第6話 軍人、火熊対策を練る

 レギオスが向かった先は田舎町ギャレフ唯一の雑貨屋である。

 ゴミやらなにやらが積み重なった店の入り口を開けると、立て付けが悪いのかガタガタと音が鳴った。


「ちょっといいか? 鉄線を貰いたいんだが」


 退屈そうに頬杖を突く店主に、レギオスは声をかけた。


「鉄線かい? 残念だが遅かったな。火熊が出たからその対策に有刺鉄線を作るってよ、皆こぞって買いに来たんだ。だからもうこんなのしか残ってないぜ」


 店主が出したのは、柔らかい針金のような金属だった。

 レギオスはそれを手に持つと、曲げて感触を確かめる。


「これは……銅線か?」

「あぁ、柔らかいから加工はしやすいが、有刺鉄線としては頼りねぇ。だからみんな使えねぇって買っていかなかったんだ」

「ふむ……」


 レギオスはそれを受け取ると、両手で引っ張るようにして持つ。

 そして手に力を込めると、ぱちんと爆ぜるような音がして鉄線が一瞬眩く輝いた。

 鉄線はじわりと赤く染まり、白い煙を上げている。

 それを見た店主がほぅと唸る。


「驚いた。ニイちゃん魔術師かい?」

「まぁ、少しは使える程度さ。そして買うのはこれで問題ない。とりあえず500メートル売ってくれ」

「おおっ、ありがたいねぇ! 入荷してみたはいいが使い道がなくて困ってたんだ」


 伝導率の高い銅は帝都では電気機械を制作する際に重宝されているが、田舎では鉄の代用品として二束三文で扱われていた。

 よって、報酬金の半分ほどでこれだけの銅線を買えたのである。


「売れ残りの銅線をこんなに買ってくれたんだ。荷車もおまけするぜ」

「ありがとう」


 レギオスは店主に礼を言うと、銅線の束を荷車に乗せて家へ運ぶのだった。


 ■■■


「確かこの辺りに……っと、あった!」


 家に帰ったレギオスは、荷物をゴソゴソと漁る。

 取り出したのはラッパのついた機械――通信機である。

 これは雷の魔術師に持たせるのを前提として設計した事で、大幅な小型化に成功した機械だ。

 声を電波に変換し、軍の司令部に伝達するという画期的な機械である。

 雷の魔術師が重宝される理由の一つがこれだ。

 大きな部隊には必ず配置され、本部との連絡を密とすることで高度な連携戦術も可能となる。


 戦争では当然のように大活躍をし、それが終わってからも一部民間に払い下げられ、通信だけでなく放送など様々な用途で使われていた。

 レギオスは何かあった時の為に、自分用の通信機を持ってきていたのだ。

 通信機をセットしたレギオスは、喋り口であるラッパに向けて話しかける。


「あー、あー、テステス。聞こえているか。どーぞ」


 もう一つ、聞き口である小さなラッパを耳に当てると、ビリビリ耳障りな音が聞こえてくる。

 レギオスがチューナーを弄ると、次第にそれは言葉のようになっていく。


「……あー、あー、聞こえているわ。こちらはテレーズです。どーぞ」


 聞こえてきたのは気だるそうな女の声だった。


「おお、テレーズか。こちらはレギオスだ。どーぞ」

「レギオスっ!?」


 レギオスの名を聞いた途端、テレーズと呼ばれた女の声は跳ね上がる。

 テレーズはレギオスが軍に入ってすぐ出来た友人の一人で、主に魔術に頼らない発電機関について研究をしていた仲間だ。

 機械技術に関する造詣も深く、風属性の魔術を操る実力者だ。

 その実力は折り紙付きで、帝国五大術師の一人でもある。


「あんたどこほっつき歩いてるのよ! いきなりいなくなってさ、こっちは大変だったのよ!?」

「あぁ、すまんすまん。色々あってな……」


 レギオスはテレーズに今までの事を語った。

 シエラがミザイに婚約破棄された事、国を見限り田舎で生活している事、今はそこで技師をしている事……

 それをテレーズは何も言わず、じっと聞いた後、大きなため息を吐く。


「……はぁ、なるほどね。まぁあのバカ皇子には私も何回もモーションかけられたからね。受け流してたけど、他のコたちにも同じことしてたらしいわ。婚約なんて破棄して正解よ」

「おいおい、お前にまで手ェ出してたのか? 命知らずにもほどがあるな」

「……それ、どういう意味よ」


 ドスの利いた低い声に、レギオスは思わず口を噤む。


「あぁいや……そ、それはそうと用事があるんだが……」

「ん、何よ」

「俺の蓄電器を届けて欲しいんだ。使ってなければで構わないんだが」


 レギオスは研究室に自前の機械をたくさん置いてきた。

 蓄電器もその一つ。ただし魔改造されたそれは、通常のものより容量が十倍以上あるものだ。

 それを届けてもらうべく、テレーズに連絡したのだ。


「あー、アレね。誰も使ってないわよ。というか使えないと言った方がいいかしらね。あんな大容量の蓄電器に回せるほど、電力に余裕がないから」

「どういう意味だ?」

「どういう意味って……はぁ、自覚してないなら大物よ全く。あんたが毎日あの蓄電器にいっぱい電気を蓄えてくれてたから、城の電気は何とかなってたの。それが今は他の魔術師が代わりにやってくれてるけど……まぁ発電力はあんたの1割がいいところ。しかも何度も休憩を挟みながらの発電だから使用量に追いついてなくてね。てなわけであの蓄電器、埃を被ってるわよ」

「そいつはよかった……と言いたいところだが、そんな状態でそっちは大丈夫なのか?」

「大丈夫とは言えないかも。城下に回せる電気はないから、街中は街灯すらつけられなくて真っ暗よ」

「はぁ……なるほどなぁ」


 呆れたような口調のテレーズに、レギオスは同じく呆れたようなため息を返した。


「なのにあのバカ皇子、部屋は暗い夜は寒いって騒いでね、数少ない電力を自分の部屋に集めて……皇帝陛下に何とかしてくれって進言しても聞き流されるし、全く、困ったものだわ」

「そりゃ困ったもんだな……なんか、すまん」

「レギオスが謝る必要はないわ。それに今は電力をどうにかする為に、魔術以外を動力とした発電機を開発中だからね」

「おぉ、あの凍結中だった奴か。守備はどうだ?」

「ばーか、今のアンタは帝国と関係ない身でしょ? 国家機密を話せるわけないじゃない。……まぁでも、順調とだけ言っておくわ」

「そうか、そうだな」


 機密を話せばレギオスはおろか、テレーズにも迷惑になる。

 レギオスは自分の不用意な発言を恥じた。


「……まぁいいや。蓄電器だっけ? 送ってあげるわよ。ご実家でいいのかしら?」

「俺が言い出したことだが……その、いいのか? 機密的な意味で」

「まぁ蓄電器なんて大したもんじゃないしね。でっかいだけで中身は市販品と変わらないから、私の裁量で動かせると思う」

「ありがたい。……それと草刈り機が幾つか余っていたら買い取りたいんだが、一台40万ゴルドで売ってくれないか?」

「使ってないのが多分倉庫に余ってたはずだけど……あぁうん、あるわ。でも35万でいいわよ。結構ボロくなってるしね」


 テレーズの言葉にレギオスは慌てて抗議する。


「いや、それは流石に悪い。何から何までやってもらったし40万で買わせてもらう」

「いいって! 35!」

「40!」


 だがテレーズもそれなりに頑固である。

 両者一歩も引かず、何度かやり取りが繰り返され……ようやく折れたのはテレーズの方だった。


「……はぁ、わかったわかった。40でいいわよ」

「ありがとう。金は明日、郵便で届けるよ」

「いいえ、大金だし時間が出来たら私が取りに行くわ。奢ってあげるから、いい店見つけておきなさいよ。じゃ!」


 がちゃんと音がして、通話が切れた。

 ツーツー、と音が鳴る受話器を通信機にかけ、むぅと唸る。


「……と言っても、この辺りはあまり知らないんだがなぁ」


 レギオスは音がしなくなった通信機を前に、そうぼやくのだった。

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