七日目 世界の終焉遊園地デート
第69話
ジリリリリリリリ
いつもと同じ目覚ましが耳をつんざくような爆音で俺を起こす。
「ぬぁぁぁああああああああ」
一つ大きなあくびをして、体を起こす。よく眠れたようだ。体がすっきりしている。なんというか朝なのに朝の不快感がない。目覚めバッチリといったところ。
日曜日、変革した世界での七日目。そんな朝。
タイムリミットであり、この世界最後の日であるのに、俺は呑気に大あくびをして清々しい朝を迎えていたのである。
いや別に、玲奈に告白できたからといって、もうこの世界を元に戻すことを諦めてしまったわけではない。寧ろ世界を元に戻すためには必要なイベントだったといっても過言ではない。
たまたま、偶然、まぐれで、俺が好きになってしまった橿原玲奈の願いを叶えることが、世界を元に戻すことに繋がる。それだけである。
世界を救うために橿原玲奈を好きになったと思い込んでいるわけではない。
玲奈を抱きしめた昨日の光景を思い出す。
過行く電車の前での抱擁。
う・・・しかしこういうのはなんだか恥ずかしいな。やめだやめ。
俺は一瞬だけ思い返した玲奈をすぐさま掻き消して、ベットから飛び上がる。
今日も、いや今日こそ気を引き締めないとな。
七日目、最終日、日曜日。
もちろん何もないわけがない。日曜日は基本的に部活はないし、正真正銘まっさらなデートが出来るのは日曜日以外ありえないのだ。
土曜日は大体部活後になっちゃうから午後しか遊べないしな。
その為に今日は珍しく七時起床なのである。俺の目覚まし時計は異常にうるさいがこういうときにはこの上ないほどの信頼を置ける。
起きるか鼓膜が破れるかだ。そりゃ起きる。
よくある丸い形をしている癖に、その中に人間用途は思えないベルを仕込んでいる目覚まし時計を感謝するように優しく包んで、所定の位置に戻した。念のため枕元に置いておいたがそのせいで今若干耳が痛い。
姿見の鏡で随時自分の容姿とファッションを確認しながら、俺は身支度をする。迷ったら妹を呼ぶ。
「ふぇ~なにさにいに~。まだ眠いよ~」
目を擦っているパジャマ姿の妹に言う。
「すまん、今日も玲奈とデートなんだがお願いできるか?」
「服の事ならこのあっしにお任せあれいっ!!」
半開きの目で江戸っ子口調、ヒーローみたいな決めポーズをとる。いや、その口調で両手を斜め後方に向けて、かっこよいとされるポーズをとっても映えないでしょ。
しかし我が妹には感謝しかない。恋愛について指南をお願いして、あれだけ「自分で考えろ」と身もふたもないことを言っていたわりに、服や所持品と言った外の部分に関しては全面的に協力してくれる。
俺としては心強い味方である。
「なあ、さつき。」
「なにさぁ?」
俺の周りをぐるぐる回る妹。
「なんか欲しいもんないか?」
「欲しいもの?」
「そ、なんでもいいぜ」
馬鹿みたいに高い服とかは無しな、と当たり前の例外を付け加えた。これだけ妹におんぶにだっこしてもらってたんじゃ、何かお返ししとかないと兄貴としての領分がだな。
「うーん、やっぱにいには変わったよねぇ。」
言って、少し思案する。
「決めた。」
「なにがいい?」
「一生こきつかえる券でどうざんしょ?」
「俺の人権!!!!!」
肩たたき券みたいな可愛さで俺の人権を奪うな!!!と言うか考えた結果がそれなのかよ!!
「にいにの人券でがんす」
「俺の権利を薄っぺらい紙切れにしてくれるな」
というか語尾が不安定過ぎるだろ。キャラごとブレてやがる。
間があって、
ふふっと妹が笑う。俺も、同じように。
「まあ、にいにが元気でイキイキしてたら、妹としてはそれで満足だったりするんだよ?」
「おお・・・いやしかしだな、ホントにいいのか?それで。」
小遣い三か月分くらいな覚悟していたが、というか俺普段そんなにイキイキしてなくて心配かけてたの?
「死んだ顔のにいにをみているとこっちまであの世に連れてかれそうになるからね」
「それだと俺死んでんじゃねえか!!」
「うわー死人が喋ったー」
心配どころか死んぱいだった。なんて。
「とにかくそんな変な気を回さないでいいよ?にいに。」
どうやら俺の思惑は見え透いていたらしい。いや、勿論そんなの分かり切って当然だとは思うのだが、
「もーっと気楽に頼ってくれていいんだよ。家族なんだから。」
俺の背中にもたれながら、そういった。
いつの間にか勝手に大きくなっちゃってさ、と軽くたたかれた。
「いつだって、どんな時でも、私はにいにの味方だからさ。」
世界が変わっても、俺という人間が変わっても、なんなら彼女が出来ちゃっても、俺の妹は、閑谷皐月という愛すべき家族の存在は変わらない。その立ち位置も属性も何もかも。
そんな安心感。
「ありがとさん。」
それだけ返す。今返せるものはそれくらいだ。
「おっしゃ、いい顔だね。」
ニシシ、と無邪気な笑みを浮かべる。
「よーし、じゃあ元気出していってこーい。」
背中をバシンと叩かれて、俺は部屋を送り出された。着なれないジーンズやジャケットの感触に身を包んだ俺。うわーなんかはずかしいなこれ。着なれてないってだけで羞恥が倍増しちまう。
「じゃあ、行ってくるわ。」
「おう、行ってこいでやがるぜぇ!」
もう訳が分からない語尾はスルーして、俺は家を出た。
そうだな、あんなに出来た妹には何か褒美をやろう。何もいらないとは言っていたが、それでは俺の気が済まない。
家族なのだから、妹だからこそ。俺の好意には甘えとけってんだ。
俺が人に優しくするなんてめったにないんだぜ?
あ、そうだ。
少し意地悪な思いつき。
仕方ねえなあ。
江戸っ子マダムだもんなぁー。
あいつの欲しいものは一緒に買いに行くとして、それとは別で。
次の飯当番で作ってやろう。
ポークチョップとやらを。
妹の驚いた顔を想像しながら、俺は家を出た。
この世界最後の日が、一世一代のデートが、始まった。
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