第3話 軍人、仕事を探す
「とりあえず俺の実家に行くか」
既に日も暮れかけていた。
レギオスはシエラを連れ、自分の生まれ育った家へと向かう。
「レギオスの実家、楽しみ」
「たいして面白いもんじゃないけどな……おっとここだ」
中央部からどんどん離れ、民家もまばらになってきた辺りでようやくレギオスは立ち止まる。
村外れにぽつんと建つ小さな家。その庭は草がぼうぼうに生えており、人の気配は全くない。
シエラは不安そうにレギオスの腕をぎゅっと掴んだ。
扉にカギを差し回すと、ギィ、と不気味な音を鳴らしながら扉が開いた。
中は埃だらけで、長い間放置されているのは明らかだった。
「遠慮せずに入ってきな」
「……あ、うん」
茫然とした顔で立ち止まっていたシエラを中に招く。
廊下を歩くたび、ギシギシと音が鳴っていた。
「む」
何かの気配に立ち止まるレギオス。
その視線の先、暗闇の中でもぞりと蠢いたのは、猫だ。
「にゃーご」
猫は威嚇するように二人を睨みつけてくる。
「なんだ猫か……しっしっ」
「追い払っちゃ可哀そうだよ。この子の方が先に住んでたんだから」
「そうは言うがな……」
「にゃーお」
猫はシエラにすり寄ると、甘い鳴き声を上げた。
猫を抱き上げ撫でるシエラを見て、レギオスはやれやれとため息を吐いた。
「……やれやれ、飼ってもいいが、ちゃんとお前が世話をするんだぞ」
レギオスの言葉にシエラは表情を明るくした。
……と言っても無表情のわりに、だが。
傷心のシエラに、動物と触れ合わせるのはいい気分転換になるだろう。
レギオスはそう考え、許可を出したのである。
「……よかったね、猫ちゃん」
「にゃー」
そう言って猫を抱き寄せるシエラは、とても嬉しそうに見えた。
ある程度片づけていると、すっかり日は暮れ夜になっていた。
『電撃』により生み出した魔力の輪を宙に浮かべ、二人はソファーに座り休んでいた。
「ねぇ、レギオスのお父さんやお母さんはいないの?」
「……そういえばシエラにはまだ俺の両親の話をした事なかったっけ。ま、あんまり面白い話じゃないんだが……」
暖かいお茶を飲み干した後、レギオスはゆっくりと語り始める
「親父は飲んだくれで母親は若い男と不倫三昧……結局二人は離婚して、俺は爺さんに育てられたんだ。その爺さんが帝国魔術師でよ、俺は毎日鍛えられたよ。ツテもあってさ、帝国軍で働けたのも爺さんのおかげだ。……だけどその爺さんも俺が軍に入ってしばらくしたら死んじまった。あの時は丁度国境の紛争真っただ中でさ、爺さんの死に目には会えなかったよ。その後も色々とバタバタしてたから、この家を処分する時間もなく放置していたのさ」
「そう、なんだ」
軽い口調ではあるが、重い事実にシエラは息を飲む。
「でも今思えば処分しなくてよかったかもな。こうしてお前と暮らせるんだから」
「……」
目を伏せるシエルを見て、レギオスは呆れたように笑った。
「おいおい、気にするなって。それに今の俺にはちゃんと家族がいるんだからな」
「……うん、そうだね」
シエラは頷くと、レギオスの腕に抱きついた。
その日、二人は仲良く同じソファーの上で寝た。
レギオスは狭いので止めさせようとしたが、シエラに心細いと言われれば断る事も出来ず……結局肩を寄せ合い同じ毛布に包まりながら、朝を迎えたのである。
■■■
次の日、レギオスはシエラに家の片づけを頼み、自分は一人でギルドへと来ていた。
ギルドとはどこの町にも存在する役場のようなもので、主に仕事の紹介や斡旋を行っている。
レギオスはカウンターにいる受付嬢に声をかけた。
「いらっしゃいませ。ご用件はなんでしょう」
「最近ここらに越してきてな。仕事が欲しいのだが、どうしたらいい?」
「はい。でしたらまずはギルドに登録を行う必要がありますので、こちらの紙にご記入ください」
「わかった」
受付嬢から渡された紙に、さらさらと記入していく。
名前、出身地、職歴、技能……ただ、帝国軍人であるのを知られると面倒なことになるかもしれない。
そう思ったレギオスは、職歴と技能欄は少々は濁して書いた。
「……ふむふむ、レギオスさんは帝国で技師として働いていたんですねー。トラブルから仕事を辞めて故郷に戻ってきた、と」
「あぁ、何かいい依頼はないか?」
「技師として……ですよね。んー、むー……」
レギオスの言葉に受付嬢は難しい顔をする。
「技師というのは機械の修繕や調整を行うのでしょう? 申し訳ありませんが、この村にはそもそも機械の類があまりなくて……」
「そうなのか?」
「えぇ、ですのでその手の依頼や仕事はあまり……」
困惑した様子で答える受付嬢。
帝国で使われているような魔術機械はまだ田舎には普及していないのだ。
「おいおい、あるじゃあねーかよ。仕事ならよ」
大きな声が辺りに響く。
レギオスが声の方を振り向くと、そこには一人の大男がいた。
男はニヤニヤ笑いながら、レギオスに近づく。
「ほれ、川沿いの土手の草刈り作業。こいつなら技師でも受けられるぜ。というか誰でも受けられる仕事なんだけどなぁ! がはは!」
ジークと呼ばれた男はレギオスの前に立つと、睨みつけた。
身体は一回りほど大きく、見下ろす形になる。
「お前は?」
「俺か? 俺はこのギルドのまとめ役、A級魔獣狩りのジーク様だ。よぉく憶えとけ!」
「はぁ……」
まとめ役を自称する男、ジークを見てレギオスはつまらなそうな顔をした。
それが気に入らなかったのか、ジークはレギオスの肩を掴む。
「……気に入らねぇな。スカした顔をしやがって。帝都落ちの癖によぉ……!」
「ちょ、やめてくださいジークさんっ!」
「うるせぇひっこんでろ!」
止めようとした受付嬢を払い飛ばすジーク。
「きゃあっ!?」
レギオスはそれを受け止めた。
「あ、ありがとうございます……」
「……乱暴な男だな」
そう言って、レギオスは初めてジークを睨み返した。
自分の肩を掴んでいたジークの手首を逆に掴み、力を込めた。
「てめぇ……ッ!?」
途端、舐め切っていたその表情が変わる。
二人の間に火花が散り、互いに力を強めていく。
「……中々の力だ。魔獣狩りを生業をしているだけはあるな」
「……てめぇこそ技師だか何だか知らねぇが、中央からの流れ者の割に少しは鍛えているようだな? だがまだまだよ」
「それはこちらのセリフ……だ……ッ!」
みしみしみし、と肉の軋む音がギルドに響く。
ギルドにいた者たちは全員それにくぎ付けだ。
口笛を吹きながら、煽り立てる。
賭けを行うものまで出始めていた。
「ジークさんっっっ!!」
受付嬢が声を張り上げる。
その迫力にジークはレギオスから手を放し、レギオスもまた同様に手を放す。
辺りは一瞬にして静まり返った。
「……すみません。レギオスさん」
「いや、いいさ。よそ者の俺が睨まれるのは仕方ない」
田舎の若者は大抵、帝都に憧れ出て行く。
人だけではない。物や金もそうだ。あらゆるものが帝都に集まる。
無論、それも仕方のない話である。
人は煌びやかな都会に憧れるし、金も物も大量の人間の生活を維持するのに必要だ。
それはここの皆も納得している。
だがその代わりに送られてくるのは恩恵などではなく、汚職高官や軍人崩ればかり。
そんな連中がギルドや役所などの重要施設の要職に就くのだ。
通称『帝都落ち』。
技術も、知識もないような連中が上司に付き、その下で働かされるのである。
そんな身勝手な行為をギルドで働く者たちが許せるはずもなかった。
それをよく知っていたレギオスは、ギルドの全員に聞こえるよう声を張る。
「大丈夫です。郷に入っては郷に従え。草刈りでも何でもやりますよ」
レギオスの言葉に、からかうような口笛が幾つか飛ぶ。
受付嬢は一瞬目を丸くしたが、納得したように頷いた。
「わかりました。草刈りでしたら、この辺りの依頼はどうでしょうか」
手元の依頼書をいくつか見せる。
「ふむふむ、1ヘクタールにつき10万ゴルドか。こっちは斜面につき12万ゴルドね。へぇ、結構貰えるんだな」
10万ガルドはこの田舎では約半月程生活出来る金である。
「もうすぐ田植えの季節ですから。草刈りは大変ですし、やる人があまりいなくて。やって下さるなら有難いですが」
「この依頼、えーと10枚か。全部受けても構わないか?」
レギオスの言葉に、辺りがざわめいた。
当然受付嬢も驚く。
「そ、それはもちろん構いませんが……いいんですかレギオスさん、依頼には期限があるんですよ? 期限は被っているのもいくつかあります。依頼を達成出来なければ罰金がありますが……」
「問題ないですよ」
涼しい顔で答えるレギオスだが、一つの依頼かかる時間は受付嬢の試算で約30時間。
それを10個、10日前後でやらなければならないのである。
寝ずにやっても物理的に不可能だった。
「いえ、しかしいくらなんでも……」
「おいおいねーちゃん、いいって言ってるじゃねーかよ! 男の決意に水を差すんじゃねぇ!」
ジークが野次を飛ばすが、レギオスは全くい意に介す様子はない。
「って事です。構いませんから」
「……知りませんよ」
受付嬢は呆れた顔で書類を渡し、レギオスがそれにサインをする。
「……はい、これで契約は成立です。10日後までに仕事を終わらせ、報告して下さいね。くれぐれも遅れないで下さいよ」
「あぁ、丁寧にありがとう」
レギオスは受付嬢に礼を言うと、ギルドを後にする。
最後まで平然としていたレギオスの最中に、ジークは舌打ちをするのだった。
■■■
バリバリバリバリバリバリ!
ギルドから帰ったレギオスを迎えたのは、煩いまでの駆動音だった。
庭で何か、棒のようなものを振り回しているのはシエラだった。
レギオスに気づいたシエラが手元のスイッチを押すと、棒の先端部分に付いていた円状の刃の回転が緩み姿を見せる。
一本の棒に小さな鉄窯、先端には金属性の円盤に、無数の刃が取り付けられている。
「レギオス、おかえりなさい」
「ただいま。草刈りをしてくれてたんだな」
「うん、結構大変だった」
返事をするシエラの足元、ボウボウだった庭の草は綺麗に刈り取られていた。
「草刈り機、持ってきて正解だったな」
シエラの手にしている草刈り機は、金属の棒の先端に丸い刃を取り付け、それを高速回転させ草を刈り取る機械だ。
これにより手軽に広範囲の草を、身体に負担をかける事なく除去する事が出来る。
手に鎌を持ってやるよりは圧倒的に楽、とはいえ……
「……それでも、大変だった」
「あぁ、わかってるさ。ありがとうシエラ」
レギオスはそう言ってシエラの頭を撫で、労をねぎらうのだった。
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