第18話 軍人、現場で働く

「神殿が崩壊した……ですか」

「あぁ、巨大な魔獣に襲われて、その衝撃で崩れちまったんだ」


 翌日、レギオスは神殿で起こった事をギルドに報告しに行った。

 受付嬢はレギオスの言葉に頭を抱えている。


「なんとまぁ……修繕費用が……とほほ。あぁいえ、報告ありがとうございます。ところで現れた魔獣はわかりますか?」

「あぁ、青大将だ」

「青大将っ!? 危険度Sランクの大型魔獣じゃないですかっ! 帝都の大魔術師を呼ぶような魔獣を相手に、よく生きていましたね……」

「まぁ、ははは」


 驚く受付嬢だが、目の前にいるのはその帝都の大魔術師である。

 隠していたレギオスは笑って誤魔化した。


「……まぁ今日は報告に来ただけですので」

「わかりました。わざわざありがとうございます」


 丁寧に礼を言う受付嬢に別れを告げると、レギオスはギルドを後にする。


 後日、レギオスがギルドを訪れると、神殿再建の為の人員募集の張り紙が貼られた。

 屈強な男たちがその前に集まっており、そこから受付へと流れていく。


「修繕作業、報酬は1日20万ゴルドか……高くもないし安くもないって感じだが……ふむ」


 レギオスは少し考えると、自分も列に並ぶ。

 しばらく待っていると自分の番が来た。


「おや、レギオスさんも依頼を受けていただけるのですか?」

「一応当事者だしな。少しは責任を感じている」


 それに加えて、レギオス宅には神殿が崩壊し家をなくしたシュガーもいる。

 シエラの相手をしてくれているのはいいが、おかげで結構うるさい。

 レギオスとしては可及的速やかな神殿に戻って欲しかった。

 もちろん受付嬢はそんな事を知る由もない。


「くすくす、別にレギオスさんが壊したわけではないのですから、気にすることはありませんのに。でもありがたいです。依頼書にサインをお願いします」

「わかった」


 レギオスが自分の名を書くと、受付嬢がハンコを押した。


「……はい、オッケーです。あとは現場に行ってくだされば、ジークさんが監督をしていますので指示に従ってくださいな」

「あいつ、何でもやってるんだな」

「ジークさんは面倒見の良い方ですから。それ故に少し、外から来た人に過敏に反応する所がありますけれど」


 困ったような顔で笑う受付嬢。


「とにかく、行ってくるよ」

「はい、行ってらっしゃいませ」


 ギルドを出たレギオスは汚れても構わない作業着に着替え、崩れた神殿へと向かう。

 神殿のあった場所は『危険』『注意』などと書かれた看板が建てられており、沢山の人が集まっていた。

 その真ん中には作業着姿のジークがいた。


「おっ、レギオスじゃねぇか。お前も依頼を受けたのか?」

「あぁ、よろしく頼むぜ。監督」

「がっはっは! おう、任せとけよ作業員!」


 ジークは豪快に笑うと、奥へ行きツルハシとヘルメットを持ってきた。


「ほらよ、こいつを使いな」

「助かる」

「ケガでもされたら俺の責任も話題だからな。単なる親切じゃねぇんだ。そこんとこ勘違いするなよな」

「わかっているさ」


 素直ではないジークの言葉に、レギオスは苦笑する。

 ジークはレギオスを採掘場に連れて行くと、そこで作業をしている男たちに声をかけた。


「おーい、皆の衆! こいつは今日からの新入りだ! 色々教えてやってくれ!」

「おおーーーす!」


 男たちは大きな返事を返すと、すぐに作業へ戻っていく。


「さてレギオス、お前の仕事は神殿の壁を作る石の掘り出しだ。ツルハシでいい感じの石を掘って、その荷車でこっちまで運んでくれ。細かい作業は見て覚えろ。皆がやっているようにやりな」

「わかった」

「頼むぜっ! がっはっは!」


 大笑いしながら去っていくジークを見送り、レギオスは作業に入る。

 その前に、ツルハシを手に他の者たちの動きを観察する。

 まずは作業内容の確認だ。

 どう石を掘り出せばいいのか、どう運べばいいのか、どうすれば効率よくこなせるのか。

 それをじっと眺め、観察した。


「……なるほど、大体わかった」


 そう呟くとレギオスはツルハシ片手に他の者たちに混じる。

 打ちおろすたびにカン! カン! と高い音が響き、石が削れていく。


「おう新入り! 中々手際がいいじゃねぇか!」

「似たようなのをやった事があるからな」


 軍人時代、レギオスは兵たちに混じりスコップを手に塹壕を掘りまくっていた。

 魔術など使わずともこの程度は朝飯前である。

 すぐに要領を掴み、他の者たちより仕事は早くなっていった。

 荷車に石を詰め込み、運んでいたレギオスだったが、ふと現場脇に置かれた大岩の存在に気づいた。


「なぁ、あれを砕けば早いんじゃないのか?」

「あー、そりゃ無理だ。あれは鉄岩石っつってな。まるで鉄のように硬い岩なのよ。とてもじゃねぇがこんなツルハシで砕けるもんじゃねぇ」

「ほう、それだけ頑丈なら、壁の材質としては上等なんじゃないか?」

「ははは! 砕ければ、だけれどな!」


 笑い飛ばす男を置いて、レギオスは鉄岩石の前に立つ。

 そしておもむろに手を伸ばし、その表面に触れた。

 触れた箇所を中心に、パチパチと電撃が走る。

『索敵』により、電磁波がより乱れる場所を探っているのだ。

 ――すなわち岩石の内部、空洞の空いている部分を――である。そして、見つけた。


「よ……っと!」


 レギオスはツルハシを振りかぶると、その一点を狙い叩きつける。

 がきん! ぴしぴしぴし、と音がして、鉄岩石に数本のヒビが入った。


「お、お前一体何を……?」

「ちょっと脆い箇所があったみたいだからな。思い切り叩いてみた。ヒビも入ったし、これなら壊せるかもしれないぜ」


 強固な岩石とは言えその繋ぎ目は脆いものだ。

 これだけのヒビが入れば割れる可能性はある。

 それを見て他の者たちが集まってきた。


「おーい! 新入りが鉄岩石にヒビを入れたぞー!みんな集まれー!」

「なにぃ!? あの大岩をか!? 信じられん……一体どんな手品を使ったんだ……?」

「しかも一発でだってよ。どんな馬鹿力だってんだ?」


 騒がしくなる作業員たちの前に、ジークが仁王立ちした。


「おいてめぇら! せっかく鉄岩石にヒビが入ったんだ! サボってる暇はねぇぞ! とっとと砕きやがれってんだ!」

「ういーっす」

「崩れやすくなってるから気ぃつけるんだぞ!」


 そして一喝。作業員たちはツルハシを手に、巨大な鉄岩石を打ち始めるのだった。

 作業は続き、日が暮れ始めていた。

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