第17話 決意?

「ただいまー」


 俺はへとへとになりながらもようやく愛する我が家へと帰ってきた。橿原とのデートに始まり、佐藤との時間旅行(仮)。一日にあるったけの事象を詰め込んだような時間を体験してきた俺の足は、小鹿のように震えている。

 ガクブルだよ、ガクブル。


「おかえりにいにー。晩御飯もう出来てるよー」


 妹の声がリビングから聞こえる。それと同時に良い香りが漂ってくる。今日の晩御飯は・・・カレーか?


「どうだったー玲奈さんとのデート」

「うーん、楽しかったな」

「何その感想、小学生じゃあるまいし」


 『実はね、お兄ちゃん、一昨日まで彼女出来たことなかったのよ』

 とは口が裂けても言えなかった。というかこの世界の俺の恋愛遍歴はどうなってんだ? まさかモテモテか? モテモテなのか⁉


「キスとかしちゃってたりしてー」

「・・・し、してねえよ」


 佐藤とのキス――厳密には別世界の佐藤とのキス――を思い出して一瞬言葉が詰まった。なんかそれ思い出すと気まずいな。彼女より先に彼女以外の女性とキスとか刺されてもおかしくない。

 いや、勿論俺自身にはキスした記憶ないんだけどね? ほんとに。


「え、まさかほんとにしたの?あの奥手極まりないにいにが・・・」


 妹よ、洗い物する手を止めて戦慄しないでくれ。しかもその言い方は不快極まりないだろう。事実だけども。


「してねえよ、ほんとだ」


 リビングに入るや否や俺はドカッと倒れるようにソファに倒れこんだ。必死に自己暗示をかける。

 橿原とは、していない。うん。嘘じゃない。


「へえ、ほんとに~?」


 我が妹はそれでもなお俺の事をじろじろと疑うように見てくる。身長160センチ、俺より小さいとはいえ、それなりの身長を有している妹に凝視されると兄でありながら身動きが取れない。さながら蛇に睨まれた蛙・・・誰が蛙だ。


「にいには、やっぱ変わったね」

「は? 変わってないだろ、別に」


 一昨日までの世界とは確かに変わっているけども。

 彼女がいない俺と、彼女がいる俺とでは天と地ほどの差があるけれど。


「にいにはもっと世界に絶望してた気がするもん。神は死んだ!って。」

「おいまてそれどういう意味だ。というかそれは哲学者だ、俺じゃねえ」

「私は透明人間です!って顔に書いてあった」

「遠回しに俺の影薄いことディスってんの⁉」

「ディスってないぜ、ヘイメーン、チェケラ」

「いや口調がディスラップする人そのまんまなのよ。しかもその動きはディスクジョッキーな」


 妹が洗いたてのお皿でをディスクに見立てて、所謂DJの動きをまねた。多分ラッパーをやりたいんだろうけど。

 雰囲気だけでボケるな。


「まあ冗談はおいといて、にいにに生気が戻ってきたなと、妹の私は推察するのですよ」

 今度は探偵の真似をする、こういう所が残念美少女の所以か、と思った。顔は妹のひいき目抜きにしても可愛いのだが、中身が、ねえ。

「俺はゾンビかなにかだったのかよ・・・御託は置いといてとっとと飯にしようぜ、お腹空いた」

「ゴタク・・・なにそれ美味しいの?」

「・・・」


 妹は中学三年生。陸上一筋の脳筋だった。


 ***


 その後、妹手作りの美味しいポークカレーに舌鼓を打っていると、当然のごとくデートの話題になった。


「ふむふむ、それでにいには玲奈さんをエスコートしたと思ってるわけだ」

「そう、俺の中の〇ムクルーズが・・・って待ってくれ、その言い方だとなんか俺失敗してる?」

「失敗っていうか・・・勘違い?」

「ど、どこが失敗してるんだ教えてくれ恋愛マスター!」

「ふっふっふー、それでは、この恋愛マスターの私が教えて差し上げましょう!」


 自称恋愛マスターかつ絶賛彼氏募集中の残念美少女マイシスターの講義が始まった。


「まずにいには・・・」

 俺に対する厳しい指摘が入る。俺はただ頷く。ここまでは、デート中の作法と言うか、気遣いと言うか、其処ら辺の指摘だった気がする。

「続いてにいには・・・」

 ドンドン厳しい指摘が入る。私服がダサいとか、髪をセットしてないとか・・・あれ? なんかディスられてない? いつの間にか俺は項垂れていた。


「更ににいには・・・」


 もう、後半は俺に対する不満でしかなかった。皿の洗い具合が甘いとか寝起きが悪いとかもう絶対それ関係ないじゃん。恋愛じゃないよ結婚を想定してるよ!と心の中で叫ぶ。


「と、いうわけで――」


 辟易とする俺に妹は一つ提案を出した。


「明日、にいにを連れて服を買いに行こうと思います!!」

「へ?」

「明日の学校が終わり次第、集合!」

「いやちょっとま――」

「玲奈さんにも連絡しとくね! あー楽しみ!」

「まてまてまてまてーい!!」

「あ、私明日までの課題あるんだった、洗い物よろしくね~にいに。綺麗にだよ、綺麗に」


 そういってマイシスターは一瞬でカレーを胃に流し込んだ。そして食べ終わった食器を台所に置いて、二階の自室へ逃げるように走っていった。その後ろ姿は明日の予定にいかにもルンルンといった感じで体を左右に揺らしている。踊るな、あぶねえから。


 リビングに一人取り残される俺。仕事で夜遅く帰ってきて一人晩御飯を食べる父親の気分だ。

 

「・・・」


 ぬーん。ハメられてしまった。俺、なんか世界の危機とかよりも周囲の人間に振り回されてないかな・・・神様見てる? ひどくない?


 俺は一人取り残されたリビングでぬるくなったポークカレーを一口運んだ。豚のうまみとカレーのコクが合わさってうまい・・・シンプルなカレーが一番うまい、と思う。


「俺も、一緒か」


 呟いてカレーを一気にかきこんだ。明日に備えて今日は早く寝よう。

考えなくても頭に思い浮かぶのは、世界の危機、橿原の願い、世界の変革、幼馴染etc...。


 知ったことか。俺は今ポークカレーを楽しんでるし、今日は人生初デートを楽しんだし、明日は服を買いに行くことになった。立ち止まって考えてる時間はない。


 一昨日までの世界とか、昨日から新しく始まった世界とか、もう考えるのはやめにしよう。今日は今日だし、明日は明日だ。どうなるかわかんねえけど、ひたむきにやることやってやる。見てろよ世界。

 

 俺は食べ終えた食器を持って、より良い男に近づくために洗い物を始める。勿論「綺麗に洗う」洗い物だ。

 水の感触と綺麗になっていく皿に心までも洗われているような気がした。いいね、俺の中の〇ムクルーズ。


 その後、

 洗いたての皿をこすって奏でる「キュキュッ」という音が癖になって、誰も見てないのをいいことにDJごっこで遊んでいた。


 どうやら、血は争えないらしい。


 世界の終焉までのタイムリミットまであと5日。



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