第85話

「アカリちゃん、喉乾いてない?何か買ってきてあげるよ」


 歩きながら玲奈が言う。凄いな、そんな気も使えるのか。


「え、いいの?」

「いいよー、何が良い?」

「じゃあ・・・ミックスジュース!!」


 さも大好物と言わんばかりの笑顔でそう答える少女の笑顔に負けない笑顔で返して、玲奈は少し離れた自販機に向かっていった。


「圭君は大丈夫?」と聞かれたが、まあ別にそんな喉は乾いてなかったので遠慮しておいた。


 こういう時は俺が率先して買いに行くべきだったか。やはり難しいなデートってのは。


「お兄ちゃんはさ。なんでお姉ちゃんと一緒に居るの?」


 玲奈が声の届かぬ距離に入るや否や、大人っぽい質問をしてきやがった。

 何気に二人きりの会話は初であった。


「ん、いやー」


 彼女というべきだが、それでこの少女に伝わるのだろうか。俺が幼稚園児くらいのころ彼女という響きに理解があったかどうか定かではない。


「もしかして、誰かのママとパパ?」


「いや、流石に子供はいないよ」


「えー、じゃあなんで二人は一緒に居るの?兄妹?」


「兄妹でもないんだけど、そうだな・・・まあ、誰かのパパとママみたいなもんなのかもね」


「へー、そうなんだ」


 聞いておいて興味ないような返答を喰らって、やっぱ子供は分かんねえなあと思わされた。子供のいないパパとママってなんかもうホラーじゃねえかな?


「お姉ちゃん、とってもいい人だね。お兄ちゃん」


「ん?ああ、そうだな」


 子供心を理解して、気を遣えて、それを気兼ねさせない振る舞い。文句なしの良い人だ。幼稚園の先生とか向いてそう。と勝手に納得する。


「お兄ちゃんも良い人だよね。アカリさっきまで凄く寂しくて、悲しくて、つらかったけど、元気になってきたよ」


 つらつらと続ける。きちんとお礼を言える少女もきっと立派だ。下手すればお節介のような人助けにお礼が言えるのだから


――助けられた側の選択の問題だよ。


 玲奈の言葉を思い出す。

 はたから見ればお節介でも、当人にしてみれば有難いことだったみたいなことも、なくはないんだろうか。助けた側には結局最後まで分からないが。


 まあしかし、特にすることもなく、少女が


「わー、あの乗り物すごーい。乗ってみたーい」


 とはしゃいでいるのを


「おーいいなー、いやでもこわそうだな・・・」


 と一つ一つ真面目に答えて待っているだけだった。



「ごめーん、結構人並んでて遅くなっちゃった。自販機に人並んでるのなんて初めて見たよ。」


 帰ってきた玲奈は二本の飲み物を持っていた。

 ミックスジュースを子供に渡し、自らは水を買っていた。


「ありがとー、お姉ちゃん」


 言い切る前にミックスジュースをがぶ飲みする少女。ホントに大好物だったみたいだ。なんだかその光景にほほえましくなった。


「圭君ホントに大丈夫だった?今日それなりに暑いけど」


「ん、ああ大丈夫、ありがとう。」


 喉はそんなに乾いていない。水をお淑やかな感じで飲む玲奈で勝手に心に潤いを与えてしまったし。


「――そうだ、お姉ちゃん」


「ん?どうしたの?」


「お兄ちゃんがね、お姉ちゃんとはパパとママの関係なんだって言ってたよ」


 !?


「誰かのパパとママになるんだって」


 !?!?


「け、けけけけ圭君⁉」

 

 俺と玲奈は全く同じ反応を示す。驚愕。


「あれ?違うの?」


 俺と玲奈を交互に見てくる少女に、必死に作り笑いを作る。

 なにいっちゃってんだよこの子は~~!!!お茶の間が凍り付くような下ネタ流れたあとみたいになってんじゃないの~!!!


「え、えとえとえと圭君、そういうのは、えと、ちょっと」


 顔を赤らめながら先ほどまでの落ち着きはどこ吹く風の玲奈がもじもじしながら俺に言う。


「ご、ごめんそういう訳じゃなくって、――」


 俺の必死の弁解より先に、


「もうちょっと、―――後でね」


 参ったというような照れ笑いを見せながら、玲奈は言った。


 俺!!!!!爆発!!!!!!!!!!!


 顔の温度が急上昇急上昇急上昇だったので、俯いてしまった。


「お、おおおおおおおおおおおおう」


 この様である。


「あー、ミックスジュースおいしー」


 無邪気なる子供、恐るべし。多分明日になったら俺らの存在すら忘れてそう!!


 その時、目の前に水が差しだされた。

 さっきまで玲奈が飲んでいた水。


「・・・飲む?」


 まあ、暑いし。


 まあ、彼女に金を出させるのもなあと思っていたから頼まなかっただけでよくよく考えたら喉乾いてないこともないし。


 据え膳食わぬは男の恥と言うし。


 この水を一口頂いたところで、条例に引っ掛かるわけでもなかろう。


「あざす」


「ふふっ、なあに、あざすって」


 クスクスと慎ましく笑う玲奈を見ながら、俺は受け取った水を一口飲んだ。


 甘酸っぱい味なんてしない。


 やっぱり心が満たされただけだった。

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