長濱先生と機関
第20話 経過報告
「ふーむ、なるほどね。今どきの高校生はこういうデートをしている訳ね」
長濱先生は、保健室の椅子の背もたれに目いっぱい寄りかかった状態で、俺の書いた報告書をぱらぱらとめくる。目元には少しだけクマが出来ているのが分かった。
「長濱先生、昨日は欠勤って聞いたんですが、何かあったんですか?」
昨日、俺と橿原と妹の三人で買い物デート(?)をした。勿論、平日だったから普通に学校はあった。だから俺は映画館デートの内容をまとめた報告書を持って保健室に立ち寄ったわけだが、長濱先生は欠勤していたのである。代わりに保健室に居た、非常勤の女性教諭にコミュ障発揮して逃げ帰ってしまったのは内緒だ。
まあ、報告書を持ってくるように言ったのは先生の方だったので、何かやむをえない急用でも出来たのだろうという予想は立っていた。
長濱先生はやや低い椅子に座っている下方の俺に目線を移し、ズレる眼鏡をくいっと直した。
「あー、昨日はごめんなさいね。外せない用事が出来ちゃって。連絡しとけばよかったんだけど・・・」
「大丈夫ですよ。それより急用ってのは・・・」
「・・・」
暫しの沈黙の後、長濱先生は息を吐いて、観念したかのように話し出した。
「隠しても無駄よね。大方予想はついているでしょけど、機関から緊急招集がかかったの」
まあ、そんなことだろうとは思っていた。
機関――俺の知る限り長濱先生と幼馴染の佐藤が所属している――という言葉にここまで現実味を帯びさせてしまうような現状に少し腹が立つ。なんだそれ、ファンタジーかよ。
「緊急招集ってのは、一体どんな用件なんですか?」
語調が少し荒くなっているのを自分でも認める。俺に世界の命運なんて託す癖に、その依頼者の全貌が見えないのは操られているようで気分が悪い。
「それは機密事項・・・」
「・・・どんな用件ですか」
「・・・分かった、分かったわ。特別に話すからそんな怖い顔するのはやめて頂戴」
そういうと長濱先生は机の引き出しから、辞典ほどの厚みのになった紙束の資料を取り出した。
「これがこの世界で四日経った今の機関が持ちうる最大限の情報よ。あなたにも共有しておくわ」
俺は少し重みのある資料を受け取った。文字とグラフで全ての用紙がびっしりと埋められている。
「すみません先生。先生も大変だってことは分かってるんですが」
普段和気あいあいとしている保健室に、少し険悪な雰囲気を漂わせてしまったことに罪悪感を覚えた。長濱先生はあくまで俺と機関を繋ぐ役割で、両者からの板挟みになっているに違いなかった。
「いいのよ、あなたの気持ちはもっともだもの。機関も本来はあなたと公に関わりを持ちたいのだけどそう簡単にはいかなくてね」
「いまいち分かんないんですけど、機関って何を目的にしているんですか?」
ほんとは初日に聞いておくべきだったような気もするけれど、あの日は長濱先生特製腹パンでそれどころではなかったのだ、仕方ない。
「うーん、ざっくりいうなら、世界の保持、保護ね」
「なんですかその世界遺産的な扱い」
世界そのものを世界遺産に認定するのは発想があまりにユニバーサルである。
「まさにそのとおりよ、私たち機関は世界そのものを保護する対象として捉えているの」
ユニバーサルだった。宇宙を股にかけているようだ。
「なんかまた話がぶっ飛んできましたね」
「だからあまりこの手の話に乗り気じゃないのよ」
「じゃあ小手調べも兼ねて、機関での先生の恋愛遍歴を――」
「閑谷君」
――瞬間、
目にもとまらぬ速さで先生は立ち上がり、俺の腹部めがけて拳を構えていた。
その姿はさながら、歴戦を潜り抜けてきたプロボクサー。
俺はひ弱な一般高校生。
一発KO間違いなしだ。
というか長濱先生好戦的すぎないか!?
「す、すみません、せんしぇ・・・」
ちびってしまいそうな勢いだった。
獣のような目をしていた先生に人の心が戻る。
「分かればいいのよ、分かれば」
「な、なんでそんなに恋愛関係の話タブーなんですか・・・」
「だってそんな話するの恥ずかしいじゃない!」
「そんなに男遊びしてるんですか?」
「ち、違うわよ!! 寧ろ全戦全敗よ!!」
「へ?」
「あ・・・」
俺は悪くない、墓穴を掘ったのは先生である。だから命だけをどうかお助けを・・・
「え、えーと、大丈夫ですよ。生徒は皆先生のこと経験豊富だと思ってますけど、仮にそうじゃなくても先生は魅力的です。うん、大人の魅力があるっていうか、なんていうか、グッジョブです」
長濱先生の小さな体と大きなロマンを見て、そう評した。
「それフォローになってないわ、閑谷君。」
「少なくとも俺は先生にゾッコンです!」
「縁起でもないこというんじゃありません! 彼女持ちリア充が!! 爆発して!!」
「爆発して心身ともに綺麗になったらいいんですね!」
「謎のポジティブ思想やめなさい!!」
なんだかんだ和やかないつもの空気が戻っていた。
閑話休題。
「ともかく、残りの三日間は機関で得られた情報は全てあなたに伝えるわ。本来は秘匿事項だから他言は禁物よ?」
「その点は大丈夫です。口は堅いので」
というか、「あと三日で世界を元に戻さないといけない」、なんて俺が言い出したところで、俺の元に来るのは協力でも応援のメッセージでもなければ、精神病院への招待状くらいのもんだ。
「ありがとう。けど、ごめんなさいね、あなたに全て任してしまって。大人たちは自分勝手よね、私も含め」
「長濱先生と合法的に話せるだけで充分ですよ」
「いや私と話すのは全然違法じゃないわよ・・・?」
「でも、機関の人間としての先生と話すことが出来てるのは、俺に世界の命運がかかってるからですよね」
「まあそれはそうかもしれないけど・・・」
長濱先生のプライベートというか裏の顔みたいなものを知れるのは非モテ世界の俺にしても褒美であるはずだ。
「だから、大丈夫です。先生も無理しないでくださいね。夜更かしは美容の大敵って言われてますし」
結婚に絡めたら確実に殺されるので触れないことにした。
「心配ありがとう。優しいわね、相変わらず」
「それは、長濱先生が俺に優しいからです。俺は優しい人には優しいんです。鏡ですから」
「ふふ、鏡ね。冗談でもうれしいわ」
先生は大人の艶やかな笑みを俺に見せた。俺は魅せられた気がした。
「さーて、それじゃ、大人の私も閑谷君のために一肌脱いであげましょうか」
先生は白衣を羽ばたかせながら立ち上がった。
「人肌・・・? え、脱ぐんですか?」
か、カメラ・・・
「なにいやらしい目で見てるのよ。違うわよ。あなたほんとに高校生?」
「え、じゃあどういう意味ですか?」
「あなたと橿原さんがちゃんと残りの三日を満喫できるように、私が手はずを整えてあげるわ」
「・・・よくわかんないですけど、そんなことできるんですか?」
「機関の力を使って機関絡みの悪い干渉を防ぐことなら、私にも出来るわ」
悪い干渉、その言葉に俺は引っ掛かった。味方であるはずの、機関の人間がそんなことをしていいのだろうか。
「でもそんなことしたら機関でも先生の立場なくなりませんか?」
ついでに出会いのチャンスも・・・
「任せて頂戴。はみだしものにはなれっこよ。それに教え子たちが青春しようとしてるんなら応援しなきゃ。それが教師の役目でしょ?」
先生は指を鳴らした。すると驚くことに、それまで白衣だった先生の服装が一式タイトなスーツに早変わりした。敏腕女上司とでもいうべきだろうか。学校には絶対居ないタイプである。
というか、なんだそのおしゃれな魔法・・・制服学生必見だなおい・・・
「あ。それと閑谷君」
「はい?」
突然の変心に驚いている俺に、先生はウインクしながら言う。
「もし私がずっと独り身だったら、ホントに私をお嫁さんにしてよね?」
「ふぇ・・・」
そういうと長濱先生は、またも突然現れたまばゆい光と共に、保健室から跡形もなく消えてしまった。え、どこいったの?
手元にあるのは莫大な資料だけである。
暫しポカンとしていたが、机の上にある先生が残したメモを見つけた。
「明日にはまた戻ってくるから、お話ししましょうね」
一瞬二度と帰ってこないかもしれない、なんて不安になっていたが杞憂だったようだ。というかそんな出張みたいなノリで魔法つかうなよ、ビビるから・・・。
俺は一息ついて椅子にまた腰掛ける。
先生も頑張ってくれてるんだな。
資料を持つ手に力がこもる。
俺に出来ることは・・・全部やんねえとな。
あ、長濱先生、さっきの話、もしそうなったらちゃんとお迎えに行きますからね。
俺は先生がさっきまで立っていた場所をみながら、そう心の中で呟いた。
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