第2話 軍人、故郷に帰る

「何ぃ!? レギオスを城から追い出しただとぉ!?」


 帝国臣下の集まる大広間にて、その頂点であるガリア皇帝が吠える。

 レギオス解任の報告に、他の者たちもどよめいていた。

 そんな中、報告した張本人であるミザイは平然とした顔で答える。


「えぇまぁ。この僕に突然無礼を働きましたのでね。あの男に国外追放を申し付けてやりましたよ。そうしたら突然暴れ始めて……ほら、こんな目に合わされてしまったのです。ひどい男でしょう?」


 ミザイは包帯の巻かれた顎をさすりながら答える。

 レギオスの拳を受けたミザイは目が覚めた後、すぐに医者を呼び治療をしたのだ。

 加減したおかげで少し腫れている程度なのだが、ミザイは大袈裟な程に包帯をぐるぐる巻きにしている。

 普通に喋れている事からも大した怪我ではないのは、その場の全員がわかっていた。

 ガリア皇帝はミザイをじろりと睨め付ける。


「お前は自分が何をしたか、わかっておるのか!?」

「何って……無礼者に罰を与えただけですとも。あんな男、死罪でもよかったくらいでしょう。国外追放で済ませた僕の優しさに感謝して欲しいくらいですな」


 実力主義の帝国では、重臣であるレギオスの方が皇子であるミザイより強い権限を持っている。

 故にミザイにはレギオスを国外追放はおろか、死罪にするような権限はない。


 それでもミザイの方に正義があればまだいい。

 しかし一方的な理由でレギオスの娘と婚約を破棄したのはミザイの方だ。

 兵士たちの証言もある為、言い逃れる事すら出来ない。

 尤も当の本人であるミザイにそんな気はさらさらないのだが。


「まぁ、問題ないではありませんか。奴は確かにそれなりの実力者だったのでしょう。戦時は役に立ったと聞いております。しかしそれも十年以上昔の話。今は平和な世の中です。戦争も起こらぬ今となっては、軍人など必要ありますまい? ていの良い厄介払いが出来て、よかったではありませんか。そうだ、いい機会です。金を喰うばかりで今や役立たずの軍部も解体してしまえばよいではありませんか。うん、我ながらいいアイデアだ」


 うんうんと頷くミザイに、ガリア皇帝は大きなため息を吐いた。


「……お前は平和というものがタダで手に入ると思っておるのか?」

「そもそも戦いなど金がかかるばかりではありませんか。無駄金というやつでは?」

「馬鹿者! 我が国が高い金を払い、強大な力を維持しているからこそ、争いが起こらぬのだ! 大陸が戦乱の時代、数多の弱国が飲み込まれたのを歴史で習ったろうが!」

「はぁ……」


 全く何もわかっていなさそうな、呆け顔のミザイを見て、ガリア皇帝は頭を抱えた。

 そういえば教師役たちがミザイの不勉強について愚痴を漏らしていたのを思い出していた。

 だがまさかここまでだったとは。

 ガリア皇帝はただただ肩を落とした。


「どちらにせよただの一軍人でしょう? 代わりなどいくらでもいるではありませんか」

「魔術の発展した近代戦において、上級魔術師の代わりなどおらぬわ! 特にレギオスの代わりが務まる者などな!」


 戦争に魔術が使われるようになって数十年。

 始めは炎や氷の塊が飛び交う程度だったが、今や魔術は様々な用途に利用されていた。

 特に雷属性魔術は発展著しく、索敵や電信、拠点から離れた際の電源の確保など、その用途は多岐に渡る。

 しかし制御が難しく、その技術においてレギオスを超える者は帝国には存在しない。


 微弱な電撃を放ち、敵の持つ装備を感知して大まかな動きを察知する索敵は上手く焦点を合わさなければノイズだらけで使い物にならないし、通信手段である電信は飛び交う大量の情報を受け止める容量が必要となる為、レギオス自身がアンテナとならねばならない。

 電源などは単純に出力が違いすぎる。

 レギオス一人で魔術兵10人分以上の電力が賄えるほどだった。

 当然戦闘時の強さは破格。

 レギオスは帝国最強たる五大術師の一人に数えられる程だった。

 加えて雷属性の魔術師は数が少なく、代わりが利かない。

 帝国には――否、この世界にはレギオス以上の雷属性魔術師は存在しないのである。


「故に、ワシは傭兵だったレギオスを高待遇で我が国に迎え入れたのだ。お主がレギオスの娘と婚約した事でより盤石となる……そのはずだったのに……」

「はぁ……」


 肩を落とすガリア皇帝を、ミザイはまるで他人事のようにぼんやりと眺めていた。


「えぇい! もういい! 下がれ下がれ!」


 呆れすら通り越したガリア皇帝は、ミザイを下がらせた。

 ミザイは不愉快そうに鼻を鳴らし、玉座の間を去るのだった。


 ■■■


 一方、城を出たレギオスは帝国中央部に位置する駅に辿りついていた。

 駅の構内には多くの人々が行き交っている。


「今日は人が多いな。迷うなよ、シエラ」

「うん」


 シエラはレギオスの腕をちょこんと掴み、ぴったりと後ろをついてくる。

 人波を避けながら、レギオスは切符を購入し故郷の村付近へ向かう列車に乗り込んだ。

 ピリリリリリリ、と警笛が鳴り響き、乗客が列車に乗り込んだ。

 力強く車輪が回転を始め、列車が動き始める。

 ごとん、ごとんと音を立てながら、列車は加速していく。


「いつ見ても凄いね。これがレギオスの研究の成果……」


 流れる景色を眺めながら、シエラは感嘆の声を漏らす。

 帝国領内を走るこの列車は、戦時中食料や武器などの輜重を運搬される目的で使用されていた。

 だが戦争が終わり平和になった事で列車は民間人に引き払われ、今は毎日多くの人たちが利用している。

 その企画、考案にはレギオスが初期の頃から参加していたのだ。


「街の熟練技師たちや火、鉄属性の魔術師たちが中心になってやり遂げたんだ。俺は少しアイデアを出した程度さ。大したことはしていない」


 謙遜するレギオスだが、仲間の研究者たちがいつもレギオスを誉めていたのをシエラは知っていた。

 戦争がなくなり比較的暇になった軍属の者たちは、国の為に様々な研究に従事していたのである。

 列車のみならず、発電や水路の整備、農業や畜産などその研究は多岐に渡り、今やその多くは人々の生活になくてはならないものだ。

 レギオスはその中でも優秀で、様々な研究に参加していたのである。

 各地の研究所を駆け回るレギオスは、シエラの目には誇らしく映っていた。


「やっぱりレギオスは私の自慢のお父さん、だね」

「……そいつは光栄だ」


 無表情のままじっと見つめられ、レギオスは照れくさそうに頬を掻いた。

 半日ずっと走り通して、列車は終点駅に辿り着く。

 そこからさらに馬車でもう半日……目的の場所に辿り着くころには日が沈みかけていた。


「んー……はぁ、やっと着いたな」

「ここが父さんの故郷……?」

「あぁ、ギャレフの町。何もないがのどかでいいところだぞ」


 駅員に切符を渡し街へ出ると、民家がぽつぽつと立ち並んでいるだけだった。

 歩いている人もほとんどおらず、店も開いていない様子である。

 帝都では夜でも街灯が明るく照らし、酒場を渡り歩く者たちがたくさんいたがここは違う。

 人々は日が昇ると共に起きてきて、沈むと床に就く。そんな生活を送っているのだ。


「帝都に比べたらここはまぁ、どう言いつくろってもド田舎だ。都会暮らしだったお前には苦労を掛けると思うが……」

「ううん」


 レギオスの言葉を、シエラは首を振って遮った。


「レギオスと一緒なら、私はどこでも幸せだよ。婚約破棄されたからって気にしてない。むしろあんなのと結婚せずに済んで嬉しい」

「でもお前、あんな悲しそうにしてたじゃないか」

「それは、レギオスに迷惑をかけたから、だよ。じゃなきゃ誰があんなのと……」


 憎々しげに言うシエラを見て、レギオスは苦笑する。


「……なんだよ、嫌なら嫌と言ってもよかったんだぞ?」

「でも……レギオスがいい話だって言ってたから……」

「俺の事なんて気にするな。お前はお前の生きたいように生きろ。いいな」

「……本当に、いいの? 誰を好きになっても……」


 上目遣いでレギオスを見上げるシエラ。

 その顔は無表情ながらも、ほんのりと赤らんでいた。

 レギオスはその問いに、笑って答える。


「おう、だから好きな男を見つけてこい! 俺の目に適うようないい男をな」


 その言葉にシエラは、無表情のまま大きなため息を吐くのだった。

 ――鈍感。と。

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