第19話 決意

「いやー、眼福眼福~。今日もありがとね、圭君」


「こちらこそ、楽しかった。色々付き合わせて悪いな」


「そんなことないよ。こうして圭君と一緒に居れるなら、それだけで満足だもん」


「ちゃんとしたデートならまだしも、俺の用事ばっかりだったからな。心苦しいというか・・・」


 「ううん」と橿原は首を横に振った。隣で歩く橿原の歩みは軽やかで、ウキウキしているようにも見えた。


 あの後、つまり服を見繕ってもらった後、俺と橿原は我が妹の策略に嵌められ(服を見た後帰宅したらしい)、二人きりの買い物デート(?)を強制されてしまった。といっても、俺の家で使う食材や日用品の買い足しを任されただけであり、橿原にとっては無駄な時間だったのではないかと少し心配だった。というか妹もそこまで策略用意するなら、買い物任すにしても趣向をこらしてくれ・・・そう思う兄だった。いや、やっぱ妹はバカなのか? 脳筋なのか?


 どこの高校生カップルが食料品売り場でデートすんだよ! 

 思い出せ、食料品売り場での会話を――


「豚肉300g買ってきてって書いてあるけど・・・豚肉って肩ロースのことか?バラ肉のことか・・・?」


「うーんどうだろう。私料理あんまりしないから分からないかも・・・」


「まあ、切ったらどっちも一緒か」


「それは流石に違うと思うよ圭君・・・部位だよ部位」


 デートでこんな会話する? ここはお料理教室か?


 ――まあ、そんなこんなで訳の分からない買い物デート、いやデートとすら呼べない買い物を済ませた後、俺と橿原は二人帰路に着いていた。


 夕焼けと共にカラスの鳴き声が聞こえる。世界が微睡んでいくような、不思議な時間。


 ――またこれだ。


 俺はふと思った。

 昨日も、一昨年も、その前の日も、この独特な夕焼けの微睡んだ時間に「何か」が起きていた。


 告白も、世界の変革も。昨日は人が変わった幼馴染ときた。


 夏と秋の中間、この時期特有の不思議な夕焼け、というのだろうか。にしてはなんだか本当に不思議な空間が広がっているようにも思える。


 この瞬間だけ世界が歪んでいるような。


「圭君? どうかした?」


 橿原が俺の顔をずいっと覗き込んだ。その上目遣いやめて、可愛いから。艶やかな髪が枝垂れているのが、また随分と魅力的だ。


「い、いや、なんでもない。考え事してただけ」


「何考えてたの?」


「豚バラと肩ロースの違い」


「まだそのこと考えてたの⁉ というかそれはもう、名前で分かるよね⁉」


 どういう訳か、俺は結構橿原に対して自然とボケれるようになってきていた。橿原も案外ツッコミ気質のところがあるようだし、会話はかなり楽しい。


「いや、ほんとに大したことじゃない。しょうもないことだ」


 世界のことを考えてるなんて、言う訳もない。


「そっか」


 ふと橿原を見遣ると、その横顔はなんだか哀しそうに見えた。いや、悲しい、というと語弊があるかもしれない。もっと哀愁漂うというか、なんというか。


「圭君、私ね。今の時間がすっごく幸せなの」


「ん?」


「こうして圭君と一緒に時間を過ごせて、なんなら買い物も一緒に出来て、圭君は申し訳ないっていうけど、私は感謝しかないよ。この時間がたまらなく愛おしい。ずっと夢みてた時間だから・・・」


 はるか遠くの夕日を見据え、橿原はそういった。


「橿原・・・」


「この時間が一生続けばいいなって思うの。世界の時を止めて二人だけの幸せな時間を閉じ込めてしまいたい。なんてね」

 ――なんか、映画っぽくない?

 と、悪戯に微笑む。俺は、複雑だった。


 これが橿原の願った世界、願い続けていたであろう世界なんだと俺は改めて思った。そう思うと、今俺がしていることの正しさが不明瞭になる。

 「正しさ」というレール上の、俺の立ち位置が分からなくなる。


 俺がしていることは本当に正しいのだろうか。


「前さ、圭君がしてくれた映画の話、覚えてる?」


「・・・あれか、年を取ればとるほど若返るやつ」


「そう、それ。私ね、その話を聞いて改めて思ったの」


 橿原はそういうと、隣を歩き続けていた俺の手をそっと握った。こうしてきちんと手をつないだのは映画館デートの時以来か。デートとあれば手を繋ぐのが普通だと、俺も意識していないではなかったが、自分から繋ぐ勇気は持ち合わせていなかった。


「願わなきゃ、始まらないって」


「どういうことだ?」


 俺は手をつないだことに動揺しながらも返した。


「その主人公はさ、きっと願ったわけでもなく、神様のせいでそういう奇妙な人生を送ることになったんだよね」


「ああ、そのはずだ」


 願わずして、周りとは違う人生を送るハメになったのがあの主人公だ。幸か不幸かはさておき。


「でも、その人は人生に腐ることなく、寧ろ謳歌しようとしたんでしょ?」


「ああ、そうだな」


 生まれ落ちた時の体が老体で、普通にいきることすらままならなかった主人公は、それでも人生を常に全力で楽しんだ。身体を動かし、恋をして、良く生きて、心を満たしていた。年をとればとるほど若返っていく体に、順応していった。

 橿原は一体、何を言おうとしているんだろう。そう思った。


「私たちはさ、そういう意味では普通の人生を送っている。これから先、歳をとっていくのは止められないし、映画みたいに劇的とは限らない」


 橿原は続ける。


「でも、私は思うの。どんな人生でも願うことが全ての始まりなんだって」


「願うこと、か」


「強く願わなきゃ、何もかなわない。諦めてたら何も始まらない。だから、願いを言葉にして、形にして、実現するための努力をしなきゃいけないって私は思うの」


「願いを言葉に、ね」


「そう。だから、私は圭君に告白したの。あなたと、付き合いたいですって」


「・・・ああ。ありがとう。」


 なんだか、少し腑に落ちた。彼女は願うことが大切なんだと言った。

 元の世界で、最終的に彼女が求めたのは『世界の変革』だ。『俺と付き合っている世界』への変革。そういう意味では、元の世界の橿原は『願い』を『行動』に移したということなんだろう。

 だから、この世界の彼女は『願い』を叶えるための『行動』を大切にすべきだと考えているのかもしれない。


 ああ、なんだか、虚しいな。


 俺はお前がどういう状況で『願いを叶える』能力を手にいれ、どうやってこれまで生きてきたのかはしらない。けど、今の状況と俺がこの先しなきゃいけないことを考えたら、俺とお前はきっと虚しくなっちまうな。


 いや、虚しくなるのは、俺だけか。


 彼女が願い、行動した世界を、俺は元に戻さなければならない。


 無かったことにしなければならない。


 心にどんよりとした黒い雲が立ち込めていく。もどかしい。


 願い、行動し、叶える。


 人間の『夢を叶える』基本サイクルに従っただけなのに、どうして橿原だけ救われないのだろう。


 映画の主人公みたいに、救われたっていいだろう。救われる世界があったって、それを見過ごすくらいの器量が神様に備わっていないのだろうか。


 神様は俺を悪役にしたいらしい。それも絶対に勝たなければならない悪役。

 一人の女子高生の願いを白紙に返す役割。世界の平穏のために、一人を切り捨てる行為。


 まったくもってフェアじゃない。もし神様に会う機会があったら、顔にデカデカと「フェア」の三文字を書きなぐってやる。覚えていろ。こんなかわいくて、幼気な、一人の女子高生の願いを踏みにじった報いを受けさせてやる。


 そこまで考えて、俺は思った。願いを踏みにじるよう仕向けた世界と、それに従っている俺。


 ――なら、俺にとっての報いも、いつかは、


「圭君?」


「ん?」


「ちゃんと聞いてる?」


「あ、ああ聞いてるよ」


「もー、せっかく私が語ってるのに上の空ー?」


「ちゃんと聞いてるって。願って、行動して、叶える。簡単じゃないけど理想だよ」


「じゃあ私が、この幸せを確立するために、圭君を私の家に拘束するってのも聞こえてた?」


「え、なんだそれ怖すぎだろ⁉」


 突然のヤンデレ気質⁉ 目が怖い!!!!


「手足を縛って、私が養ってあげるから。」


「養うどころか俺が養分になってる縮図にしか見えないんだけど⁉」


「あ、水はちゃんとあげるよ?」


「最低限が植物レベルゥウ⁉ 身動きとれないだろそれ!」


「圭君は私の心の中で飛び回ってるから」


「いや俺の存在、微粒子レベルで幽体離脱してんの?」


「ふふっ。やっぱ圭君面白いね」


 冗談だと示すようにクスッと笑う。ほら、やっぱりかわいい。


「いや途中から完璧にホラーだったでしょ。身の毛もよだつ怖い話かと思ったわ」


「実は元カレの話なんだ」


「まさかの実話⁉」


 とんでもないどんでん返しだった。


「冗談だよ冗談。ほんとに圭君は、すぐ真に受けるんだから」


 いやこんな清楚系女子高生が、俺に向かって冗談言うなんて想像もつかない。高校のクラスメイト女子が俺にかける言葉は「閑谷くん課題だして」くらいのもんだったぞ。

 あれ?なんか悲しいな。


「それに・・・」


「ん?」


 橿原はまた顔を赤らめながらもじもじしている。この娘これ多くない? かわいいからリピーター予備軍ではあるけどもさ。自然と、繋がれた手を握る力も強まっているような気がする。あかん、俺が手汗かきそうだ。落ち着け俺。


「私にとっては圭君が・・・その、初めてだから・・・」


「お、おおおおおおおおおおおおおう」


 心の中で祭りが開かれそうになった。この橿原玲奈という超美形優しい満点女子高生彼女にとって、初の彼氏が俺という最上級の名誉に心が湧き踊る。

 わっしょいわっしょい。


「圭君にとって、私ははじめてになれるかな・・・?」


 潤んだ瞳で俺を見つめる。照れて緊張してるんだろうけど、その瞳から、気持ちが伝染する。


「俺も、玲奈が初めて、だな」


 ぎこちない返答をしてしまう。けれども嘘偽りのない真摯な回答だ。一回しか言えない、本音だ。


「ふふ、嬉しい」


 空いてる右手で、照れ笑う顔を隠しながら橿原はそういった。足取りがまた軽やかになる。


「俺も、嬉しいよ」


 俺の足取りも少しだけ軽くなった。心の雲もなんとか雨が降るのをこらえている。


 彼女の願った世界はいずれ無くなってしまうかもしれない。


 けれど。


 けれど今だけは、彼女のその願いに、その行動に、その答えに全力で答えたって罰は当たらないはずだ。

 彼女の願いを叶えて、その先に彼女の笑顔があるかは分からない。でも、思うんだ。


 そうなったときでも、俺たちのこの時間は、きっと無駄じゃなかったって言えるはずだ。きれいごとかもしれないけど、今はそれでもいい。


「さーて、今日は、この買ってきた豚ロースでキムチ鍋でも作ろうかなー」


「圭君が鍋奉行か~。美味しそうだね」


「玲奈も来るか?」


「え、いいの?」


「勿論、マイスイートハニーなんだから」


 照れ隠しで更に恥ずかしいことをやってしまうのは、俺の悪い癖だ。


「え、ごめんそれはなんか恥ずかしい・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


「でも、嬉しい。ありがとう」


「マイスイートh」


「いや恥ずかしいってば!」


「まいs――」


「私、先に行って準備しとくね!」


 橿原は握った手をパッと離して、駆けて行ってしまった。


 右手にほんのりと温もりが残っている。

 少しこっぱずかしいセリフを吐いてしまったが、これもまた進歩のはずだ。


 待ってろ世界、どう転んだって正解にしてやる。


 ――俺が、正解にしてやる。




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