五日目の混沌
第26話
五日目。
非モテ世界の俺がこの世界にやってきて、五日目の朝だ。外では小鳥の鳴く声がする。この瞬間だけ、俺は元の世界のことを思い出す。
平日最終日、今日を終えれば二日間の休息が学生諸君には訪れる。
しかし、俺にとっては世界を救うためのラストスパートで恐らくそれどころではなくなるだろう。
ベッドから体を起こし大きく伸びをした。息を吸いこんで、吐き出す。
日中の授業中には橿原と関わることは出来ないので、そういう意味では休日というのは少し未知の世界でもあった。一日中橿原と居るなんてシチュエーションにでもなったら、俺はどうなってしまうのか。
勿論どこかにデートにはいくだろう。いや行かないと願いをかなえられない。でもどこがいいんだ、橿原の願いもまだわからないし、闇雲に探ってる状態でしかない・・・うーん・・・
ひとしきり思考を巡らせた。寝起きでも頭だけは冴えている。
考えてもキリがない。やめだやめ。
俺は思考を放棄した寝ぼけた目をこすりながらベッドから立ち上がった。
―その瞬間だった。
頭が斜めにブッたぎられるような、鋭利な刃物で滑らかに切り落とされるような悍ましい感覚と鋭い痛みが俺の頭を襲う。
「ッッッ!?」
言葉が出せないほどに痛み、呻き、悶えた。頭をベッドにこすりつけて痛みを払おうとしたがまったくもって効果はなかった。外部の痛みではなく、明らかに俺の頭の中から痛みが来ていた。
何秒この時間が続いたのだろうか。俺は痛みで全てを放り出したくなった。そして、悶え蠢くのをやめた。顔を悲痛に歪ませるだけ歪ませて、全身の力を抜いていた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
救急車のサイレンが最大に近づいてから遠ざかっていくように、俺の痛みも峠を越えたように思えた。頭が爆発してしまいそうな痛みは、軽い片頭痛のようなずきずきとした痛みのレベルにまで落ち着いていた。
―痛すぎる。
一体なんでこんな痛みに俺が襲われないといけないんだと怒りたくなった。誰に怒ればいい?神様か??
自分の頭を撫でまわして異常がないかを確かめた。ふむ、どうやら異常はないらしい。頭に輪っかを付けられていたわけでもないので、三蔵法師のお供になってしまったという線も消えたな。
と、それくらいの冗談は言えるくらいに回復していた。
しかし、ここまで頭が痛いというのは何か俺に重篤な問題が起きていると考えるのが妥当だろう。確実に異常な痛みだった。俺の頭にどんな異常が・・・考えると寒気がしてしまうくらい恐ろしい。
まあ、長濱先生に相談してみるか。保健室の先生なんだし。
絶対に保健室の先生の管轄外の問題を俺は悪戯がてら先生に持っていくことにした。
だが、この時の俺には予感がった。いや、予感というか革新というか。
この痛みが、俺にもたらす意味と、その結末を俺はこの時から気付いていたのかもしれない。気づいていながら、それでも見えないふりをしていたのかもしれない。目を背けていたのかもしれない。
この世界に、橿原との関係に、どこか心を満たされてしまっている感覚があったから。
「にいにーご飯できたよー起きて―。」
階下からいつもの愛しい妹の声がする。
いつものように橿原も食卓を囲んでいるだろうか?
それがこの世界の日常だ。愛すべき、守るべき俺の日常だ。
この世界を元の世界に戻すべき、という感覚は少しずつ、けれど確かに薄れてきていた。
この日常はいつか壊れる日常だ。壊されなければならない日常だ。
―俺の手によって。
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