第68話

公園での一休憩後も俺たちは休日私服デートを満喫していた。橿原のお気に入りらしいカフェでゆっくりと時間を過ごしたり、デパートで良く分からないコスメをおススメされたり。とにかく笑った。とにかく楽しんだ。

橿原が笑うだけで、俺も自然と顔が綻んでいた。

あっという間に、時間は過ぎていった。


「いやー、今日は楽しかったなー。」


組んだ両手を天に向け、思いっきり背伸びしながら橿原。夕暮れだった。オレンジの空と白い雲。黒いカラス。いつもと同じ。


「俺も楽しかった。ありがとな。」


これだけ笑ったのはいつぶりだろうと俺は思う。それほどに楽しかったのか。


「なんで圭君がお礼言ってるのぉ?私のほうが感謝してるんだからー」


そういって可愛らしくわざとらしく頬を膨らます。可愛い。


「いや俺としては専属カメラマンのしての仕事がだな」


「ホントにその設定だったの!?」


「勿論。サービスショットをしっかりと俺のスマホに収めておいた。家宝にする。」


「それじゃただの盗撮じゃんか!!」


「む、では今日撮った可愛いらしい玲奈の写真を世に広めないといけないのか。」


それはそれで惜しい気もする。全国の下賤な輩のやましい目線に晒すわけにはいくまい。


「そ、それはぁ・・・」


悶えるように縮こまる橿原。どうしたのだ。


「・・・圭君だけしか、見ちゃだめだよ?」


勝利。完全勝利である。全国の下賤な輩諸君。橿原さんのサービスショットは僕のものです!!心の中の裁判所前で勝訴と書かれた紙を掲げ走る俺だった。


「ぐ・・・玲奈・・・」

俺は余りの可愛さにやられて膝を折る。


「え、ええっ、どうしちゃったの圭君?」


「kぅあい・・・すぎる・・・」


言葉にならない言葉が出ていた。可愛いと口から出さないと全身が可愛いで埋め尽くされてしまいそうだったのだといえば分かってもらえるだろうか。あふれ出たのである。


「も・・・もうっ。圭君ったら・・・」


なにふたりで照れ合っているのだろう。いやしかしそんな橿原も可愛い。

よって無罪。閉廷。


とまあ、こんな感じであった。


そんな茶番みたいな現実を送りながら二人して歩いていると、またいつもの場所に差し掛かる。


踏切。


夕暮れの踏切。


昨日感じた不吉な予感はなかった。平凡で、平坦で、平素な踏切。


警音器の音が鳴り響き、電車の通過を予告している。

俺たちは電車の通過を待った。


「私ね、ここにくるといっつも圭君のことを思い出すの。」


「ん?どういうことだ?」


「忘れるわけがない。」


「ぬ?」


橿原の顔を横から見ていた。長い睫毛に、シュッとした顔立ち。いつ見ても美しく、麗しい。微笑んでいるようにも見える。


「私、圭君と出会えてホントに良かった。」


「お、おう。俺も良かったと思う。」


なんだ急に改まって、という感じである。まるで最後みたいじゃないかと、冗談っぽくいった。


「最後、か。ふふ、おかしいね。」


何がおかしいのだろう。冗談なのか?橿原は笑っている。恐怖を感じているのではない。橿原が、手の届く距離に居るはずの、隣に居る俺の彼女が、どこか遠くへ行ってしまうような気がした。

微睡みの中で見た、ギャル橿原との別れと同じ感覚だった。


このまま電車が来るのを待って、電車が通過して、踏切のバーが上がったら、それで終わりだ。


確信めいた何か。


言葉が出てこない。何か言わないと何かしないと、きっと同じことになってしまう。根拠はない。けれど俺はこの感覚を知っているはずだ。手の届かない虚しさを悲しさを知っているはずなんだ。


嘘かもしれない、偽物かもしれない。


俺の橿原への好意は彼女としてではなく、一人の友人としての好意かもしれない。可愛いという感情も、クラスのアイドルに向けるような、決して自分が触れられない存在に対する感情なのかもしれない。


だからこそ非モテ世界で俺と橿原は接点がなかったのではないのか。


そういう意味ではこの言葉は、この行動は嘘で、偽物で、偽善なのかもしれない。

世界を救うために俺がとる最低な人助けなのかもしれない。


俺は人を好きになるという感覚がまだよくわからない。分かりたくない。

だって、

好き嫌いは人助けとは対立しなくてはならない感情だ。

好きな人間を助け、嫌いな人間を助けないのでは意味がない。

俺は人助けのできる人間になりたかったのだ。


だからその感情は邪魔だ。必死に避けてきた。


でも、多分俺はもう分かってる。案外ちょろい俺はもう分かってしまっている。本当は橿原は彼女でも友達でもない、他人なのだろう。けれど、けれどだ。


俺は橿原の事が好きになってきているんだと思う。


カップルごっこだとしても、偽物の関係だとしても、俺は橿原の事が好きになってしまうくらいちょろい男なのだ。なにせ非モテの男だからな。


玲奈、と呼ぶ。これまでずっと心ではよそよそしかったその呼称に心をこめて。


なに?と笑顔の橿原。電車が近づくことで吹く風に髪をたなびかせる。その一本一本がきめ細やかで美しい。

俺は意を決して、電車のライトが俺の顔を照らしていることなんかお構いなしで、大切な橿原の目をみて、はっきりと言った。心からの言葉を。


――好きだ。


電車が目の前で通り過ぎていく。轟音を響かせながら田舎町に音色を付ける。


俺は、細く華麗な玲奈の体を引き寄せて抱き寄せて――


――え、えっ、圭君?


自ら、ハグをした。

そんなことかよ、とか思うな、これでも俺の顔は真っ赤だし、今すぐにでも蒸発してしまいそうだ。


――圭君・・・ありがとう


玲奈もそれだけ言って、俺の背中に優しく手を回す。


柔らかいシャンプーの香り、温かい人肌の温もりをワンピース越しに感じた。

好きという感情に浸った。その好意にひたむきに縋った。


この時間が、仮初めの時間が、永遠に続いてほしいと。

心から、そう願った。

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