第11話 軍人、対峙する
ゼオン=ジャスティは帝国魔術師の中でも一番の古株で、かつては最強の一角と謡われた男である。
闇の魔術を得意とする歴戦の老魔術師だ。
闇討ち、謀略、だまし討ち、戦場ではあらゆる手段を講じて多くの命を奪った。
しかし戦争が終わり、戦う必要がなくなった魔術師たちは新たな生き方を求められた。
レギオスやテレーズのように魔術の知識を生かして機械の研究をしたり、たんまり貰った報酬で起業をしたり、仕事を辞めて田舎でのんびり過ごしたり……だがゼオンにはそれが出来なかった。
戦時においては人を殺せば殺すほど賞賛を受け、賛美を浴び、報酬は増えた。
だが平時において人を殺すのは言うまでもなく犯罪である。
警備隊の一員として燻っていたゼオンは、殺しの渇きに耐えきれなくなっていった。
そんなある日、ゼオンは逃げる盗っ人を弾みで殺してしまった。
仲間たちは慰めたが、ゼオンはむしろ落ち込むどころか逆に高揚していた。
――思い出したのだ。
殺しの快楽を、獲物を追う喜びを、相手の命を握り潰す愉悦を。
それ以来、ゼオンは夜な夜な街へ繰り出しては人を襲った。
特に若い女を狙い、その際には必ず死体から右腕を奪い去る事から『右腕攫い』と呼ばれ帝都を脅かしていた。
その凶行に終止符を打ったのがレギオスである。
「くく、くくく……レギオスめ、あの時の借りを今返してあげましょう」
闇の中で呟くと、ゼオンは掌をかざした。
他の魔術師には感知されない程度の速度で、ゆっくりと魔力が集まっていく。
闇の魔術は秘匿の魔術、隠密や暗殺にこそ真価を発揮する。
掌に集まった魔力は黒い霧から徐々に人型へと変わっていく。
影の使い魔を生成し、意のままに操る魔術『影人』。
日の当たらぬ闇の中でしか生きられないが、陰に紛れればその姿を認識するのは難しい。
闇属性魔術の中でもかなり高度な技である。
「――行け、影たちよ」
放たれた十数体の影たちは、あっという間に闇に散っていく。
それを確認したゼオンは、物陰に身を潜め目を閉じた。
するとまぶたの裏に様々な風景が広がっていく
薄汚れた家、道行く人々、酒を飲むくたびれた男、牛を追う少年、その他諸々……
「ふむ、田舎にしては背の高い草が軒並み刈られていて物陰が少ない……これでは影の行動範囲がかなり狭まりますね。捜索には少し時間がかかりそうだ」
とはいえ日が暮れれば自然と闇は深くなる。
時間と共に影の行動範囲は広くなっていく。
ギャレフの町もそう広くはない。
影は町を隅々まで移動していき……そして、
「……くく、見つけましたよ」
含み笑いを漏らすゼオン。
ついにターゲットを見つけたのだ。
まぶたの裏に映るのは、仕事を終えて仲間と別れ、一人帰宅しようとするレギオスの姿。
町に散らしていた『影人』を集め、包囲するように狭めていく。
そして本体であるゼオンもまた、急ぎ歩を進めるのだった。
■■■
レギオスの表情が僅かに強張る。
何者かに狙われているような気配を感じたのだ。
ほぼ直観、とはいえ軍人としての研ぎ澄まされた感覚により、レギオスは殺意を持った敵による襲撃だと確信していた。
だがその場で立ち止まるでも迎撃すべく身構えるでもなく、同じ姿勢、同じ表情、同じ歩調で歩き続ける。
気づかれたのを感づかれたら、相手が警戒するかもしれないからだ。
レギオスは敵の襲撃を誘うべく、徐々に人気のない場所へと進んでいく。
――姿を見せたところを迎撃する。
その際に周りに人がいると面倒だ。
故に、人のいない場所へと誘い出そうという魂胆である。
しばらく歩いただろうか、カツン、とレギオスの目の前で石ころが転がった。
それに視線が吸い寄せられた瞬間、レギオスの背後から伸びる三本の影。
影は起き上がると上半身だけ人を型作る。その中の一体が、レギオスの心臓を狙い貫手を仕掛けてきた。
――だがその一撃は空を切る。
レギオスは後ろも見ずに躱し、先刻まで脊髄のあった場所を、細長い影が通り過ぎた。
「――ッ!?」
必殺だったはずの一撃を躱され、戸惑う影を一筋の光が貫いた。
『雷撃』、レギオスの放った魔術である。
ばちり、と電撃の残滓がレギオスの右腕を静かに走る。
影は電撃を浴びた箇所を中心に、霧散していく。
「『影人』か」
敵を視認したレギオスが呟く。
奇襲をあっさりと看破され、射貫くような視線で睨まれた影たちは、戸惑い距離を取った。
だがけして臆したわけではない。つかず離れず距離を取りながら、レギオスの様子を窺っている。
即座に時間稼ぎと見破ったレギオスは、影へ詰め寄ると電撃を纏った右腕を薙ぎ払う。
影の胴体を切り裂くべく放たれた電撃は、しかし大きく後ろに跳び躱されてしまう。
追撃を仕掛けるも、影人は回避を続けまともに戦おうとしない。
そうしているうちに、周囲にまるで黒い水溜まりのようなものが集まってきた。
そのうちの一つがにょき、と盛り上がり人の形を成していく
影は更に、より精細な色形を帯びて変化していき、黒ずくめの中年男性――ゼオンへと姿を変えた。
「ククク、流石は雷神と呼ばれた男ですねぇ。我が影が相手にもならんとは。ですがそれもここまで! あなたに受けた借りを返す為に地獄から舞い戻ってきましたよ! クククククハハハハハ!」
高笑いするゼオンを、レギオスは冷めた目で見つめる。
「……お前、誰だっけ」
「なん、ですと?」
レギオスの言葉にゼオンは目を丸くした。
「悪いが恨みつらみで命を狙われた経験は両手でも足りないくらいなんでね。わざわざ一人一人憶えちゃいねぇよ」
「な……ッ! 私は帝国闇魔術師の中でも最強と謳われたゼオン=クリードですよ!? 知らないとは言わせません!」
「はて……」
愕然とするゼオンに、レギオスは全く心当たりがない、といった顔で首を傾げる。
ゼオンが闇魔術師最強と言われたのはレギオスが軍に入る前の話である。
知るはずもない事だった。
「まぁ今の魔術からしてそれなりの実力はあるようだが……お前のような軍人崩れのはぐれ魔術師は戦争以降沢山出たからな。大して珍しくもないさ」
「ぐ……ぐきぎぎ……! き、きさま……!」
「どこの小物だか知らんが、来いよ。時間が惜しい」
「な、こ、小物だとぉぉぉぉぉ!!」
咆哮、そしてゼオンの魔力が膨れ上がる。
「……クク、ククククク……! この私を小物呼ばわりとは相変わらずふざけた方だ! ですがその驕り、すぐに間違いだとわからせてあげましょう!」
同時に周りにいた影たちも戦闘態勢に入った。
レギオスを十重二十重に取り囲む。
「たかが影と侮るなかれ! 魔力量こそ比較になりませんが、その能力は本体の私と同等です! これだけの数の『私』を相手にして、ただで済むと――
言いかけたゼオンの顔が、みしり、と音を立て歪む。
一瞬にして懐に潜り込んでいたレギオスの拳が叩きこまれたのだ。
その速度はまさに電光石火。ゼオンは反応すらできなかった。
「ぶふぉっ!?」
顔面を歪ませ吹き飛ぶゼオン。
周りの影たちは全く反応できず、微動だにしなかった。
雷魔術による高速移動+電撃を纏った裏拳。
音速に近い移動から繰り出される最高威力の拳は、単純にして最強の連携である。
神速の一撃は未だ何物にも躱されたことはなく、レギオスを雷神と言わしめていた。
何度もバウンドしながら、土煙を上げ転がるゼオン。
その威力に首は捻じれ歯が何本も飛び散り、集まっていた影は霧散していく。
拳はゼオンだけでなく、全ての影に一撃ずつ入っていた。
地面に倒れ伏すゼオンを、レギオスは冷たく見下ろす。
「……悪いがお前の下らん話を聞いてやるほど、暇じゃあないんでね。さて、とっとと豚箱に――」
「――げひ」
霧散していくのはゼオンの身体もだ。
ゼオンの身体は人の形から黒いモヤのようになって溶けていく。
「げひひひひひゃひゃひゃひゃ!」
不気味な高笑いが夕闇に響く。
完全に闇に溶けて消えたゼオンに、レギオスは呟く。
「こいつ……影か」
「如何にも! 我が身、我が本体はそこにあらず! いやはや、やはり大したものです! 侮っていたつもりはなかったのですが、これほどとはねぇ! ですが問題はありません、本来の目的は別にありますので。えぇ! それでは! クヒャヒャヒャヒャ! ヒャヒャヒャヒャヒャ!」
遠ざかっていく高笑いに、レギオスはゼオンの言葉の意味を考える。
「本来の目的だと……まさか狙いは……シエラ!?」
陽動作戦、それに気づいたレギオスの頬に冷や汗が浮かぶ。
舌打ちをすると、足に魔力を集めた。
レギオスの両脚にまとった魔力が、バチバチと火花が散らす。
雷属性魔術、『紫電』。
神経に電気を流し、人体の限界を超えた身体能力を発揮する魔術である。
あらかじめ魔力で身体を包んで発動する為、短時間、もしくは低出力であれば反動なしで長時間の使用が可能。
ちなみに先刻の一撃、高速移動を可能にしたのもこれによるものである。
電撃を纏ったレギオスの足が、地面を蹴った。
足元にあった石は砕け、砂埃りが高く舞い上がる。
残像しか見えなくなったレギオスが向かう先は、シエラの待つ家。
「くそ……無事でいろよ……!」
シエラの無事を祈りながら、レギオスは山道を駆けるのだった。
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