第72話
「――というわけで、明日遊園地を貸し切りにしてもらうことは可能よ。」
「まじすか、それ。」
「会長には私から話を通してあるし、警備についても厳重かつ密やかに準備できるはずよ。」
まあ、勿論最終的な決断は閑谷君に任せるけどね、とコーヒーを啜る長濱先生。
「なるほど・・・遊園地デートですか・・・」
俺は登場からくっついたままのシオンを振り払うことを三回目くらいで諦め、よもすれば背後霊にも見えてしまう程自然とシオンとくっついたままで腕組みする。
――遊園地デート、思ってもみなかった。長濱先生が手はずしてくれたお陰で、山を越えた先にあるそこそこ人気な遊園地の入場券をほぼ貸し切りの状態で手に入れてもらえるとは――
遊園地デートという概念が非モテの俺には存在しなかったという言い訳は置いておいて、そもそもあそこの遊園地は半年後まで予約で埋まっているくらい人気の遊園地なのである。当日券もなくはないが、朝から行っても三つくらいしかアトラクションに乗れまい。
当初、遊園地デートなんてどうかしら、と提案されたとき、機関に貸し切り手配してもらえるなんて思ってもなかったので、
アトラクションにのらずして、何を楽しむというのか。
と、カッコつけてそう言った俺をシオンは笑った。
「そういうのって相手の人と一緒に居るのが楽しいんじゃないんですか?ワタシも言ったことはないですけどー。」
そうだ、圭先輩今度連れてってくださいよーなんて俺に抱き着く力を強める。
オイオイかわいいかよ。妹みたいな感覚になってきたんだけど。俺が無抵抗なのは決してこの状況に甘んじてるわけではないということだけ伝えたい。ただ、悪い気がしないだけである。
そもそも、後輩ちゃんだからね。いつか連れていくよそりゃあ。
「シオン、忘れたの?どのみち、明日がこの世界の最終日なのよ?」
「あ、そうでした、いっけねー。」
自分の頭をポカンと叩くシオン。ぺろりと舌を出してばかっぽさを演出しているが、なんだろう、
この後輩、対応年代が古くないか?それ昭和のアニメじゃないか?
「まあでも安心して、閑谷君。明日の遊園地は貸し切りよ。」
そう言って、入場券二枚を俺に手渡し、機関の手配までの経緯を俺に教えてくれたのだった。
以前、保健室から魔法で着替えてどっかに飛んでいったときに、会長――あの髭の人――に話を通したとのことだった。それなりには、大変だったみたいだが。
「あのとき二人が一触即発の状態で、ワタシ失神しちゃうかとおもったんですよー。」
聞いてくださいよーと俺にその時の光景をありありと話すシオン。長濱先生はすました顔でコーヒーを飲んでいる。
聞くだけで、恐ろしい光景だった。互いに無数の剣と剣を向き合わせて部屋に居た?なんだそりゃファンタジーかよ。
・・・まあ、だいぶ今の状況もファンタジーだけど・・・
いや違うぞ、俺に彼女がいるということが幻想的だと言ったわけじゃないからな!
可能性はあるから!!!
「でも、それだけ長濱先生は俺らに気を遣ってくれてたんですよね。命まで張って。」
「はったりみたいなものよ。大したことじゃないわ。」
尚もすまして、カップに顔をうずめる長濱先生。
いつまでたってもこの先生は「先生」だな、と思う。俺の敬愛すべき、先生だ。誰が生徒のために命を張るってんだ。しかもそれを自慢げにするでもなく、こっそりと。
「俺、やっぱ先生と結婚します。」
長濱先生が顔をうずめていたコーヒーカップ内で逆噴射が起きる。ある程度減っていたお陰で大惨事にはならなかったようだが、それなりに飛び散っていた。
「な、なななななななにいってるのよ!!!!!」
「すみません、つい本音が。」
「ほ、ほほほほほ本音ってあなたねえ!!」
えー、圭先輩結婚しちゃうんですかーとシオン。なんだこの後輩可愛いなその膨れ顔。
まったく、と飛び散ったコーヒーをティッシュとハンカチで吹きながら長濱先生は言う。
「そんなこと言ってると、いつかホントに私本気になっちゃうわよ?」
未婚教師舐めんな、と先生は笑って付け加えた。つつましく美しい笑みだった。
どんとこいだ、と俺は思う。長濱先生の魅力に気づけない野郎が悪いのだ。
この人には幸せになってほしいし、幸せになるべき人だと思っているから。俺に出来ることなら、何でも――
ふと、思う。俺は、人の幸せを叶えるために生きてきたのではないかと。
そして同時に気付く。それは全て同時に行えるものでは無いと。幸せにしたい人を選ばなければならないと。幸せにするひとを選び、幸せに出来ない人を選ぶ。
それはきっと、俺の根本にある「平等」に反する。誰かを、ではなく、誰もを、が俺のポリシーだ。
でも、
――選択の問題
玲奈の言葉を思い出す。俺が幸せにしたつもりでも、幸せになるのは相手の選択の問題で、幸せにならないのも相手の選択であると。
また、頭がこんがらがる。答えがまどろっこしくなる。俺は思考を停止した。
まだ、答えを出さなくてもいい。そう思った。焦る必要はないのだから。
「俺も本来非モテですから。」
長濱先生にそう返す。
じゃあ仲間ね、なんて笑いながら言っていた。
夕焼けが差し込む保健室で遊園地デートの下準備をしながら、三人談笑する時間。
心のどこかに寂しさを感じながら。
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