第15話 軍人、チートに引く
「レギオスと、一緒……」
「うん、そうだな。同じ属性なら俺がいろいろ教えてやれる」
「えへへ、やった」
喜びの声を上げているが、殆ど表情の変わらないシエラを見てメープルは訝しむ。
「……ねぇシエラちゃんて、ちょっと感情表現下手なの? なーんかあまり表情が変わらないわよねぇ」
「あぁ、まぁ色々あってな」
レギオスはシエラについて語る。
戦場で拾った幼きシエラは、その時から感情を表すのが苦手だった事。
医者に見せたら相当ショックを受けたからであろうと言われた事。
家族を失い、身寄りもなく、それ以来ずっとレギオスが世話をしている事。
帝都で皇子と婚約していたが一方的に破棄され、今は国を見捨てて辺境で暮らしている事。
そんな中自分を捨てたはずの皇子から狙われたシエラは、自分自身で身を守るべく魔術師になると決めた事……
「う、うぅ……」
それを聞いていたメープルの目に、ウルウルと涙が溜まっていく。
ぐすっ、と鼻をすすりながら、溢れ出る涙を拭いていたメープルは、突如シエラに抱きついた。
「シエラちゃんっ! 大変だったわねぇっ!」
豊満な胸でシエラの顔面を包み込み、ぐりぐりと押し付ける。
「お姉さん、感情豊かなコも好きだけど、感情表現が苦手なコも好きだから安心していいからねっ!」
「むぐぅ……」
メープルに思いきり抱き締められ、苦しそうにするシエラ。
それをレギオスが引き離す。
「ええいやめろ。苦しがってるだろう」
「ぬぐぅ……至福の時間を……しかしえぇ、いいでしょう! そんな不憫なシエラちゃんにはお姉さんがサービスしてあげちゃいます! 初見の方は属性鑑定しかしないのですが、シエラちゃんには特別に魔力書も付けちゃいましょう!」
メープルはまた胸元に手を突っ込み、一冊の分厚い本を取り出した。
「ど、どこに入ってたんですか……?」
「本の形を取ってはいるがあれは使用者の魔力体に直接作用するいわば栄養剤。実態は魔力の塊だ。……というかいいのかメープル? 魔力書ってかなりレアだろ」
魔力書とは使用者の最大魔力量を増強するアイテムだ。
最大魔力量は魔術を使ったり強敵と戦闘することで徐々に増えていく。
駆け出しの魔術師はまずそれらの修行で魔力量を増やすのに尽力するのだが、これを使えばそのステップを安全に飛ばせるのだ。
基本的には使徒からのお願いを聞いたりする事で手に入れることが出来るレアアイテムである。
「いーのいーの。私、可愛いコには甘いんだから。テレーズちゃんにもあげたしね」
「げ……ずりぃな。俺は貰ってないぞ……」
あからさまな贔屓発言にドン引きするレギオス。
テレーズとは同時期に魔術師になったが、最初の頃は随分と差を付けられたものである。
そんなテレーズに負けまいと努力した結果、帝国最強の魔術師となったのだが……まさかこんなからくりがあったとは……
軽くショックを受けるレギオスに、テレーズは唇に指を当て蠱惑的に微笑む。
「ふふん♪ 悪いけれど男のコにはサービスしないって決めてるの。男は努力と根性! そして気合で勝ち取らないと、でしょ!」
「……ったく、不真面目な使徒もいたもんだ」
呆れ顔でため息を吐くレギオスに構わず、メープルは魔力書をシエラに渡す。
「ほら、シエラちゃん。どーぞ」
「……」
だが、シエラはそれを受け取ろうとしない。
「……いいのかな。受け取っちゃって。なんかズルしてるみたいで、気が引ける……」
「えーっ!? ズルなんかじゃないよー! 私が個人的に気に入ったコにあげてるだけだからさ」
「でも……」
渋るシエラの頭に、レギオスはぽんと手を載せた。
「いいから貰っとけって。お前は地道に修行したいんじゃなくて、早く強くなりたいんだろ? その為に使える手段は全て使えばいいさ。目的と手段を履き違えるなよ」
「レギオス……うん、そうだね。お願いします。メープルさん」
「あーもう、レギオスの言う事は素直に聞くのねぇ。ちょっと妬けちゃうな。……まぁいいわ。はいっ! それをパラパラめくってみて」
「わかった」
メープルから魔力書を受け取ったシエラは、それを開いた。
すると本は光を放ち始め、ページがめくるたびにシエラの魔力が増大していく。
「わわっ!? な、なにこれ……!」
身体から湧き上がる力の上昇に、驚くシエラ。
驚いたのはレギオスもである。
レギオスとて魔力書を使ったことはあるが、この上昇量は通常のものとは比べ物にならないほどに大きい。
「おいおいこれって……」
「んふふ♪ 謙虚なシエラちゃんには普通の魔力書ではなく、SSSランク魔力書をプレゼント、なのでしたー。お気に入りの中でも特にっていうコにしか渡してない特別品よ」
「……ずっけぇ」
そう言っている間にも、シエラの魔力量は増え続けていく。
シエラの魔力値は魔術師なりたての者をはるかに超え、中堅に近いレベルにまで達しつつある。
SSSランク魔力書なるものをレギオスは見たことがなかったが、これほどの物かと度肝を抜かれた。
最終的に収まったシエラの魔力値は、十年修行を積んだ熟練魔術師クラスになっていた。
茫然とするレギオスに、シエラが尋ねる。
「ねぇレギオス、私これで足手まといにならなさそう?」
「……十分すぎるくらいじゃないか?」
「ですねぇ。SSSランク魔力書を使ったとはいえ、これだけ魔力が上がるのは潜在魔力量がかなり高かった証拠! いやぁ私が見込んだだけはあるっ!」
うんうんと頷くメープル。
SSSランク魔力書といえば邪竜クラスの特級魔獣を倒したり、魔神など世界に影響力のある存在を排除するなど、相当の貢献がなければ得られぬ代物である。
そんなものをホイホイ渡していいのかとレギオスは呆れた。
シエラはそんなレギオスの袖をくいくいと引く。
「ねぇレギオス、何か魔術を教えてよ」
「ふむ。とはいってもそれだけ魔力があれば、既に初級魔術くらいは使えるだろう。身体を流れる魔力は感じるか?」
「うん。全身に纏わりついてる、ぬるいお湯みたいなのがそうだよね」
「そうだ。それを右手に集めてみろ」
「ん……!」
シエラは目を瞑り、右手をかざす。
すると右手に魔力が集まっていく。
電撃を帯びた魔力の塊からは、パリパリと火花が散るような音が聞こえる。
「ほうほう、初っ端から魔力の操作も出来るとは。将来有望ねぇ」
「あとはそれを壁に向かって放ってみろ」
「わかった。……えい!」
シエラが手をかざすと、電撃が壁に向かって飛んでいく。
ごおおおおおおおん! とぶつかった衝撃で大爆発が起き、土煙が上がった。
「わー! すごーい!」
「うん、これなら私でも戦えそう」
浮かれる二人とは裏腹に、レギオスの表情は険しくなる。
次いで、地面がぐらりと揺れた。
「シエラ、メープル! 気を付けろ! 何か近づいてくる!」
「ほえ?」
メープルが呆けた声を発した直後である。
――ずずん! と重音が響き、側面の壁が破壊された。
ガラガラと崩れる瓦礫の中から土埃を上げ現れたのは、一匹の大蛇だ。
「シュー……!」
三又に分かれた赤い舌をチロチロと見せながら、ぬるりと近寄ってきた。
青色の瞳と鱗が不気味に光る。
「きゃー! きゃー! 何アレ何アレっ!?」
「……青大将だ。大陸深部に住むような巨大魔獣が何故こんなところに……?」
いるはずがない魔獣の突然の出現に動揺するレギオス。その両肩にしがみつくメープル。
青大将は首を持ち上げ、突進を仕掛けてきた。
「……っ!」
咄嗟に躱すレギオスが着地しようとした瞬間である。レギオスの足元が崩れ、バランスを崩した。
青大将が突っ込んできた衝撃で、巨大な大穴が開いたのである。
「な……っ!?」
「わーーーっ!」
そのまま、レギオスらは神殿の底へと落ちていった。
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