


「ち、ちょっと待ってレギオス! シエラちゃんの場所はわかるのっ!? 私、壁をすり抜けてきて探そうかっ!?」

「シエラ場所なら電磁波で探せるから問題ない」


 人間は生命活動を行う際、常に電磁波を出している。

 障害物の多い洞窟などではノイズが多く場所の特定は難しいが、それでもある程度の場所なら探知が可能。

 これは『索敵』といい、軍人時代にレギオスが多大な戦果を挙げた魔術の一つだ。


 意識を集中させると、北、真っ直ぐ300メートルくらい先にシエラらしき気配を見つける。

 とはいえ崩れ落ちた岩石にて、迷宮化した地下の暗がりは普通に歩いて進むのは不可能。

 腰に差していた丸い筒を手に持ち、スイッチを入れると暗闇が明るく照らされた。


「……わお、なにそれ?」

「懐中電灯だ。魔術でも光源は確保できるが、魔力がもったいないしな。帝都では一般人にも広がってるぞ」

「へぇ、最近の人間はいいの待ってるのねぇ。ね、私もやりたい」

「ほらよ。ちゃんと前を照らせよ」


 レギオスはメープルに懐中電灯を渡した。

 魔力体であるメープルは本来物体を透過するが、一部に魔力を集中させ実体化させれば物体に触れる事も可能である。

 メープルは懐中電灯のスイッチをカチカチしながら、遊びはじめた。


「へぇえ。すごいもんねぇ」

「早く行くぞ。言っておくが遊んでいる暇はないからな」

「わかってるって。早くシエラちゃんを探さないとね」


 はしゃいでいたメープルだったが、レギオスに釘を刺されすぐに気を取り直す。


「……こっちだ。こっちからシエラの気配がする」

「あー! 待ってよー」


 駆け出すレギオスに、メープルは遅れぬよう付いていくのだった。


 ■■■


「レギオス……けほっ!」


 一方、レギオスと離れた場所に落ちたシエラは土煙を払いながら、起き上がる。

 周りを見渡すが土煙がひどく、よく見えない。


「レギオースっ! メープルさーん!」


 手探りで歩きながら、二人の名を呼ぶシエラ。

 しかし耳を澄ませても、聞こえてくるのは自分の声の反響だけだ。

 シエラには二人を探す術などありはしない。

 それでも、心細さを誤魔化すように歩き始める。

 レギオスが助けてくると信じてはいたが、このままじっとなどしていられなかった。


「レギオーーース! どこーーー!」


 からん、と石ころが地面に落ちる音が聞こえた。

 シエラが音の方を向くと、何かが動いているのが見えた。

 最初は巨大な岩かと思われたそれが動くと、周りの瓦礫が音を立てて崩れてくる。

 慌てて離れるシエラの視線の先で、青い光が二つ、怪しく光る。

 影の正体は先刻シエラたちを襲った青大将だった。


「シュー……!」


 青大将とシエラの目が合う。

 獲物を狙う獰猛な獣の目に、シエラの足はガクガクと震える。


「レ……」


 レギオスに助けを求めようとして、唇を噛んだ。

 そうだ。足手まといになりたくない。そう思って魔術を教えて貰ったんだ。

 今の自分にはこの魔獣と戦う術がある。

 シエラは奮い立たせるように自分の両頬を平手で叩くと、青大将を睨み返す。


「右手に、魔力を集中……!」


 シエラの右手に魔力が集まり、電撃を伴う巨大な魔力の塊を作り出した。

 レギオスに教わったばかりだが、シエラは既に魔術の使い方を理解しつつあった。


「私は、もう一人でも戦える……!」

「シャアアアアアア!!」


 向かってくる青大将に、シエラは電撃を放つのだった。


 ■■■


 ごぉぉぉん! と重低音が響き、メープルは耳を塞いだ。


「な、なにっ!?」

「シエラのいる方だ。急ぐぞ!」


 レギオスは切迫した声を上げ、走る。

 シエラと共に感じたのは、人のではありない巨大な電磁波。

 間違いなくあの青大将のものである。

 二つの気配は近くにあった。時は一刻を争う。

 レギオスは全身に魔力を纏わせ、駆ける。

 雷属性魔術『紫電』、極限を超えた走りに旋風が巻き起こり、土埃が舞う。


「ち、ちょっと待ってレギオス!」


 慌ててついていくメープル。

 物体を透過し飛行する魔力体だが、それでも『紫電』状態のレギオスにはついて行くのがやっとである。


「遅い、先に行くぞ」


 そう言って懐中電灯をひったくると、レギオスは一筋の閃光となってメープルの視界から消える。


「あーーーん! 待ってーーー!」


 遠くから聞こえてくるメープルの声には耳を貸さず、レギオスは駆ける。


「無事でいろよ、シエラ……!」


 ぽつり、と落としたレギオスの呟きは、闇の中に消えていく。

 岩石を避け、土煙を抜け、駆けるレギオス。

 その前方に巨大な岩盤がそびえ立つ。

 シエラの気配はその向こうである。

 レギオスは立ち止まる事なく、上半身を捻り右腕に魔力を集める。

 短く息を吐き、突き出す右手が岩盤に触れた瞬間である。

 ぴし、と乾いた音が鳴り、岩盤に無数の亀裂が入っていく。


 レギオスの放った『電撃』により、岩盤の中の原子は揺さぶられ、一瞬にして崩壊したのだ。

 固い岩盤は今や固めた砂のようなものである。

 レギオスは半回転すると、岩盤だったものに回し蹴りを叩き込んだ。


 ざざざざざ、と崩れ落ちる砂の向こう。

 青大将とその前方に小さな人影。

 ――シエラがいた。

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