第5話 軍人、覚悟を決める
――魔獣とは、強力な魔力を持って生まれた獣の総称で、高い戦闘力と知能を持ち、通常の獣とは比べ物にならない危険度を持っている。
たびたび人里を襲っては家畜や人を攫い、食らう危険な生物だ。
特にギャレフのように周りを野山で囲まれている町では、魔獣狩りを生業としている者も多い。
「おい、そこのお前! 魔獣が出たぞ!」
ジークの大声にレギオスは振り向く。
「あんたは……確かジークだっけ」
「おうよ。魔獣狩りのジーク様だぜ。ここらを根城にしている危険な魔獣が出やがった。すぐに家に帰りな!」
尋常ではない様子のジークに、レギオスは異常事態を察して草刈り機を下ろした。
「……結構ヤバいのか?」
「あぁ、火熊だよ。家畜がしょっちゅう食われてる。そのうち人間にも手を出すんじゃねぇかってな」
火熊は巨大な熊の姿をした魔獣で、その危険度Aランクに位置している。
全長約3メートルを超える巨体で口からは炎を吐き、鋭い爪の一撃は牛を串刺しにするほどの威力を持つ。
レギオスも軍人時代、野営の際に火熊に襲われ、追い払ったのを思い出す。
危険度は高く、末端の兵たちでは束になっても勝ち目はない。
「……大丈夫なのかよ?」
「ハッ」
だがその問いをジークは鼻で笑い飛ばす。
「当たり前だ。俺様の実力を舐めるんじゃねーぞ? お前ら一般人は家に帰って大人しくしていろよ」
「……そうか、わかった。気を付けるんだぞ」
「ケッ、誰に言ってんだ」
自信満々なジークに、レギオスはすぐに背を向ける。
家は街から離れた場所にあり、シエラもいるのだ。
彼らの事も気になるが、まずはシエラの安全を確保せねばならない。
レギオスは草刈り機を担ぐと、早足で家に戻る。
「シエラ!」
扉を開け放つレギオスに、椅子に座っていたシエラはきょとんと目を丸くした。
どうやら外出はしていなかったようで、ほっと胸を撫で下ろす。
「……どうしたの、レギオス」
「魔獣が出たらしいからな。さっき鐘の音が聞こえただろう」
「うん、聞こえた。……心配してくれたの?」
「当たり前だろう」
「……えへへ」
当然、と言った口調のレギオスを上目遣いで見上げ、シエラは少しだけ微笑んだ。
■■■
カンカンカンカンカン! カンカンカンカンカン!
鐘の音が鳴り響く中、ジークを中心とした狩人たちが山へと入っていく。
「あっちだ! あっちへ行ったぞ!」
「銃は使うな! 味方に当たる!」
「囲め! 囲めーっ!」
松明を手に追い立てる狩人たちだが、鼻の利き、頭の良い火熊は中々追い詰めるには至らない。
それでもどうにか追い詰め、ようやく包囲しつつあったのだが……
「ぎゃあああああっ!?」
包囲の一部、もっとも脆い箇所を狙い火熊が突進する。
魔獣狩りになったばかりの経験浅い若者は、火熊に踏み潰されあっさり突破を許してしまった。
他の者たちが近づこうとするも、火熊は口から炎をまき散らし寄せ付けない。
「大丈夫かハンス!?」
「くそ、見失った……!」
「追え! 追えーーーっ!」
それでもジークらは諦めない。
火熊を追い立てる鐘の音は、夜遅くまで山に響き渡っていた。
■■■
「ったく、うるさいな……」
ベッドの中で、レギオスが呟く。
どうやら火熊は近くにいるようで、追い立てる音がここまでうるさく響いていた。
耳栓をして毛布を被っていたが、それでも耐えられない。
夜も遅く疲れもあるにもかかわらず、レギオスは眠れなかった。
――ふと、こんこんと扉を叩く音が聞こえる。
扉の開く音にレギオスは顔を上げると、扉が開きシエラが立っていた。
「どうした? シエラ」
「怖くて、眠れなくて……だから一緒に寝ても、いい?」
「っておいおい、そんな子供みたいな事を……」
待ったをかけようとするレギオスだが、シエラは構わず近寄ってくる。
「……えい!」
そしてレギオスの毛布に飛び込み、潜り込んできた。
「あ、こらシエラ!」
「えへへ」
そのままレギオスの胸に顔を埋める。
ぐりぐりと額を押し付けるたびに、長い髪がレギオスの顔をくすぐった。
こうなったらテコでも動かない。そう知っているレギオスは諦めたようにため息を吐く。
「あぁもう……勝手にしな」
「うん、勝手にする」
そう言ってシエラはレギオスを、強く、強く抱きしめる。
ふと、レギオスはその小さな身体が震えている事に気づいた。
そうだ、大人びて見えるがシエラはまだ子供。
あれだけの事があったばかりに加え、住み慣れた帝都を離れ、ギャレフに引っ越したばかりである。
レギオスは仕事をせねばならず、その間シエラは一人で家にいるのだ。
不安であろう。恐ろしいであろう。
その心中は察するに余りある。
レギオスはシエラを抱き寄せ、その頭を撫でてやる。
シエラの震えが少しずつ収まっていき、そのうちスゥスゥと寝息を立て始めた。
「そうだな。せめてシエラには心安らかに過ごして欲しいもんな」
傷心のシエラに自分がしてやれるのは、そのくらいである。
故にこれからはシエラが平穏無事に暮らせるよう、尽力しよう。
レギオスはそう決意した。
外ではまだカンカンと鐘の音が聞こえていた。
■■■
翌日、朝早く起きたレギオスは、残りの草刈りを終えギルドに向かった。
「……はい、草刈りの依頼、これで全て終了です。お疲れ様でした」
「こちらこそ、ありがとうございました」
受付嬢と共に草刈りをした場所を巡り、確認を終えたレギオスは報酬金を貰う。
「それとレギオスさん、先日言っていた草刈り機の件ですが、少し待って貰えますか? 火熊が現れてそれどころじゃなくて……」
「えぇ、いつでも大丈夫ですよ」
「ほっ、よかった。えぇもう魔獣が出るとてんやわんやでして……そういえばレギオスさんの家は町外れなんでしたね。よかったらこちらに避難して来られますか?」
「いえ、お構いなく。……ただ家の周りに柵を作ろうと思っているのですが、問題ありませんか?」
「え? えぇ。あの辺りは誰の土地でもないので構いませんが……」
「よかった。では急いでますので」
首を傾げる受付嬢に、レギオスは背を向けるのだった。
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