第10話 軍人、交渉する

「おおっ! これが噂の草刈り機ですかっ!」


 火熊討伐が終わってしばらく。落ち着いた頃を狙いレギオスはギルドに草刈り機を届けに来た。

 受付嬢だけでなく、他の者たちも興味津々といった様子でそれを覗き込む。


「古い型のを友人に売ってもらいました。ちゃんと起動確認はしたので大丈夫ですよ。使用に問題はありません」


 レギオスは届いた草刈り機を分解し、全ての部品が正常に動作するか確認した。

 古い部分は交換し、油も差しておいたので、しばらくは問題なく動くはずである。


「ほうほう、ところでこいつはどうやって使うんだ?」


 いつの間にやら隣にいたジークが問う。


「そうだな。まずは使ってみないとわからないだろうし、外で一度実演しよう。受付さん、どこか近くに草が生えている場所はありますか?」

「んー……ギルドの裏にある修練場が草だらけなんですよね。刈ってくれたら嬉しいなぁ」

「わかりました。では使ってみたい人たちは好きなのを持って庭に出てきてくれ」

「おうよ!」


 そう返事して、ジークは真っ先に草刈り機を持つ。

 最初は技師の事を馬鹿にしていたくせに……と思いつつもその単純さにレギオスは苦笑する。

 他の者たちも我先にと草刈り機を掴み、裏庭に向かった。


 ■■■


「えー、それでは草刈り機の使い方を説明をさせて貰います」


 レギオスはジークを含む魔獣狩りの面々と、受付嬢を前に咳払いをする。


「まずは草刈り機を地面に寝かせて、エンジンから伸びている紐を持って下さい」

「持ったぜ」

「持ちました!」


 全員が紐を持った事を確認し、レギオスは頷く。


「ではこの紐……リールと言いますが、これを思いっきり引きます。まずは受付さん、やってみて下さい」

「はいっ! ……えい」


 恐る恐るリールを引く受付嬢だが、草刈り機はうんともすんとも言わない。


「もう少し早く、一気に引いてみて下さい」

「むぅ……ていっ! やあっ! とおーっ!」


 何度目だろうか、受付嬢がリールを引いた瞬間である。

 バオン! とけたたましい音が鳴り、草刈り機に取り付けられたエンジンが起動した。

 おーーー、と歓声が上がる。

 受付嬢は慌てた様子でレギオスを見上げる。


「わわ、う、動きましたよ!?」

「うん、いいですね。それでは肩紐をかけて両手でハンドルを持って……はい、では手元のスイッチを押してみて下さい」

「は、はいっ!」


 受付嬢がスイッチを押すと、草刈り機の刃が高速回転し始める。


「あわわわわわわわ!?」

「それを草に向けて平行に振るんです。思い切ってやっちゃって下さい。足を切らないように注意して」

「は、はひぃぃぃーーっ!」


 慌てふためきながらも受付嬢が草刈り機を振るう。

 そのたびに背の高い草が一瞬にして断ち切られ、ばっさばっさと倒れていく。

 おー、と感嘆の声と共に拍手が上がった。


「あはっ! でもこれ楽しいかもっ!」


 受付嬢も調子が上がってきたのか、楽しそうに草刈り機を振り始めた。


「ひゃっほーっ! あははははっ!」

「終わる時は手元のスイッチを切ればいいですよ。さぁみなさんもやってみて下さい」

「おおおおおおおおおおっ!!」


 レギオスの雄たけびに釣られ、他の者たちも草刈り機を手にし、一斉にリールを引き始める。

 初めてで上手くいかない者も多く、皆苦戦しているようだ。

 レギオスはそれを見て回り、一人一人にアドバイスをする。


「もう少し勢いよくです。あぁそっちは少し強く引きすぎ……っておいジーク! 馬鹿力で引くなって! 壊れるだろ」


 それでも皆、なんとか草刈り機を起動させていく。

 一台、二台、三台と。

 けたたましい音が次々に鳴り始めた。


「いよっしゃあ! かかったぜ!」


 そして最後の一人、ジークが草刈り機を起動させる。

 爆音をとどろかせる草刈り機を構え、ぐるりと周囲を見渡すジーク。


「さーて草はどこだ!?」


 だが時すでに遅し。

 辺りの草は既に刈り尽くされており、長い草は一本も残っていなかった。


「なにぃーっ!? ちくしょう! どこかに草はないかのかぁ!」

「こ、こら危ないからエンジンつけたまま歩くなって」


 草を求めて飛び出すジークをレギオスは追いかけるのだった。



 ■■■


「レギオスさん。あの草刈り機、皆さんにも好評でしたよ」


 実演が終わり、ギルドに戻った受付嬢は笑顔でそう言った。

 衣服には草の破片がまだ少し付いていた。


「それはよかった。では買い取っていただけますか?」

「はい! 一台100万ゴルドで買い取らせていただきます」

「な……!?」


 その高値に驚いたのはレギオスである。


「いやいや、流石に100万は高すぎるでしょう。俺はこの草刈り機を40万で手に入れてきたんですよ?」

「いえいえ、評判は上々でしたから。試した人のみならず見ていたギャラリーも欲しいという人が沢山いましたからね。私も使ってみましたけれど、楽に素早く広範囲を刈る事が出来る、とても便利な機械でした。これでも安いくらいだと思いますよ」

「しかし……」


 受付嬢の提案に困惑するレギオス。

 元軍人の性故か、あまりに好条件さに警戒しているのだ。

 それに気づいた受付嬢は、レギオスが納得するような理由を考える。


「うーん……ではこういうのはどうでしょう? この手の機械は定期的なメンテナンスが必要と聞きます。レギオスさんは技師として、これらのメンテナンスと修理を頼まれて下さいな。それ込みの100万ゴルドうことで!あ、もちろん別途修理代は出しますし、修理不可能であればまた新しいものを買わせていただきますので」

「……なるほど、そういう事でしたら」


 頷くレギオスに、受付嬢はパッと顔を明るくした。


「えぇ、それでは今後とも、ごひいきにお願いします」


 受付嬢は深々と頭を下げ、レギオスと握手を交わした。

 契約成立。レギオスは草刈り機を引き渡し、大金を貰った。


 その日から草刈り機は一日1万ゴルドで貸し出され、不人気だった草刈りの依頼は我先にと奪い合うようになくなっていった。

 ちなみに一番張り切っていたのはジークで、毎日誰よりも早くギルドに来ては草刈り機を借りては、依頼をこなしていったという。

 楽しげに草刈り機を振るうジークを見て、興味を持った者たちも草刈り機を借りる。

 ……そんな好循環が続き、ギャレフの町は以前とは比べ物にならないほど、きれいになっていったのである。


 ■■■


「ほうほう、片田舎の小さな町と聞いていましたが……思ったよりは綺麗なものですねぇ」


 ギャレフを訪れた黒ずくめの男、ゼオンが町を見渡して呟く。


「まずは奴の居所を探らねば……ククッ」


 邪悪な笑みを浮かべた後、ゼオンは闇に溶けていった。

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