長濱先生と機関~その後~
第24話 瞳危機一髪
「で、グレモリー君最近の調子はどうなのかね?」
「ど、どうといいますと・・・?」
「・・・惚けなくて大丈夫だよ。私も知っているから」
「ええと、はて、なんのことやら・・・」
「プライベートの関わりは禁止しているけれど、結婚を前提としたお付き合いをするのであれば、秘密を厳守してさえもらえば、世界を保護する機関のトップとしては寧ろ奨励することだよ」
「け、けけけっけ結婚ですか、私もしたいものですね!」
「いや、だから君のことを言ってるんだが・・・」
「会長も冗談を仰るんですね。私、つい笑ってしまいました」
「笑うどころかさっきよりも殺気が強く押し付けられてるんだけど? 和やかにコーヒーブレイクしているはずなのにカップが割れそうなんだけど。これポルターガイストかい? バアル君も不思議だと思わないかい?」
「会長、いくら何でもデリカシーが無さ過ぎます。グレモリーさんが婚活されていることなんて都市伝説みたいなもので、本当は仕事一筋の素晴らしい私の先輩です。」
バアル、と呼ばれた朱色の髪を後ろで一つに束ねたスーツ姿の女性は、そう言ってからコーヒーを一口すすった。啜ったあとに、その苦味から顔を少ししかめた。
私は俯いているにも関わらず、一目でわかるくらいに赤面していた。図星も図星だった。
機関の最上階にある校長室のような部屋で、穏やかな空気が流れていた。
応談用の椅子に私とゼッカ、そしてバアルは腰かけていた。さきほどまで殺気をぶつけ合っていた二人の戦いは終わり、グレモリーが放つ無言の殺気のみが部屋に漂っていた。
つい5分前――
私とゼッカの二人は互いに、魔法で錬成された剣の狙いを喉元に定め合っていた。
一触即発。気を緩めた方が確実に黄泉の世界へと運ばれてしまう程に、重々しい殺気の応酬だった。
私は刺し違える覚悟で、ゼッカは我が子を殺すことも場合によっては厭わない強い意志があった。
まもなく止まることの無い悲しい戦いが始まろうとしていた。
その時だった。
「会長、グレモリーさん、コーヒーをお持ちしまし、た・・・?」
部屋の自動扉が開き、盆にコーヒーを2つ乗せた女性――バアル――が入ってきた。ゼッカの秘書として仕事をこなしている彼女は、普段の口調でお決まりの言葉を履いたつもりだったが、理解できない光景を前に語尾が跳ね上がってしまっていた。
自分が所属する組織のトップと、その組織での先輩が互いに無数の剣を向け合っている。冗談でもお遊びしているようには見えなかっただろう。殺し合い、死合、デスマッチ。不穏な言葉しか思い浮かばない。
二人の殺気のこもった目線がバアルに向けられる。
「へ・・・? へぇ?・・・」
余りの殺気にバアルの足は震え、手に持っていた盆は覆り、コーヒーが入り口扉付付近に飛び散ってしまった。
そしてこのコーヒーが地面に飛び散り、カップの割れる音が、この殺し合いの張りつめた空気をプツリ、と切ってしまったのだった。
「バアル・・・くん」
「バアルちゃん・・・」
二人そろって彼女の名前を呼んだが、当の彼女は入り口でへなりと座り込み、瞳に涙を目いっぱい溜めて、今にも泣き出しそうになっている。
「会長に先輩・・・なにしてるんですか・・・?」
来客である元上司の私と、所属する機関の会長が何故か剣を互いに向けているのだから、驚くのも無理はない。
「わ・・・・私、コーヒー、とってきますね。こぼしてしまったので・・・」
涙をためた虚ろな目で現実逃避するかのようにバアルは呟いた。ゼッカと私も黙って彼女を見ていた。
「えーと。これは・・・」
ゼッカが口を開く、それと同時に、バアルから忌々しい目で見られていた無数の剣が魔法の残骸と共に煌めきながら消えた。それに伴い、鏡が映していた剣が消えたため、必然的に武器はなくなった。
「バアルちゃん、これはね・・・?」
私も口を開く。
「あの、コーヒーを持ってくるので、お二人は座っていてください、失礼します」
二人の言葉を一切耳に入れていないバアルはそう言ってゼッカを強くにらんだ。ゼッカの額に汗が浮かび、目元が必死に笑みを作っていた。
「こ、これはだね――」
「いいですよね?会長」
殺気よりもはるかに恐ろしい「何か」の視線がゼッカを確実に貫いていた。先ほどまでの威厳は微塵もない。
「も、もちろんだよバアルくん。なんなら君の分も持ってきて3人で飲もうじゃないか。構わないよね? グレモリーくん」
突如として弱腰になったゼッカに、私は戸惑う。
「あ、はい、それは、勿論・・・」
先程まで確実に殺気をぶつけ合っていた二人が、場の空気のために必死に声を上ずらせながら会話していた。
「では、先輩もそう言っていただいているので、一旦失礼します。くれぐれも、これ以上お戯れなさることのないよう・・・」
特に、会長――と。
バアルの最後の言葉に、ゼッカは冷や汗の量を更に多くした。絶望のオーラが、歴戦の猛者の証である険しい顔を悠々と包み込んでいた。
自動扉の音と共にバアルは去り、ゼッカの額から冷や汗が少し引いていた。私は何が何だかわからずにいた。
「ええと、会長・・・?」
出来るか限りの穏やかな声で言った。
ふう、と一つ息をついて威厳のかけらも無くなってしまった老人は額の汗を拭いながら言った。
「・・・大変だよね、年頃の子ってのは・・・」
そこには、組織のトップとして圧倒的な威厳と存在感を放っていた一人の老いた男でありながら、たしかに一般的な一人の爺の姿があった。
思春期の孫との距離感に悩む、老人の顔だった。
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