第23話 俺と彼女と、幼馴染と
「この男は、こう見えて大の甘党なのです! 卵焼きも甘めの方が好きなんです!」
と佐藤。いや、まあ確かに俺は甘いものには目がないし、卵焼きはしょっぱい味よりかは甘い方が好きである。
「圭君は映画好きだもんね、私と、一緒に、二人で見に行ったもんね!」
『一緒に』、『二人で』、を強調する橿原。
いがみ合う可愛らしい犬同士の喧嘩みたいな、それでいて牙は着実に俺の腕にかみついているような状況だった。
「二人で、なんていかがわしい・・・私だって幼い頃は二人でお風呂にはいったりしてましたから!」
いや、それもっといかがわしくない? 論より証拠出しちゃってない?
「お、お風呂・・・」
やや赤面する橿原。やはり見た目が一際可愛いだけあって、照れているだけなのに絵になってしまう。
――脳裏に、ギャルみたいだったあの世界の橿原が思い浮かぶ。踏切に居た彼女。
うーん、やはりこう見ると別人のようにしか見えない。勿論、どちらも見た目はほぼ同じだし、魅力的であることに変わりないんだが。
「どうですか? 私のほうが彼の横にふさわしいと思いませんか?」
やや控えめな胸をズンと張って満足げにいう佐藤。こいつやっぱり抜けてる気がする。そういう話じゃないだろ。
俺はひたすら二人のいがみ合いを聞いていた。首を左右に振りまくる俺こそが犬なのかもしれない。
「ぐぬぬ、でも、私も負けてられない・・・」
あれ? 橿原さん? 敵が弱点曝け出してんのに気づいてないの? 論点違うこと指摘したら一発なのに、あなたも論点間違えてるの??
思い切ったように、橿原は、ずい、と体を前に出しながらこう言った。
「私! 圭君とは結婚を誓い合った仲だもん!!」
「ん⁉」
俺も「ん⁉」だわおい!!!
「そ、そんなことまでしていたのですかあなた・・・」
俺をドン引きするような目で見る佐藤。いやまて、それじゃまるで俺が悪い奴みたいじゃないか。
「ま、まてって玲奈」
「そうだよね圭君?」
橿原の後ろで、ゴゴゴという文字と気迫が空気中に書かれているように見えて、俺は委縮してしまった。スタンドですか橿原さん・・・
「ど、どうせ幼子の戯言に違いありません。そうですよね?」
焦った佐藤は俺に詰め寄る。俺よりやや低い身長の佐藤は(それでも女子の中では高い方だが)俺の眼下にのめりこむような姿勢だ。ここまでの上目遣いは煽ってるようにしか見えない。
こいつは一体何が目的なんだよ・・・
佐藤は本来、橿原を監視するのが役割なのに、その対象と彼氏に接触していいものなのか。機関とは関係ない俺が心配する始末だ。こいつは昔っから勢いで行動する癖があるからな。なんて、ふと昔を懐かしんでしまった。
「違うもん! ちゃんと指きりしたもん!」
「くっ、そんな誓約行為をよくも」
いや違うでしょ。それこそ子供っぽいでしょ。指きりで条約でも結んでのかこの世界。
「圭君も、覚えてるよね?」
やや真剣な顔で橿原が俺を見つめる。長い睫毛と凛々しい眉、華奢な体躯。
・・・指きり? 橿原と?
踏切でプロポーズされたが、あれは前の世界の話。この世界では結婚を申し込まれてないし、そもそも指きりした記憶なんかない・・・。
この世界の俺が勝手にそんなことをしていたという可能性もなくはないが・・・。
「覚えて・・・ないの?」
少し悲し気な顔を浮かべる橿原。徐々に瞳が潤んでいくのが分かって俺は慌てる。
そんな顔しないでくれ。俺はお前を悲しませるためにここに居るんじゃない。
「彼女が泣きそうですよ! 答えてあげるべきです!」
いや、そして佐藤。おまえはどっちの立場なんだ。
俺は言われるまでもなく、即断即決で答えた。
「覚えてるよ、玲奈。忘れるわけがない」
「・・・良かったッ――」
橿原の顔が一瞬で華やいだ。彼女の無垢な笑顔が、俺の罪悪感を加速させる。
覚えていない、どころかその記憶自体を疑ってしまっているのだから。
「し、しかし、そんなことが分かったところで、最後に婚姻届けに名前を書いた方が勝ちですからね!」
佐藤、いつからお前の目的が俺と結婚することにシフトしたんだ? そんなキャラじゃなかったでしょ。
「ま、負けないもん!」
・・・・・・・・うん、もうツッコむのやめる。
そして俺は首を振り回すのも辞めた。またいつもの夕焼けが俺たちを照らしている。照らされているという感覚は全くないが、それでも静かに夕焼けは俺たちを照らしている。人知れず、人の行く先を照らしている。
「か、勘違いしないでくださいね! あなたと結婚したいわけじゃないですから!」
突然気付いたかのように、俺を見て顔を赤らめる佐藤。そんなバレバレなツンデレ、現実世界で拝めるとは思ってなかった。ジーザス。
「わ、私は圭君と結婚してもいい! いや、したいからね!」
橿原もやや赤面しながらそう言った。二人が俺の両腕に巻き付いてるもんだから血流悪くなっちゃいそうだし、何より通学路の一般人からやけに見られんの。俺むっちゃ恥ずかしいからね?ハーレムで喜ぶとか、それどころじゃないからね?
「わ、分かったから二人とも、いったん落ち着こう?」
とりあえず思いの丈を、俺の腕に力で乗せてくるの止めて、うっ血しちゃうよ。
「どちらかふさわしいか、勝負しませんか、橿原さん」
「いいよ、私負けないもん」
ここまで強気、というか好戦的な二人を見たことが無かった。なんだか俺は微笑ましくなってしまった。
やっぱり、世界が崩壊してしまうことを後ろ向きに考えているより、今を着実に生きることの方が、よっぽど有意義だ。
後になって大切な時間だったと思えるように、今は今を精いっぱい生きるだけなのだ。
「なにがおかしいの?圭君。」
ピリついているはずの状況で微笑む俺に気付き、少し膨れた顔で俺を見る橿原。相変わらずかわいいな、おい。
「他人事じゃないですからね?」
同じく佐藤。こうして非モテ世界の頃みたいに佐藤と話せて、楽しいし嬉しい。佐藤とはいつも冗談を言い合っていた。元の世界では佐藤にボケていたけれど、新たな幼馴染の天然な一面も、そう悪くはないのかもしれない。
「その勝負、俺が審査員だ、任せてくれ」
非モテ世界の俺が見たら、自分で自分のことをぶん殴ってしまうような余裕の発言をしていた。なんだか、この世界の俺に本来備わっていた「性格」みたいなものに侵食されてきているような気もする。だってそうじゃないと、こんな乗り気な発言できないよ。
「ふん、私が圭君と結婚するんだもん!」
「この勝負はあくまでいちゃつく権利を争うものですから! 婚約者だとか関係ありません!」
ふん、と二人してそっぽを向く。どうやら俺の言葉は自然と流されていたようだった。
おかしいな、俺、結構恥ずかしいこと言ってた気もするんだけど。頬熱いんだけど。
しかし、結婚を誓い合った仲、と橿原は言っていたな・・・。俺の記憶にない、そんな事実が残っているのか? もし事実であるならば、それはきっと世界を救うために必ず役に立つだろう。
――橿原と俺の過去についても、もう一度洗いなおしておくべきだな。
こうして、現実の板挟みハーレム(?)を楽しみながらも、かすかに感じた違和感と、その違和感の先に待つ重大な答えに期待と不安を募らせて、賑やかな下校時間を過ごしたのだった。
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