第25話 代償

「もう、二人そろって何してるんですかまったく。世界を保護するための機関で仲間割れなんて機関員全員が泣きますよ」


「まったくもってその通りだ。面目ない」


「バアルちゃんの言うとおりね。ごめんなさい」


「私を見て踏み留まっていただけたのなら、それはそれでよいですが・・・ほんとにもう・・・」


 見て踏みとどまった、というよりか、その視線の恐るべき「力」に恐れをなしたという方が適切なのだが、ゼッカはあえてそれを言わなかった。


「それで、グレモリーさんはどんな用件だったのですか?」


「ああ、それは――」


 バアルは現在世界が置かれている状況については理解しているが、一体何が原因で解決方法は何なのかという点については一切知られていなかった。どうやら機関の中でも現状を把握しているのはごく一部らしい。


「えー、そんなことが・・・」


「なかなか酷な話よね・・・」


 橿原玲奈という一人の女子高生が置かれている状況に二人同情する。同情以外に、出来ることが無かった。そう思うと、心が締め付けられるようにな無力感に苛まれる。


「私だったら、そんな能力手にしちゃったら何でも願っちゃうなぁ。」


 表社会の年齢で言えば、高校一年生のバアルは、そういって部屋の天井を眺めながら自分の願いをあれこれ挙げた。食べ物お洒落、その他諸々、キリがない。


「自分の力をこれまで行使してこなかった特異点は、どうして一人の男子高生と付き合うためだけのことに、力を解放してしまったのかしらね」


「好きな人が居たら付き合いたいと思う気持ちはわかります。けど・・・」


「なぜ彼、――閑谷圭という人間なのか、ということよね」


 うーんと顎に手を添えて思考を巡らす。

 勿論、閑谷圭という人間の魅力を私は知っているつもりだ。のらりくらりとはしているが、確かに芯はある、気遣いもできる。ユーモアもあるかもしれない。

 だが、彼と関わりがなかった橿原さんが彼のことを好きになるきっかけが見当たらない。見ただけで好きになるような人間の部類ではない、と私は思った。


「会長はどう思いますか?」


 コーヒーを啜りながらバアルは言う。どうやら苦手なようで、量はあまり減っていない。


「うーむ。」


 一息にコーヒーを飲み切って満足そうな顔を浮かべた後、ゼッカは言う。


「若い人らの恋愛事情は、老いたじじいには皆目見当もつかないねえ」


 見当がつかない、というより単純に興味がないように見えた。


「先輩はどうです?」


 バアルが目をキラキラさせながら問うてくる。彼女の目には私が恋愛の大先輩に映っているのね、と私は少し気を引き締めた。急ごしらえの『恋愛経験豊富な先生』であるグレモリーの顔を作る。


「そうね、積もり募った好きという感情は、時にその人自身を変えてしまうようなパワーを秘めているということはたしかね。でも、大切なのは一時の衝動ではなく強かに、ひそかに、でも確実に大きくなっていく焚火のような恋の炎よ。燃え上がる恋は同時に冷めやすくもあるわ」


「さっすが先輩!! 私、勉強になります!!!」


 目を一層ぎらつかせるバアルを見ると、少し申し訳ない気持ちになってくる。私の恋の炎は燃えやすいどころか年中湿り気で火の粉すら散っていない、悲しい。


「グレモリーくんの理論で行くと、特異点の彼女の恋は冷めやすいものだと?」


 ゼッカは私の見栄をはっきりと理解したうえで、気を遣ってその話をつづけた。勿論、ここでばらしたら再び剣を向け合うような険悪な空気になってしまっていただろう。


「どうでしょう。私には判別できません。ですが・・・」


 私は首を傾げる。突然の一目ぼれであれば冷めると断言できるが、なんだかそういう風にも見えない。この世界でのあの二人はいつのまにか付き合っていたが、元の世界では二人の関係は一切なかったと聞いている。そう考えると疑問は深まるばかりだった。


「その男子高校生さん、一体どんな人なのか気になりますね!」


「え?」


 私とゼッカは、驚きの余りバアルの方を向いた。


「え? だから、その人のことしりたいなあって」


「あ、ああ、そう。それは私の報告書で――」


 考えられる混沌とした状況を防ぐため、口を無理やり動かす。が、無駄だった。


「そうだ! 私もお会いしてもいいでしょうか?」


 ・・・それはカオスである。


「バアルくん・・・それはだね・・・」


 さあ!! 威厳を今こそ!! 会長!!!


「良いですよね? 会長?」


 ――ゾクリ


 ゼッカの体が、確かに恐怖で一瞬震えたのが分かった。二人を止めた時と同じあの虚ろな『瞳』だった。


「・・・仕方ない。許可しよう」


 ゼッカは抵抗することなく、彼女に敗北した。娘どころか孫のような歳の彼女には逆らえないのだろう。でも、そんな人を秘書にしていいの?と思った。


「やったー!! 嬉しいです! ありがとうございます会長!」


 両手を突き上げ、若々しい足を机の横にほっぽりだして喜ぶバアル。


「すまない、グレモリーくん。バアルのことを見てやってくれるかね?」


 ゼッカは精いっぱい申し訳なさそうな顔で私に言う。勿論かつての同僚である彼女と時間を共にできるのは良いが・・・。


 ――これはまた厄介なことになりそうね


 そう思った。しかし、これは交渉に持って来いの譲歩だった。


「勿論です。会長。その代わりと言っては何ですが先ほどの提案の方実行に移していただいてもよろしいでしょうか?」


 この世界を元に戻すためには恐らく不可欠な私の提案を通すには絶好の口実だった。私は山のような提案の資料を机に置いた。


「・・・そうだね、早急に手回ししよう。恐らく最終日には確実に間に合うだろう。君が懸念する機関の干渉も出来る限り人員を減らしておくよ」


「恩に着ます、会長」


「わー! 楽しみだなー! どんな人なんだろう。」


 真面目な会話の裏で、少女のようにはしゃぐバアル。まあ、年齢的には実際高校一年生なりたての華奢な少女ではあるのだが・・・。


 ――バアル。朱色の髪を後ろで一つにくくった女子高生。表社会での名を、


 ――海堂シオン。


 どうやら、またも閑谷君の周りは騒がしくなってしまうようだ。


 私は一つため息をついたのだった。

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