第83話

「風船が・・・風船が・・・」


 それ以外言葉を発せず泣きじゃくる少女は、赤いワンピースを着ていた。幼稚園じだろうか、玲奈が目線を合せて少女をあやす。


 こういう時、俺は世界の手厳しさというか希望の無さを感じる。俺と玲奈が駆けつけるまでの時間、いやきっとそれよりも前から、この少女は泣きじゃくり、悲しみに暮れていたのだろう。そしてそれを見て見ぬフリをする多くの人々。


 いや、そこまでではないのかもしれない。やむにやまれぬ事情があって少女を助ける時間を捻出できないのかもしれない。誰かが助けそうだったから、それでいいやと思ったのかもしれない。


 別に彼らを責めるつもりはないし、そんなことを声高に叫ぶつもりもない。ただ、ただ思うのだ。


 悲しい世界だなと。


 困っている人を助けることにこれほどまでのハードルがあって、まるで助ける人の方が「異端」であるかのようなこの世界のありかたに悲しくなる。


 皆が皆助け合える世界なら、きっと人助けが偽善に見えることも、忌まわしく思われることもないはずだ。


 そう思って、「人助けボランティア」を始めたんだ。


 その志は、道半ばで途切れ、俺も人助けを忌み嫌うようにはなったけれど。


 まあしかしそれはそれ、これはこれである。


 泣いている少女の風船を取り戻し、泣き止ませることは人助けと言う程の事でもなかろう。


「ほい、これで良いかな?」


 木によじ登って、風船を破らないように取ってあげる。少しだけ服が汚れたが、名誉の勲章と思えば気にならない。


 風船を受け取った少女は一瞬泣き止んで風船に笑顔を浮かべる。


 そしてまた、――泣き出した。


「お母さんが、お母さんが――」


 何ならさっきよりも大きく泣き叫ぶ少女を見て、俺と玲奈は顔を見合せた。


 

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