第67話

「なあ、玲奈。」


「ん?なあに?」


 公園のブランコで、俺と玲奈は一時の休憩を図っていた。というより、街中の人混みに辟易してしまった俺の状態を玲奈が察知して気を遣てくれただけなのだが・・・


 どこまで出来た彼女なのよ全く。


 とまあ、そんなわけで昼下がりだというのに全くと言っていいほど子供たちが居ない公園のブランコを二人独占していた。


「このブランコ、子供用だから漕ぐの大変じゃないか?」


 座る所と地面の間が無さすぎて足を折りたたまないと座っていられない。子供用三輪車にでも乗ってるような違和感だ。


「何言ってるのー。こうやって――」


 言って、足を豪快に伸ばして勢いをつける橿原。ワンピースが風を吸い込んで大きく揺れる。いや見えちゃいませんかねそれは。


 まあしかし、地面に対して垂直に足を延ばすのではなく、常に足を延ばしたまま遥か前方に置いておけば、確かに窮屈な感じは解消される。逆くの字みたいな感じだ。


「ほら、こうしたら目いっぱい漕げるでしょ?」


 はにかむ橿原を見て、俺は頷いた。ここまで純粋に素直に子供用ブランコを楽しめるとは。

 橿原はブランコが好きらしい。俺も嫌いじゃないが。

 そもそも遊具で遊ぶこと自体が恥ずかしいと思うようになってしまったのはいつからだろうか、ふとそんなことを考える。横でビュンビュン前後する橿原を眺めながら。


 橿原の無邪気な笑顔に、俺の心がざわつく。ギャル橿原を思い出して、俺の過去を掘り返して、この世界の終焉が頭をよぎって――


 だめだだめだ。今はその時間じゃない。


「どうかした?圭君?」


 顔の位置が常に揺れ動いているもんだからずーっと目線をゆりかごの要領で動かす。互いに。


「んー、いや・・・その」


 ついで、佐藤の言葉を思い出した。橿原にも相談すべき俺の悩みというか、しょうもない思いと言うか・・・言葉に詰まる。


「むむー?怪しいなあ?隠し事かな?」


 俺の顔を窺うように上目遣いを試みる橿原。しかしブランコの最高到達地点は、一切漕いでいない俺を優に超える高さなので最早それは上目遣いではない。


「いや、隠し事ってわけでもないんだけどさ。」


 なんというべきか、そもそもこの世界の俺は「人助け」を良しとして、ボランティアを続けているまっとうな人間なのだから、悩んでいること自体がおかしい。

 あくまでこれは、非モテ世界の、俺の悩み。

 橿原の本当の彼氏ではない俺の悩みだろう。

 だから、どういうべきなのか迷っているのだ。かといって何も相談しなければ佐藤にこっぴどく叱られてしまいそうな気もする。夜中だろうと駆けつけて俺の口を塞いできそうな気もする。何より――

 

 俺はこの気持ちに整理を付けないといけない。


 それだけは確かだった。この世界が終わろうと、元の世界に戻ろうと、記憶がなくなろうと、この六日日間でいだいてしまった言い様のないこの気持ちに区切りを付けないといけない。そのためには必要な過程だと思った。


「玲奈って、俺のやってる人助けボランティアについて、どう思う?」


 敢えて、慎重に話を切り出した。恐らく橿原も俺のやっているらしい人助けボランティアを知っているはずだ。


 どうって、いいことだと思うけど?

 と不思議そうな顔で橿原は問い直す。


「その、偽善、とか、嘘だって、思わないか?」


 自分に問うように、言葉を区切りながら、詰まりながら吐き出す。人に親切を押し売りしてるだけではないかと。

 心が軋む。


 橿原は、そのままきょとんとした顔のままあっさり言った。


「それって、何がダメなの?」


 ん?


「偽善かもしれないし嘘かもしれないけどさ、――いや勿論、そういう場合もあるってだけで本当に善意100パーの場合もあるとは思うんだけど、そんなことよりさ、その行為によって救われた人がいる、それだけで十分なんじゃないかな。」


 言ってのける。ブランコを漕ぐスピードを一切変えず、坦々と。


「意図があって、助けた人の恩を買うためであってもか?」


 俺は多分とんでもなく苦々しい顔をしているに違いない。だってこれが俺の――拭いきれない罪悪だから。犯してしまった過ちだから。誰かを助けるために理由を作る、ではなく手段として人助けを利用した。一度でもその「人助けの悪用」をしてしまったら、それ以降の人助けは全て偽物で悪者だ。俺はそう思っている。


 それでも橿原は平坦に、当たり前のように、常識のように言いきる。


「そりゃ悪いことさせるためとかそういうのは良くないなーって思うけどさ、それって結局不確定じゃん。助けられた人がみんな揃って言うこと聞いてくれたり、好感もってくれるとは限らなくない?」


 だからもし、人助けボランティアを続けていく中でそういうことに悩んでいるなら気にする必要はないと思うけど、と優しく付け加える。


 助けられる側の気持ちをあまり考えたことが無かった。助けた人間が主で、助けられた人間が従のような、いや、上下で考えているわけではないのだが、そういうイメージを勝手に持っていたのかもしれない。


 助けた人が必ずしも得をするわけじゃない。

 助けられた人が感謝してくれるとも限らない。もしかしたら邪魔をしたって思われるかもしれない。そうなればきっとその行為は骨折り損だよ。

 それでも、そうだとしても、何を目的にしていたのだとしても、人を助けるっていう行為は決して貶めることの出来ない立派な行動だと思うよ。

 後は助けられた側の人間の「選択」の問題だよ。

――まあ、「助ける」の定義もきっと難しいし、曖昧なんだろうけどね。


 こんな風に橿原は、俺の反論に悉く対応した。俺の反論と言ってもそれはただの揚げ足取りで、認めたくない気持ちのお零れみたいなもんだったのだが。終始真剣な顔で、ブランコを漕ぎながら。


「どうかな?答えになってるかな?」


 突然不安そうに言う橿原。

 悉くの反論を跳ね返され、肯定されては、もはや反抗する手立てがない。

 俺は、俺の偽善を、人助けしない理由には出来ないのだ。


 どんな理由があれ、事情があれ、意図があれど、人助けの根本的性質は変わらない。


 困っている人を助ける。


 その行為の結果は尊重されるべきものだ。そういうことなのだろう。


 橿原に背中を押されて、やけに心が落ち着いた。佐藤にも橿原にも背中を押されて、ようやく俺は前に進める気がした。


「ありがとう玲奈。なんか、すっきりしたわ。」


「ほんと?それはよかった。」


 そういうと橿原は、吹っ切れたように更に勢いよくブランコを漕ぎだした。


 俺もゆっくりと、だが確実に、土を蹴ってブランコを跳ねさせる。前に進むための力が、後ろに下がる力に変換されて、更に増幅してまた前に進む。


 なんだ、ブランコって結構遊具にしては良くできてんな。そう思った。


「というかさー」


「ん?」


「私の『好きだ』って思う感情はそりゃ勿論、圭君の行動によって引き起こされてるんだろうけど、それでもやっぱり私が『圭君を好きだっ』って心で思ったからなんだよ。――うーん、うまく言えないな。」


 言いながら徐々に橿原の顔が紅潮しているのが見えた。好きだと言われて俺も少し照れてしまう。


「ようは私が圭君のことを好きなのは、他の誰のせいでもない自分自身の選択なんだよってこと!」


 色々口ごもって最終的に橿原はそうまとめた。こちらを見る顔はなんだか怒っているような、照れすぎて表情が硬くなってしまっていた。


 自分自身の選択、か。


「ありがとう、玲奈。嬉しいよ。」


 微笑み返す。橿原は湯気が出そうな好調ぶりに顔を俯かせて


「う、うぅう、照れるな・・・」


 ブランコを漕ぐのをやめて、少し、いや随分と小さくなった橿原を見て、思う。


――俺は、俺自身の選択で、この気持ちに整理を付けないといけないな。


 ほんわりと温まり、高揚する気分のなかでそう思った。



 

 

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