第4話 軍人、草を刈る

 翌日、レギオスは依頼の場所に向かった。

 草刈り機を背負い、目の前に広がる一面の草を前にして、笑う。


「さて、やるとするか」


 草刈り機に取り付けられた鉄窯から伸びる紐を思い切り引くと、バリバリバリバリと爆音が轟き、刃が回転し始めた。

 これはエンジンというもので、鉄釜の中でガソリンという燃える水を燃料に、炎を連続して爆発させ続ける事で蒸気を噴出、ピストン運動を介し回転運動を生み出すという仕組みの機械である。


 昔から似たような理論は存在していたが、十分に力を発揮するには少々の事では壊れない丈夫な鋼、十分に気密性を保てる精度が必要だった。

 これを解決したのがレギオスを中心とした、魔術師たちである。

 鉄の魔術師が鋼の硬度を上げ、火の魔術師が溶接、形成を行う。

 そこへ技師が仕組みを作り上げた――というわけである。

 魔術師と技師が力を合わせることで、今までの技術力ではとても出来ないような超精密な機械が完成したのだ。

 このエンジン、魔力の有無を問わず誰でも使えるものが売りで、それを開発した帝国は圧倒的国力を誇っている。

 草刈り機に使われている物は小さく出力も小さいが、大きなものだと巨大な鉄の塊をも動かすことが可能。

 列車などがまさにそうで、戦時は様々な物資を運び、今は帝国民の足となっていた。

 レギオスもかつては開発に携わっており、夜を徹して研究に明け暮れたものである。

 これが出来る前は何をやるにも人力で、非常に大変であった。


 爆音を上げながら回転する刃は力を入れる必要すらなく、振り回すだけで背の高い草をばっさばっさと刈り取っていく。

 レギオスは草刈り機を左右に動かしながら前進するだけでよく、3時間ほどで仕事を終えてしまった。

 これは本来の10分の1の時間である。


「ふぅ、日が高いうちにやってしまいたいし、次々いくか」


 レギオスは草刈り機に絡みついた草を払うと、次の依頼場所へと向かった。


 ■■■


「レギオース!」


 次の場所でも同様に草を刈り取っていると、シエラが声をかけてきた。

 両手に大きなバスケットを持ち、小走りに駆けてくる。

 レギオスは草刈り機のスイッチを切り、傍に置いた。


「お腹空いたでしょ? お昼にしよう」

「おお、ありがたい」


 バスケットを開くと、そこには巨大なエッグトーストが堂々と置かれていた。

 シエラはそのうちの一つを手に持つと、レギオスの口元に運んだ。


「手、汚れてるから、私が食べさせてあげるね」

「ありがたいけど、布巾で拭けばいいから……」

「いいから、さぁ口を開けて」

「う、うむ……」


 口元までエッグトーストを運ばれたレギオスは、その圧に負けエッグトーストを口にした。

 こういう時のシエラは説得が難しい。

 もぐもぐと口を動かし、飲み込むのをシエラはじっと見つめていた。


「うん、美味いよ。腕を上げたな。シエラ」

「……えへへ。そうでしょ」


 ほぼ無表情、口元を少し緩めただけではあるが、シエラの瞳は喜びを湛えていた。


「レギオスの作ってくれたパン焼き器のおかげだよ」

「おお、そういえば昔シエラにあげたっけなぁ」


 鉄板を二枚重ねたような器具でパンを挟み、同じく火を生み出すコンロという機械の上でこんがり焼く。

 これは料理をやってみたいというシエラの頼みを聞き、レギオスが知り合いの鍛冶屋に頼んで制作したものである。

 アツアツのパンの中にたっぷりの具材、レギオスはかぶりつくようにしてエッグトーストを平らげた。


「ふぅ、美味かった」

「いい食べっぷり。私も食べる」

「じゃあ俺はもう一仕事するかね」


 レギオスは草刈り機を担ぎ直すと、草刈りを再開する。

 シエラはエッグトーストを食べながら、それを見つめていた。


 ■■■


「ええっ!? あの依頼、もう終わったんですかっ!?」


 ギルドに受付嬢の声が響く。

 辺りはざわめき、報告中のレギオスに集まった。


「い、いえ。まだ半分終わっただけですから」


 いきなり大声を出されるとは思っていなかったレギオスは、小声になる。

 だが受付嬢はレギオスを訝しむようにじろりと見る。


「それでも十分凄いんですけど……一体どんな手品を?」

「草刈り機を使っただけですよ。家の草刈りに使おうと帝都で使っていたものを持ってきたんですが、役に立ってくれました」


 レギオスの言葉に、受付嬢は首を傾げる。


「草刈り機……あぁ一度帝都で見た事があります。あの騒がしい機械の事ですね。そんなすごいものだったのですね」


 感嘆の声を上げる受付嬢。

 ここギャレフの町では機械の類は殆どない。

 というか帝都から離れると、機械の類はまだほとんど普及していないのだ。

 故にギルドの職員である受付嬢でさえもあまり見る事はない。

 そして見る事がない以上、その有用性も分からない。

 このような便利な機械が広まっていないのはこれが理由である。


「そういえばこちらでは使われていないのでしたね。便利ですよ」

「むむ……確かにそうですね。草刈りはこの季節、かなりの重労働ですから……そんなに早く終わるのなら、草刈り機の購入を検討してもいいかもしれません。ちなみに入手しようと思えば、如何ほどでしょう?」

「多分40万ぐらいですかね。帝都でも技師をしていたので、俺のツテで手に入れることも出来ると思いますが」

「本当ですか? そのくらいでしたらまずは10台……どうでしょう? 売っていただけません?」

「えぇ、この依頼が終わってからでよければ」

「おおっ! ありがとうございますっ!」


 受付嬢はレギオスの手を取ると、嬉しそうに笑った。


 ■■■


 そんな二人の様子を、面白くなさそうに見ている大男が一人。

 先日、レギオスに絡んだジークである。


「馬鹿な。もう半分終わっただとぉ? たった1日でそれだけの依頼が終わるはずがねぇ。何かインチキをしたに決まっていやがる」


 ブツブツとぼやきながらグラスを開け、テーブルに叩きつけた。

 不機嫌そうなジークに、周りの男たちが慄いている。


「まぁいいさ。化けの皮を剥がしてやるぜ……!」


 ジークはそう呟くと、テーブルを立つ。

 いい加減な仕事をして、それがバレれば依頼不成立で罰金となる。

 ギルドのまとめ役であるジークには、それを指摘する権利がある。

 仕事へ向かうレギオスの後を、ついていく。


「ってなんじゃこりゃ!?」


 ジークが見たのは一面、綺麗に刈り揃えられた平原。

 今朝、この道を通った時は背の高い草が無秩序に生えていたのを確認していた。

 目の端、別の場所にいたレギオスに視線を向けると、ものすごい速さで草を刈り取っていた。


「……あいつが手に持っているのが、例の草刈り機ってやつか。こいつはたまげたな」


 早いだけではなく、草の丈もきれいに揃えられていた。

 しかも普通にやるよりも、何倍も美しくだ。

 ジークとて駆け出しの時にはこういった雑務をやっていた時期もある。

 手で刈っただけではこうはいかないのをよく知っていた。


「ろくでもねぇ仕事をしていたらやり直させようと思っていたが……当てが外れたな」


 ジークは頭を掻きながら、ギルドへと帰ろうとした。

 その時である。

 カンカンカンカン! と鐘の鳴る音が町中に響く。

 それを聞いたジークの顔色が変わった。


「魔獣……!」


 ジークの呟きが、夕暮れの闇に溶けて消えた。

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