第87話

「観測対象の状態変化を報告。民間人との行動を終了し特異点と、その鍵のみでの行動を再開しました。また、指示通り警戒レベルを二段階引き下げました。」


「よろしい。引き続き観測を続けてくれ。くれぐれも映像化した情報での観測はしないように。」


「了解しました。会長。」


 機関本部の統括室で、私は指示を出す。橿原玲奈と閑谷圭の「世界を救うため」のデートを観測するために、ここにいる。


「第二警備部隊から連絡。やむを得ない事情により隊長代理を立てたとのことですが、通信を繋ぎますか?問題ないとのことですが、突然の隊長変更は例になく・・・」


 第二警備部隊の隊長と言えば・・・まあ、大体の想像はつく。


「任務後の報告書に詳細を記載するように伝えといてくれ、通信は繋がなくても良い」


「ですが・・・」


「良いんだ。そうしてくれ」


 渋々了承する本部事務員にねぎらいの言葉を掛けながら目線をモニターに移す。画面には赤い点が無数に表示されている。サーモグラフィを活用した観測映像で特異点とその鍵を補足している映像だった。


 しかし、どうにも情が移ってしまったものだな、と思う。


 本来ならプライバシーだとか高校生の彼らへの配慮無しに、「世界を救う」ためと銘打って介入さえ厭わなかっただろう。問題を用意して、解決させて、親睦を深めさせ、偽りの気持ちを作るように仕向けていただろう。


 それが世界のためだと私は思っていたからだ。


 世界のためなら小さな犠牲は厭わない。それが私のスタンスだ。この機関のスタンスだ。


 本部事務員の怪訝そうな顔つきも、その気持ちが痛いほどわかるから、指摘しない。


 幹部の反対を押し切って映像を熱源だけの感知にしたのも、第二警備部隊隊長の彼女のことも、昔の自分では考えられなかったような選択だ。たかが高校生のために遊園地周辺を大掛かりに警備しておきながら、当の観測対象がどのような表情なのか、どのようなことをしているのかは一切判断できないような映像で監視している。壮大な過保護にもほどがある。


 これで世界が元に戻らなかったら、とこれまでの私が責めたてる。正義のために手を汚してきた今までの私が、そう糾弾する。


「会長、非戦闘員を配置していた遊園地外部E地区に複数の未承認生体反応を検知」


 これまでの苦渋は何だったんだと、何のために仲間を失い、権力に従い、己を罰し続けてきたのかと。


「生体反応・・・解析しました。です・・・」


 戦慄するような事務員の声を耳に入れる。


破壊の王デストリア、存在確認・・・特異点に向かって進行しています・・・」


 毎度の事、騒がしい奴らである。しかも、向こうもついに痺れを切らしたのか大ボス自らご登場のようだ。


 奴もきっと思っていることだろう。

 これまでの破壊は何だったのかと、何のために破壊を続けてきたのかと。

 根っこでは、保護も破壊も変わりはしないのだ。


 分かっている。それは機関の否定だ。だから口にはしない。私と私の大切な仲間の家であるこの機関は、最後の一瞬までその使命に火をともし続ける。それが責任だ。


 間違いではないが、正しくもないのだろう。それが、なんだかぼんやりと見えてきてしまったのだ。


「会長、どうしますか!?戦闘員を即座に回しても、遊園地付近での戦闘は避けられません!このままでは作戦行動に支障が!」


「私が行こう。以後の連絡は現地で受けることにする」


「か、会長自らがですか・・・?」


「統括室の統率は君に任せる。頼んだよ。バリイ。」


「・・・分かりました。尽力します」


 彼の目に火がともる。


 ああ、これだ、この火だ。と私は思う。


 私が守りたかったものはこの火で、炎だ。ただ炎が眩しすぎて、その周りにあるものに気を取られていたのだな。


「では、行ってくる、あとを頼んだよ」


 力強くうなずくバリイ君を見て、私は瞬間転移魔法を構築する。

 体に力を込めて、準備運動をする。老体ではあるが、戦闘技術の衰えは出来る限り抑えてきた。


 一瞬で、遊園地から少し外れたところにある荒野に着いた。遠くに複数の蒼い炎が見える。―――破壊者だ。


 心を壊し、体を壊し、人を壊し、世界を壊すもの。


 壊すことしかできない悲しい存在。


「――――ィ―――ァ――――」

 私に気付いたのか、言葉にすらならない鳴き声を上げる。


 懐から一枚の写真を取り出した。特異点のカギである閑谷君と撮った写真。

 息子と言うより最早孫のような年齢の子供だ。

  

 少し、ノスタルジーな気分になる。幸せだった日々を垣間見る。


 目の前に、勢いよく蒼い炎の槍が降り注ぐ。彼らの先制攻撃。その全てを簡易構築の魔法壁で完璧に防御する。火の粉が辺りに飛び散って、眩しい。


 彼らへの憎しみは、私を動かしてきたその原動力は、もはや同情へと変わりつつあった。年のせいかもしれない。


 再度耳を塞ぎたくなるような奇怪な鳴き声が響いた。


 どうしたものかと思っていた。どうやってこの心の揺れに決着を付けようかと思っていた。恨むべき相手に同情して、あいまいになっていた自分に呆れていた。


 だがしかし、―――

 


 今だけは――



 世界ではなく―――



 未来を担う彼らのために、戦ってみようと思うのだ。



 憎しみではなく、あくまで守護の精神を持って、貴様らの破壊を食い止めよう。


 そして、――――


 破壊者さえも、保護しよう。


 共に、明日を生きるために。





 

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