第8話 軍人、認められる

 ――夜、山ではまた火熊を追い立てる鐘の音が鳴っていた。

 ジークを先頭に、数人ごとの部隊に分かれた者たちが松明を手に山を駆け回っていた。


「あっちだ! 東の方へ逃げたぞ!」

「東の方か……あっちには確かレギオスの家があるんだっけか。そう言えば昼間にギルドに来て、何か言ってやがったな」


 ――シエラの忠告でギルドへ行ったレギオスは、受付嬢に『魔獣除けの罠を張ったので、討伐隊の者は近づけないようにして欲しい』と言ったのだ。


「何の罠かは知らねぇが、それで怪我しちゃ馬鹿らしい。おいお前ら、警戒しながらゆっくり移動するぞ!罠にかかって動けなくなってればよし、気づいて戻って来れば俺たちで狩る! 鐘の音は絶やすなよ!」

「おおおっ!」


 カンカンカンカン! と再び鐘の音が鳴り響く。

 部隊は火熊の向かった先へ、警戒しながら進んでいく。

 それからしばらく、ジークの目に閃光が飛び込んできた。

 直後、耳に何かが爆ぜるような音が聞こえる。


「ゴルルォォォォォッッッ!!??」


 獣の哭き声が山中に轟いた。

 まるで断末魔のような咆哮に、思わず耳を塞ぐ魔獣狩りの者たち。

 哭き声は断続的に響き、やがて徐々に収まり……完全な静寂が訪れた。

 動揺した彼らは次第に声を上げ始める。


「な、何だったんだ一体!?」

「火熊の叫び声のようでしたが……」

「とにかく注意深く進むんだぞ。手負いの火熊が突っ込んでくるやもしれん」


 叫び声の聞こえた方を中心に、ジークら討伐帯は包囲を狭めていく。

 そしてようやく茂みに倒れ込む巨体を発見した。


「お、おい。あれ火熊じゃないか……?」


 倒れていたのは火熊だった。

 全身は焼け焦げ、まだ白い煙が上がっている。

 右手は特に損傷がひどく、先端部分は消し炭となっていた。

 恐る恐るジークが近づき、火熊をつつくが反応はなし。


「……死んでいやがる」


 火熊は白目を剥き、絶命していた。

 その前方には鉄線のようなものが張られており、何かが焼け焦げたような跡がついていた。


「あの鉄線に触れてこうなったのか……?」

「銃弾10発は食らっても余裕で生きているような火熊がちょっと触れただけであぁもなるものかよ……!」


 静寂の中、ごくりと息を飲む音が鳴る。


「お前ら、絶対アレに触れるなよ! 絶対だぞ!」

「ひっ! こ、こっちにも張ってあるぞ!」


 部隊の前方、広範囲に罠が張られていた。

 これが見えているものだけ、とも限らない。

 もし万が一、触れてしまったら……どうなるかは言うまでもない話である。

 そんな中、作業を続けるのは愚の骨頂。

 そう判断したジークは声を上げる。


「みんな、火熊の回収は日が昇ってからだ! 注意して元来た道を帰るぞ! ゆっくりだ! 絶対にあわてるな!」


 ジークらはびくびくと怯えながら、元来た道を帰っていくのだった。


 ■■■


 どんどんどん、と扉を叩く音にレギオスは目を覚ます。

 大きく伸びをして起き上がると、隣で眠るシエラを起こさぬよう来客に応じた。


「はい、どちら様で――ってジークだっけか。どうかしたのか? こんな朝早く……」


 扉の外にいたのはジークら討伐隊だった。

 先日は命からがら山を下り、朝一番にレギオス宅に訪れたのだ。

 ひどく焦燥した様子で、ジークは頭を下げる。


「悪いが罠を解除してもらっていいか? あのままじゃ危なっかしくて山に入れないからよ」

「はぁ……?」


 首を傾げるレギオスに、ジークは先日の一部始終をとくとくと語り聞かせるのだった。


「ほら、だから言ったでしょう。あのままだと殺人事件になるって」


 つぎはぎだらけのソファに座ったレギオスを隣に座ったシエラがじっと睨む。


「う……だ、だからギルドには報告に言っておいただろうが。銅線にはコーティングもしてたから人がちょっと引っかかったくらいじゃ死にはしないと思うぞ……多分」

「ちょっと触れただけならともかく、転んで武器が当たるという可能性もある。もっと強く言わないと。全く相変わらずレギオスは自分の力をよくわかってないんだから……」


 無表情のままため息を吐くシエラ。

 高い魔力を持つレギオスの電撃魔術は威力も範囲も大きすぎる為、加減の練習は当然していた。

 だが機械を介してとなると、その辺りの感覚がまだ掴めず事故を頻発させていたのだ。

 それでも大分マシにはなったのだが……シエラ的にはまだまだまだまだ、である。


「ほら、レギオス。ジークさんに謝って」

「その、悪い」


 レギオスは申し訳なさそうにジークに頭を下げる。

 だがジークは気にするなと言った風に、首を振った。


「いやぁたかが罠と侮っていた俺が悪いのさ。気にしないでくれ……しかし電気柵だっけか? とんでもないものを作ったもんだな。火熊を一撃とは参ったぜ」

「あの罠、本来はもっと弱いの。獣をびっくりさせて逃げさせるくらいがせいぜい。……でもレギオスが電力を上げすぎたからこんなことになったの。ごめんなさい」


 頭を下げるシエラに、ジークは慌てて手を振った。


「いやいや、俺らの認識が甘かったんだ! 責めるつもりはねぇよ!」

「そう言ってもらえると助かる」

「うむ。それで火熊の討伐報酬だが――」


 ジークは取り出した袋をテーブルの上に置いた。

 袋を開くと、大量の紙幣が入っている。


「倒したのはお前の仕掛けた罠だ。無論、その権利はお前にある。皆、異存はあるまい?」


 討伐隊の者たちは互いに顔を見合わせるが、ジークが睨みつけると気まずそうに目をそらした。

 だがレギオスはその提案に首を振って返す。


「俺は身に降りかかる火の粉を払っただけだ。罠にかかったのは偶然、貰う権利はない」


 当然、受け取るであろうと思っていたジークは慌てた。


「何を馬鹿な事を。そもそもお前が倒したんだから、お前が貰うべきだろう」

「だが俺は依頼を受けたわけじゃない。依頼を受けたお前たちが貰うべきだ」


 互いに譲らぬレギオスとジーク。

 二人の顔は次第に険しくなっていく。


「……意地を張るな。ギルドに登録するくらいだから金が有り余っているわけでもないだろう」

「……余計なお世話だと言っているだろう。お前こそ魔獣狩りなんて危険な仕事をしているんだ。金に困ってるんじゃないのか?」

「なんだと?」

「やるか?」


 一触即発、張り詰めた空気に緊張が走った。


「――はいはい、意地の張り合いはそれくらいにして」


 そんな二人の間に割って入ったのはシエラだ。

 レギオスとジークを交互にじっと見つめ、引き離した。


「そういう事でしたら、報酬の半分頂きます。いいよねレギオス。ジークさんも」

「む、まぁ……」

「そういう事なら……」


 シエラの迫力に押され、二人は渋々と言った顔で頷くのだった。


「それじゃあよ、世話になったな」


 その後、レギオスは蓄電器を回収。罠を解除し火熊を運ぶのを手伝った。

 火熊はギルドに運ばれ、解体された後に様々な素材として売られるという。

 レギオスは約束通り報酬金の半額、50万ゴルドを貰ったのである。


「おぉ、ありがたい」

「へっ、そうだろうが。全くしっかり者の嫁さんを貰って幸せだな」

「……何か勘違いしているようだが、あいつは俺の娘だぞ。血の繋がってない、な」

「なにぃっ!? そりゃお前、犯罪じゃないのかっ!?」

「違うっての……これこれこういうわけでな……」


 レギオスはジークに今までの事を話した。

 自分が軍人で、シエラを拾ったこと。

 皇子と婚約していたシエラが一方的に婚約を破棄されたことで国を見限り、今ここに至ると。

 最初はただ黙って頷いていたジークだったが、次第にその顔は険しくなっていく。


「……なんだそりゃあ、けったくそ悪い話だぜ!」

「まぁ皇子の性格を見抜けなかった俺にも反省すべきところはあるがな」

「んなわけあるか! お前らは被害にあったんだろうが! 悪いのはその馬鹿皇子だ!」


 声を荒げるジークを見て、レギオスは少し胸が軽くなる。

 こうまで素直に気持ちを吐き出せれば気持ちがいいだろうなと、そんな事を思いながら。


「……ともかく事情は分かったぜ。先日はきつく当たってすまなかったな。だがもう安心してくれ、俺はお前らの味方だ。困った事があったらなんでも言ってくれていいからな!」


 ジークは自分の逞しい胸を、ドンと叩いた。

 レギオスはそれを見て苦笑しながらも、頭を下げた。


「……すまん、世話になる」

「おうさ!とりあえず何でもいい。何か言ってみろ」

「うーん……近々友人が遊びに来るらしいから、いい飲み屋があったら紹介して欲しいかなぁ」

「よしきた、そういう事なら任せとけ! とっておきの店に連れてってやるぜ! 嬢ちゃんも一緒にどうだい!」

「……いいの?」

「応とも! 嬢ちゃんにはジュースでな。よぉし! 今日は俺のおごりだ! がっはっは!」


 そう言ってジークはレギオスと肩を組み、皆を引き連れ町へと歩いていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る