第21話 緊急報告

「失礼します」


 私は一度お辞儀をしてから応接室に入った。後ろで最先端の自動ドアが閉まる音がする。


 部屋には低めの机と椅子――おそらく来訪者との応談用。そして奥に両袖デスクと豪華な椅子に腰かける、老人の後ろ姿があった。当然、その男の表情は窺えない。


 ――まるで学校の校長室みたいね。


 高まる鼓動を抑えながらそう思った。


 ――閑谷君には格好つけて啖呵を切ったというのに、ビクつくなんてださいわね私。


「やあ、君の方から本部に出向いてくるとは珍しいことがあるものだね。しかもアポもなく突然」


 奥に座り、向こうを向いたままの老人は私にそう返す。語調が平坦であることが逆に私の心に圧をかける。


「突然押しかけるような形になってしまったこと、心からお詫び申し上げます。しかし、事態は一刻を争います。どうかお許しを」


 老人、『機関』のトップとされているこの老人。「ゼッカ」という名で通っているこの老人には絶対的なオーラが漂っていた。


 『機関』の中ではこんな噂がある。


 家族全員を天災で失い、天涯孤独の身になった際『能力』に目覚め、それ以来その『能力』を駆使し裏社会を牛耳り、一時は世界各地でテロを起こす組織に所属していたことがあったと。

 だから、最終的に世界を保護するという目的の『機関』を創立しているのには何か恐ろしい理由があるに違いないと言われている。


 まあ、あくまで噂に過ぎないが。


「・・・とにかく、その要件とやらを聞こうか。グレモリーくん」


 老人はそういうと椅子を回しこちらに顔を向けた。顔に十字の傷跡を残し、顔のしわ、髭の一本一本に人生の過酷さが表れている。自分の握られた拳の中が汗ばむ。


 私、長濱舞香は機関では『グレモリー』というコードネームを与えられていた。機関の同僚はそれぞれにコードネームが与えられており、基本的にプライベートでの干渉は禁止されている。私と佐藤さんに関しては『特異点』である「橿原玲奈」を監視するために日頃から顔を合わせているが、それ以外の人間は一体どこで何をしている人間なのか知る術もなかった。


 この老人も、裏ではなにをやっているか分かったものでは無い。


「今回の世界変革に対峙し、我々は一時的に機能を失いました。現在まともに機能しているのは『特異点』対策に当たっている機関員数人のみです。」


 世界変革に伴って、それまで世界各地で連絡を取り合っていた支部との連絡が突然取れなくなっていた。恐らく橿原玲奈の力によって機関の存在そのものが作り変えられている可能性があった。しかし世界崩壊まで一週間。その確認をする人員すらギリギリの状態。そもそも、それらの情報でさえ、私たちが知ったのは三日前である。 

 『世界変革』の波に干渉を受けないで保管されていたデータベースを見るまで、私たちはこれが当たり前の世界だったのだから。


 私は続ける。


「本部の機関員の方々も以前より大幅に減っているとお聞きしております。私も特異点の監視を継続してはいますが、このまま待っていては、世界を元に戻すことは出来ないかと」


「・・・だからこそ、特異点解消のための『鍵』に接触するよう君に伝えたのだが?」


 ゼッカの目が鋭く私を刺す。一瞬喉が詰まる。


「勿論そちらも並行して行っております。ですが、現状では機関の役割を十分遂行しているとは言えないのでは?」


 結局のところ、現段階で機関がしていることは、世界のターニングポイントを「観測しているだけ」だ。協力もなく、ただ使命を若者に課し、偉そうにふんぞり返って眺めているに過ぎない。


 ――それが本当に私たちのすべきことなのか?


 私はそう思うようになっていた。


 機関の仕事とはいえ、教師としてと過ごしていた日々は当初苦痛で仕方なかった。仕事だからと薄汚いことにも手を出した。そんな日常は辛く、私は闇の中でしか生きられないのだと思っていた。


 けれど、そうではないと彼が教えてくれた。


 機関の隠れ蓑として使われている『高校の養護教諭』として勤めている私に、彼は教えてくれた。日々の大切さを。多分、彼にとっては大したことをしたつもりはないのだろうけど。


 だから、彼がこの世界の動乱に巻き込まれ、苦労するのをただ見ているのがつらかった。何か力になりたかった。それが私が機関に所属する最大の理由であるはずだから。


「つまり、君は我々機関の活動が公にさらされる恐れがあっても、『鍵』に協力すべきだというのだね?」


「はい、恐れ多いですが」


 老人は手を顔の前で組み、目を閉じた。


 機関としては機関の存在が公になることが大きなリスクであった。


 世界の保護とはいっても世界には様々な似たような『機関』がある。世界の崩壊を求める機関、選民思想をもつ機関などその種類は様々だ。その全貌は定かではない。どこの機関も情報の管理は徹底している。


 つまり、『機関』の存在が知られ、その活動内容が分かるということは「目に見えない敵」から常に狙われる立場になるということであった。

 それを防ぐために、普段からプライベートの関わりは禁止され、秘匿事項を口外したものには大きな罰則が設けられているのだ。


 しかし、そんな状態では閑谷君と橿原さんの力になることが出来るわけがない。

 もう一人の機関員である佐藤さんも私も、現に彼の邪魔しか出来ていない。


「君の気持ちは分かる。だが、その一時の判断で機関が未来永劫、危険な目に見舞われ続けるということはわかっているのかね?」


「承知しています」


「見方を変えれば君は反乱因子ともとれる発言だが?」


 ――それも分かり切っていることだ。私は刺し違えてでもこの状況を変えなければならない。


「私は、世界を守りたいのであって、二人の高校生の人生になど興味はない」


 低く、残酷なトーンでそう言い切る。


「その世界の命運が、貴方が軽んじている高校生の手に握られています」


 ――曲がりなりにも教師を数年やっている私にとっては、生徒の今後の人生を軽んじているこの男の言葉は気に食わなかった。


「ほう、そんな目を私にむけるとは」


「世界が元に戻らなければ、機関の存在に意味はありません。これまでどれだけの業績を残してきたのだとしても、です」


 私の言葉は確かに老人の逆鱗に触れた。全身を激しい殺意が襲う。


 瞬間――


 ゼッカの周りには、無数の鋭い両刃の剣が念力で宙に浮かび上がり、その切っ先を私に向けている。大小さまざま、装飾の激しいモノから質素なものまでそろい踏みのようだ。私を刺し殺すための『魔法兵装』だった。


 ただ、私も負けてはいなかった。


 即座に体の中心から全方向に魔法陣を構築し、特殊な『鏡』を錬金し、その全てを複製した。


 つまり、老人がいかつい顔でこちらに向けている刃全てを複製し、透明な実体と質量をもって、彼に向けているのだ。


 一触即発。刺し違えてでも、という言葉に嘘はない。


 命など、惜しくはない。


 閑谷君と楽しく話せないことは少し残念だけど、彼のためならこの命は安い。


「グレモリー・・・本気なのだね」


 険しい顔の中に、拭いきれない優しさを見せるゼッカ。どんな噂が流れていようと、決して悪人ではないということも私は知っている。私がこの老人と直接関わって、実感している。


「ご覧の通りです」


 物心ついた時から機関に所属していた私にとって、ゼッカはここで打ち倒すべき敵でないことは確かだった。


 殺気をぶつけ合いながら私たちは時間を待った。


 互いの考えが変わることを祈った。




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