第14話 軍人、神殿に行く

「レギオス、私に魔術を教えて欲しい」


 ある日、朝食を食べ終えて洗い物をしていたシエラが突然言った。

 コーヒーを飲んでいたレギオスは、思わず噴き出しそうになるのを堪える。


「……どうした、いきなり?」

「いきなりじゃ、ない。あれから考えてた」


 あれから、というのがゼオンの襲撃だと、レギオスはすぐに気付いた。

 あの時、シエラは何気なく窓から近づくゼオンを見て、侵入に気づいたらしい。

 それがなければどうなっていたか、わからなかった。


「今回は運良く気づけたけど、次もそうとは限らない。でも私に魔術が使えればケッカイとかで事前に気づけるし、戦えるかも」

「確かに、そうだな……」


 レギオスを憎む者はやはり、数多くいる。

 今回のように、娘であるシエラが狙われる事もあるだろう。

 万が一の為にシエラに護身術を教え、スタンガンも持たせてはいたが、相手次第ではそれも頼りになるとは限らない。

 生兵法は怪我の元……と思い魔術までは教えなかったが、シエラも今はそれなりに動けるようになっている。

 今回の対応は全く見事なものだ、我が娘ながら素晴らしい、などとレギオスは未だに感心していた。


「でしょう? だからレギオス……!」


 考え込むレギオスをシエラがじっと見つめる。

 その真剣な目に押され、レギオスは諦めたように肩を落とした。


「……わかった。そうだなシエラ。お前に魔術を教えよう」


 シエラは目を丸くして、抱きつく。


「やったぁ。……ありがとうレギオス」

「全く、お転婆なことだな」


 レギオスは呆れた顔で、シエラの頭を撫でるのだった。


 ■■■


「ねえレギオス、どこへ行くの?」


 森の中、前を歩くレギオスにシエラが尋ねる。

 街道の草は綺麗に刈り揃えられており、二人の足取りも軽い。


「神殿だ。そこでシエラに魔術師としての才能があるかを見てもらう」


 神殿とは世界各地に存在し、そこには神の使いである使徒がいる。

 そこで使徒に才能を認められた者のみが魔術師となれるのだ。


「ふーん……てことは才能がなかったら魔術師にはなれないの?」

「まぁな。でもシエラには才能があるよ。俺が保証する」

「ほんと?」

「当然だ。俺の娘だからな。……さて、見えてきたぞ」


 レギオスの指差す先に神殿が見えてきた。

 煉瓦を積まれた建築物は、壁面を蔦で覆われ、庭の草は伸び放題である。

 建物も劣化し、至る所がひび割れていた。

 それを見てシエラが一言、


「……ボロい」

「ギャレフに来てから魔術師を見てないからなぁ。いないのか、いたとしても一人か二人だろう。成り手がいないんじゃ放置されるのもやむなしか」


 かつてはレギオスもここで魔術師としての才能を開花させたものだが、時の流れは残酷である。

 神殿自体は一般に公開されているが、その機能は秘匿とされておりギルドでも一部の人間しか知らされていないのだ。

 人の少ないこのギャレフではもはや神殿としての機能を使うものは殆どいないのだろう。

 道中も草が生え放題で、人が訪れた様子は全くなかった。


 神殿の中に入ると、中はしんと静まり返っていた。

 雑草が建物の中にまで生え、虫やトカゲが歩き回っていた。

 レギオスはそんな中真っ直ぐに進み、中央の祭壇に進み出る。


「ほら、シエラもこっち来い」

「うん」


 シエラも同様に、レギオスの隣に並び立つ。


「それで、どうするの?」

「魔術師がその神命を呼べばを姿を現す。……おーい、出てこいメープル」


 レギオスが呼ぶと、次第に祭壇が光を帯び始める。

 光は徐々に人の形を成していき、祭壇に座った。

 金色の髪の美しい女性。背中には輝く翼が生えており、薄いレースのドレスを纏っていた。

 それを見たシエラが、感嘆の息を吐く。


「綺麗……天使さまみたい……」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。私はメープル。どうぞよろしく」

「あ……私はシエラ、です」

「へぇ、シエラちゃんって言うんだ。いい名前ね」


 メープルと名乗った女性は、柔らかな微笑を浮かべるとシエラに顔を近づけ、細指で頬を撫でる。

 そのまま首筋から鎖骨へと降りていき、耳元に唇を近づけた。

 その艶めかしい動作に、シエラはびくんと震えた。


「ひゃ……っ!?」

「ふふ、可愛いコ。食べちゃいたいくらい♪」

「やめろ、メープル」


 レギオスは後頭部に手刀を落とし、それを止めさせる。


「いたーい。もうなにすんのよ!……ってレギオス!?」

「セクハラ気質は変わらんなメープル。離れないともう一発食らわすぞ」


 メープルは大袈裟に痛がりながら、宙に浮いてレギオスの前に浮く。


「なによー。久しぶりじゃない! 元気してたー? この子は知り合い?」

「娘だ」

「えええええっ!?」


 レギオスの言葉に、メープルは驚きの声を上げた。


「いやー久しぶりにレギオスと会えたと思ったら、まさか子持ちになってるとはねー。しかもカワイイ! あ、自己紹介がまだだったわね。私はメープル=ハート。神サマの忠実なる使徒の一人。よろしく」

「よ、よろしく。シエラです」


 メープルが差し出した手を、シエラは握り返す。


「使徒なんてかっこつけてるが、魔力の塊が人の形をしているだけの幽霊みたいなもんだ。あまりかしこまる必要もないぞ」

「ひどーい。確かに身体は魔力で出来ているけど、思考回路は本物の人間をコピーしてるからほぼ人間と遜色ないですもーん。身体の一部に魔力を集中させれば握手も出来る! うん、人間として過不足なし!」


 べー、と舌を出し、レギオスを威嚇するメープル。

 きょとんとするシエラの方を振り返り、にっこりと笑う。


「あ、ちなみに私、男も女も両方イケる口なので、そっちに興味があったら手取り足取り腰取って教えてアゲル♪」


 そう言ってシエラにウインクを飛ばすメープル。

 レギオスは手刀を構え睨みつけた。


「んもう、冗談だってば! ったく、それで? 一体何の用かしら?」

「シエラに魔術の才能があるかどうか、見て欲しい」

「あら、あらあらあらあらーっ! そうなの? それじゃあお姉さんがシエラちゃんのこと、隅々まで見てあげるからねぇー」

「よ、よろしくお願いします……」


 おずおずと頭を下げるシエラに、メープルは自身の胸元に手を突っ込んだ。

 そしてごそごそと弄り……取り出したのは飴玉だった。


「じゃじゃーん! これぞ魔識の種! 魔術の開花を促す神アイテムの一つでーす! これを舐めればたちどころに魔術の才能に目覚めるわ! ……才能があれば、ですけれど」


 ごくり、と息を飲むシエラ。

 レギオスは昔、自分もテレーズらと同じ事をやったのを思い出す。

 この魔識の種は魔力の才能を持つ者が舐めれば味が変化するのだ。

 火属性は辛く、水属性は甘く、地属性は固く、風属性は清涼感のある味になる。

 この四属性が最も多く、それ以外の変化をする場合は特殊属性扱いである。

 ちなみにレギオスは雷属性、ピリリと痺れるような味であった。


「種なのに飴……なんですか?」

「あー、うん。昔は本当に種だったんだけどね。神の世界も日進月歩ってね。ぶっちゃけて言うと神殿で取ったアンケートの結果、種よりは飴の方がウケがよかったので。まぁほれほれ、いいから食べてみなさいって」

「はぁ」


 シエラは魔識の種を持つと、それをじっと見つめた。


「レギオスと同じ雷属性がいいんですけど」

「んー、こればっかりは授かりものだからねぇ。何が出るかは運次第なのよー」

「むぅ……」


 シエラは眉を顰めそれをじっと見つめていたかと思うと、ぱくっと思い切って口に入れた。

 レギオスとメープルが固唾をなんで見守る中、ころころと音が響く。

 無表情で口を動かしていたシエラだったが、突如目を見開いた。


「……なんか、ピリッとした」

「ほうほう! ということはもしやシエラちゃんはレギオスと同じ雷属性?」

「シエラ、指に意識を集中させてみろ」

「ん……!」


 レギオスの言う通り、指先をじっと見つめるシエラ。

 その先端でぱちんと何かが爆ぜ、小さな光が生まれた。


「おおー! 確かに電撃! しかもいきなり使えるなんてすごいわねぇ」

「あぁ、流石だシエラ」

「えへへ」


 レギオスに頭を撫でられ、シエラは嬉しそうにしていた。

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