第12話 刺客、侵入

「……ふむ、影がやられたか」


 闇の中、呟きながらゼオンは歩いていた。

 足音を殺し、気配を殺し、歩むその先には小屋のような小さな家が見えていた。


「あれだけの影を瞬殺とは……やはり雷神、侮れませんねぇ。ですがあそこからここまでは相当の距離がある。大事な娘の身を守る為、駆け付けることが出来ますかねぇ? ククク……」


 含み笑いを漏らしながら、ゼオンは立ち止まりドアノブに手をかける。

 鍵はかかっていたが、魔術師であるゼオンには関係ない。

 細腕に魔力を込めドアノブを握り、ひねるとバキリ、と鈍い音がしてドアが開いた。

 薄暗い屋内に足を踏み入れる。


「留守……? いや、この芳しき香りは生娘のもの。しかも衣類や調度品からでなく、芳醇な生の香りですねぇ。隠れ潜んでいるようですが……クク、間違いなくこの中にいる……!」


 ゼオンは舌なめずりをしながら、奥へと進む。

 ぎし、ぎしと床を踏む音だけが暗がりの中に響く。


「……にも関わらず姿を隠しているという事は、どういうわけかはわかりませんが、外敵わたしの侵入に気づいているようですねぇ。……ククク、結構結構。獲物は賢い方が嬲り甲斐があるものです……!」


 立ち止まったゼオンは、一番手前にあった扉を開く。

 ゆっくりと、覗き込むようにして開いた扉の奥は――無人のトイレだった。

 しかしゼオンは残念がる事もなく、嬉しそうに口角を歪ませる。


「ククク……よいよい。いきなり当たりを引いては面白くありませんからねぇ。さぁてどこにいるのかな? 子猫ちゃん」


 楽しそうに鼻歌を歌いながら、ゼオンは扉を次々と開けていく。


「ここですか? いやいやそう見せかけて、実はこちらですかねぇー……む?」


 ゼオンが見つけたのは、箪笥からはみ出た女物の衣服。

 それを見たゼオンはにやりと笑う。


「むぅ……何と隠れるのが上手ですなぁ。全くこのままでは見つけられないかもしれません。……クク、あぁもう諦めて帰った方がよいかもしれませんねぇーぇ」


 言葉とは裏腹に、ゼオンは箪笥に向かい歩み寄っていく。

 箪笥を小突くと中の何かがカタカタと揺れる

 中に何かがいるのは明白だった。

 ゼオンはより歪に口角を歪ませた。


「ふむぅ……どうやらこの箪笥が怪しいですねぇ。どうれ、開けてみますか」


 その言葉に、箪笥はカタカタと震える。

 ゼオンは箪笥の扉に手をかけ、追い詰めるようにゆっくりと開いていく。


「こォ、こォ、でェ、すゥ、ァァァァ――」


 そして、開く。

 中にいたのは――一匹の猫だった。

 猫はゼオンを見上げ、にゃあと鳴いた。


「ぬ……っ?」


 驚きの表情を浮かべるゼオンの背後に立っているのは、シエラだ。

 咄嗟に猫を箪笥に入れ、自分はその後ろにあるカーテンの中は隠れたのだ。


「ちぃ!」


 振り向こうとするその刹那、シエラはゼオンに向かってその両手に握られた何かを押し付けた。

 途端、ゼオンの身体がびくんと仰け反せる。


「が――ッ!?」


 更に、ぐりぐりと押し込んでいく。


「あががががががっ! がががあががががががっ!?」


 奇声を上げながらびくんびくんと痙攣するゼオン。

 身体から時折火花を放ちながら、まばゆく点滅していた。

 バリバリバリバリと耳障りな音を立てながら、震えることしばし――


「が……あが……」


 ゼオンは白目を剥き、倒れた。

 口からは煙を吐いており、衣服は所々は破れ露出した箇所は黒く焦げていた。

 それを見下ろすシエラの手に握られていたのは、スタンガンという先端から強烈な電撃を発する機械である。


「シエラっ!」


 丁度駆け付けたレギオスが、その場に踏み入る。

 倒れ伏すゼオン、そして立ち尽くすシエラを見たレギオスはすぐに状況を察した。

 シエラに駆け寄ると、その身体を思いきり抱き締める。


「……よかった。無事だったか……!」

「レギオス……」


 目を丸くするシエラだったが、すぐに目を閉じ抱擁に応じる。

 スタンガンがシエラの手から零れ落ち、かしゃんと乾いた音を鳴らした。

 しばし抱擁の後、レギオスはシエラから身体を離す。


「……それにしてもよく無事だったな」

「うん、レギオスが渡してくれたスタンガンのおかげ」


 火熊の件もあり、レギオスは護身用にとスタンガンを持たせておいたのだ。

 発電機で充電可能なスタンガンは、中型の魔獣程度なら一撃で昏倒させることが可能である。


「それは良かった。お前もよく敵を倒せたな。偉いぞ」

「練習、したしね」


 スタンガンは当てなければ意味がない。

 レギオスはスタンガンを渡すだけでなく、いざという時に使えるよう事前に入念な練習をしていたのである。

 スイッチを入れるタイミング、相手の動きに応じた当て方、躱された時の対応……

 日々、二人は組み手の要領で攻撃を当てる練習をしていたのだ。

 突然の侵入者に即座に対応出来たのもこの為である。


「……でもちょっと威力高すぎたかも」


 倒れ伏すゼオンに、憐憫の視線を向けるシエラ。

 ゼオンはまだ気を失っており、よく見ると頭髪や産毛も全て焼け焦げていた。

 だがレギオスは首を振る。


「お前に乱暴しようとする輩には、ヌルすぎるくらいだ」


 憤慨するレギオスを見て苦笑するシエラ。

 たとえ相手が犯罪者でも、普通の人間にとっては人を傷つけるのは大きなストレスである。

 その罪悪感を薄めるべく、フォローしたのだ。

 その事はシエラにもすぐに伝わった。


「……ありがと」


 シエラはそう呟くと、レギオスの胸に顔を埋めるのだった。

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