第13話 軍人、尋問する
「ぶはあっ!?」
気を失っていたゼオンは、水をかけられ目を覚ました。
ゆっくりと目を開けたゼオンの目の前には、バケツを手にしたレギオスが冷たく見下ろしていた。
「さて、お前に幾つか聞きたい事がある」
「く……」
ゼオンは身を捩り逃げようとするが、縄で両手足を縛られており動けない。
しかしゼオンは不敵な笑みを返す。
「ク、クヒヒ……あなたに言う事など何もありませんよ。たとえ腕を斬られようとねぇ……これでも元帝国軍人です。拷問など無駄な事だと、あなたもよく知っているでしょう? それでもやるというなら、えぇやるとよろしい。愛する娘の前でそんなことが出来るというのなら、ね。クヒヒッ!」
ゼオンの鼻は、そう遠くない場所にシエラの匂いがあるのを察知していた。
言葉の通り、ここはレギオスの家の地下室である。
シエラはすぐ上にいた。
しかし構わず、ゼオンの額に指を当てる。
指先に纏う電気がパチンと爆ぜ、ゼオンはその衝撃に瞬きをした。
「えぇと……お前確かゼオンだっけ。一体誰の差し金だ?」
レギオスの問いに、ゼオンは笑う。
「クク、何度聞こうと答えは決まっているでしょう。私に命じたのはミザイ皇子ですよ。……ハッ!?」
だが自分の意に反し、正直に答えてしまったゼオンは思わず口を噤んだ。
「やれやれ、もしやと思ったがやっぱりあのバカ皇子の仕業か……何故シエラを狙う?」
「えぇそうです。今のメイドが壊れてしまったので代わりに、と私が進言したのですよ……っ!? ま、またっ!?」
再度、ゼオンはその問いに答えてしまう。
「な、何故だ! 何故勝手に私の口が動くのですか!?」
「そういう魔術をかけてるからな。さて、洗いざらい吐いてもらうぜ」
レギオスが行使している魔術は雷属性魔術『紫電』の応用版。
身体に電流を流し、自分の意識よりも早く身体を動かす『紫電』を相手の脳に直接使い、問いかけることで浮かんだ相手の言葉を、自分の意に関係なくそのまま反射で喋らせているのだ。
ただしこれには欠点がある。
相手に触れていなければ使えないし、訓練すれば意識的に防ぐ事も出来る。
それでも初見で防ぐのは不可能。
レギオスの投げかける質問に、ゼオンは抗う事なく答えていく。
「はぁ、はぁ、はひぃ……」
「……なるほどな。あのバカ皇子、中々やってくれるじゃないか」
全てを聞き終えたレギオスは、ぐったりするゼオンの額から指を離した。
「……さて、シエラを襲おうとしたお前を殺したいのは山々だが……娘に死体を見せるのは情操教育上よろしくない。処理も面倒だしな。だからお前は生かしておいてやる」
「ほ、本当でございますかっ!?」
死を覚悟していたゼオンは顔を明るくした。
レギオスはにやりと笑い、言葉を続ける。
「応とも。ただし、条件がある。今からあのバカ皇子のところへ行って、今から言う言葉を伝えるんだ『これ以上俺たちに手を出そうとするなら容赦しない。どんな手を使ってでも潰す』とな」
「そ、それは……」
その言葉に顔を青くするゼオン。
任務をしくじり、その上そんな言葉を伝えたらどうなるかは目に見えていた。
「無論、一言一句、正確にだぞ? それが出来ると誓えるなら、逃してやる」
「ひ……っ! ち、誓いますぅ!」
「ならばよし」
レギオスはゼオンの目の前で五芒星を切る。
有無を言わせぬその迫力にゼオンがこくこくと頷くと、何かもやのようなものがゼオンの身体を包んだ。
「な、なにを……?」
「先刻お前に嘘をつけなくした魔術の応用版だ。もしこれを破れば電撃がお前の脳天を貫く」
「ひっ!? ひどいではありませんかっ!?」
「何、守ればいいのさ。そらいけ。お前のツラをいつまでも眺めている暇はないんだよ」
レギオスはゼオンを縛っているロープを掴むと、家の外へと連れだすのだった。
■■■
「ねぇレギオス。見逃してよかったの?」
足元をふらつかせながら去っていくゼオンを見送りながら、シエラが呟く。
「お前、結構物騒な事を言うなぁ……」
「敵には情けをかけるなと言ったのはレギオスだよ。それに口だけなら何とでも言えるし」
「まぁ……そうなんだけどな」
確かにシエラには追い詰められて謝る相手の言葉は絶対に信用するな、と教えてある。
それを忠実に守っているシエラに感心しつつも、その理由を説明する。
「あいつにはバカ皇子に警告を与える役目があるからな。仮に奴を倒しても、第二第三の敵を送られたら意味がない。元を断つ必要がある。だからそれを強制する魔術をかけておいた。そして、そんな事をすれば皇子から見捨てられるだろう。あぁいう手合いは色々と恨みを買っているもんだ。一人になった奴に二度と安心して眠れる夜は来ないだろうさ」
レギオスは説明を省いたが、手元を離れた『紫電』にそこまでの威力はない。
せいぜい頭痛がするくらいである。
だが十分に力を見せつけた後であれば、術を受けた者はレギオスの言葉に従わざるを得ない。
軍にいた頃は捕らえた捕虜に命令を与え、相手側に大きな打撃を与えたものである。
「へぇ……ちゃんとエグいね。レギオス」
「エグいってお前……」
「褒めてるの」
誤魔化すように抱きつくシエラに、レギオスはやれやれとため息を吐くのだった。
■■■
「……なんだ、これは」
不機嫌そうな声を上げるミザイの手には、一通の手紙が広げられていた。
それにはレギオスの言伝が一言一句そのまま記されている。
更に続けて、任務の失敗とミザイの元から去るという旨の文章が書かれていた。
目の前にいる兵士は、頭を下げたまま答える。
「ハッ、夜のうちに投げ込まれていたようで……」
「ゼオンめ……目をかけてやった恩を忘れおって!」
ミザイはこめかみに青筋を浮かばせながら、力任せに手紙を破り捨てた。
細切れになった紙片が宙を舞う。
「……まぁあんな男などどうでもいい。適当に見つけて処理しておけ。それよりレギオスだ! 容赦はしない、だと……? 舐め腐りおって……あいつをどうにかしろ! なんでもいい! 誰でもいいッ! 何かいい手を探してこい!」
「は、ははーっ!」
ミザイの命令で、兵たちは部屋から飛び出していった。
■■■
「ククク……伝言をするとは言いましたが、面と向かってとは言っていませんからね」
黒フードで顔を隠したゼオンが夜の闇に紛れ、帝都を離れようとしていた。
物陰に隠れ、城門に立つ兵を伺っている。
その身にはうっすらと魔力を纏っていた
「頭痛が消えた……という事は約束は果たしたと捉えていいのでしょう、クク……甘い男ですねぇ。頭の悪い者ならば、ここで復讐の一つも企てたのでしょうが……わざわざ危険を冒す事もありません。あとは帝都を離れ、
ローブの下には隠れ家から持ち出した女たちの腕が括り付けられていた。
魔術と薬で綺麗に防腐処理をした腕は、まだ生きているかのようである。
それを愛おしげに撫でながら、ゼオンは思う。
人の少ない田舎町へ行き、目立たぬように気ままな生活を送ろう。
好きなものを食べて、好きな時に寝て、好きなように奪い、好きなように人を殺す。
そんな何物にも縛られない生活も悪くない、とゼオンは思った。
「そのためにはまず、この帝都から安全に脱出せねば……」
門から抜け出すべく、ゼオンが魔術で闇夜に身を隠そうとした、その時である。
ずぶり、と沈み込むような音がした。
強い喪失感にゼオンが視線を下ろすと、胸元から飛び出た血濡れの刃が見えた。
「ご……は……ッ!?」
ごぼり、とゼオンの口から血が零れ出る。
振り返るゼオンの歪む視界に映ったのは、全く見たこともない子供だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……ね、ねぇちゃんの仇だ!」
涙を流し、身体を小刻みに震わせながら、子供は手にしたナイフを抜く。
傷口から零れた血が、地面に血溜まりを作った。
その上に女の腕がばらばらと落ちる。
「ガ……キ……ィ……!?」
「ひっ!?」
逃げ出す子供に手を伸ばそうとするゼオンだが、届かない。
そのまま血溜まりに倒れ伏す。
「……おい、何か物音が聞こえなかったか?」
「あぁ、あっちの方からだ……! 人が倒れているぞ!」
「なんだこりゃあ!? 腕だ! 腕が散らばっているっ!?」
「こ、こいつ、右腕攫いだぞっ!? 死んでいやがるっ!」
兵たちが駆け寄り、ゼオンを取り囲む。
その日、かつて帝都を騒がせていた殺人鬼がようやく消えたのだった。
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