第16話 帰還
「あ・・・」
目を開くと世界に色が戻っていた。オレンジ色の空とカラスの鳴き声が路地に立つ俺と佐藤を包む。
「戻って、きたのか。」
「そうみたい、ですね。」
俺は世界が変革する瞬間を見て、混乱したままだ。佐藤はまだ俺の胸にしがみ付いているし・・・なんならこんな状況を玲奈に見られても世界は変革しちゃうんじゃないか?
「あ、あの、佐藤・・・」
「あ、あ!すみません!!」
佐藤は飛び跳ねるようにして俺から離れた。残像でも見えてしまうのではないかという程に素早い動きだ。・・・さすが機関。
佐藤は顔を少し紅潮させたまま一つ咳ばらいをして調子を整えた。
「と、とにかくですね、あれを見てよく理解してもらえたかと思います。」
いや、胸張ってますけどね佐藤さん、あの説明で分かれって中々無理がありますよ?事前情報から色々仮説を立てて立てて、その上にようやく成り立ってますからね?
「まあ、そもそも記憶の同期なんて、機関の中でもトップクラスの能力を持つ私だからこそできる芸当ですからね、感謝してください。」
エヘンと控え目な胸を張る佐藤。スラっとした体の佐藤がやると驚くくらい綺麗な弧を描いている。
「先生といい、佐藤といい、なんか機関って抜けてるよな・・・」
「ぬ、抜けてるですって?」
「あーいや、何でもない、忘れてくれ」
「ちょ、ちょっと!なに帰ろうとしてるんですか!」
「お腹空いたし、流石に疲れたわ」
「ま、待ってください!!」
「・・・なに?」
帰ろうとする俺の行く手を先んじて阻む佐藤。
両手を広げてとおせんぼう、べただなあおい。
俺としてはデートで得たポジティブな疲労感、と先ほどの心象世界での心的ストレスで体が悲鳴を上げる直前なのだ。早く寝たい。
「その・・・」
「その・・・?」
佐藤が俺の袖を引っ張りながらもじもじとしている。あれ?なにこれ。さっきまでゴミを見るような視線をぶつけてきていたのに。なんだか、違和感を感じる
そもそも髪をばっさりと切り落とした佐藤に対する違和感かもしれないが。
しかし、眼鏡を外しただけでここまで雰囲気変わるもんなのか・・・。というくらいに印象は変わっていた。いつもより瞳がパッチリして見える。
「明日から、一緒に登下校、再会しませんか・・・?」
「へ?・・・・・・」
口をポカンと開けてしまった。
やはり、機関の人間はどこか抜けている。
世界が変革したのは俺と佐藤のキスが間接的な原因だったはずである。それを回避するために橿原は世界を作り替えたのに、その世界で俺と佐藤が一緒に登下校してどうするんだ、フラグビンビンじゃないか。
力の暴走を防ぐための監視が目的、とか?
「ひょんなことで橿原がまた世界を作りかえる恐れはないのか?」
「え、えと、この世界の彼女にその力はないと思われるので・・・。」
「ん?じゃあなんのために一緒に登下校するんだ?」
「それは、えっと、その・・・」
「その?」
しばらく口ごもってから、投げやりに言い放つ。拳を握りしめて、背伸びするような姿勢で俺に言う。
「け、圭と一緒に登下校したいって、前の世界の私が言ってんの!」
思い切って言ったその口調は、紛れもなく非モテ世界の佐藤の口調だった。
「――ッ」
やばい、なつかしい。なんか、泣きそう。
罵詈雑言を浴びせられたせいかしらんけど、遠くに行ってきた友達が返ってきたような不思議な感覚だ。いや、そんな友達いないけど!!
しかし俺は冷静に、腕組みして考える。
「うーん」
「だ、だめなんですか?」
ここ二日、登下校は橿原と一緒にしていたし、彼女以外の女性と登下校するのはいくら非モテの俺でも憚られる。
というか、また口調が戻ったな佐藤。
「よし」
まあしかし、幼馴染の頼みを無碍にすることも、俺には出来ない。
俺は優柔不断な人間だ。
「じゃあ敬語使わなくなったら考えてやる」
「へ?」
「敬語のまんまだとなんか違和感しかないし、そもそもそんな関係性の二人が一緒に登下校するのはおかしい」
「それは、そうですが・・・敬語は私の癖なのでなかなか治らないかと」
「だったらおあずけだな。」
「うっ」
袖をつかむ力が強まるのを感じた。
結局、俺は橿原のためではなく、世界のために動いている。世界のために、橿原の求める彼氏を演じているに過ぎない。彼女への好意は偽物だ。しかしそれでも、彼女を裏切るようなことはしたくなかった。複雑すぎるぜ、この状況。
それ故の条件であった。敬語の癖って早々治るもんじゃないしな。俺もクラスメイトには永遠に敬語だもん。あれ?友達いないだけ?
――ともかく、
まあ最悪、三人で登下校だな。許されるんかは知らんけど。
俺の提案に、佐藤は物分かりよく頷いた。
「わかりました」
いや、あなたそれ敬語よ?
「なんとか治して見せます」
「治す気ないだろそれ」
「あ、あります!!なおします!!」
全部敬語なんだよなぁ。オール敬語。
「だから、それまで首を洗って待っていてください!」
え、なに断頭台にでもかけられんの?それとも絞首台か⁉
「首をながくして待っとくわ」
「ええ、ぜひともそうしてください。」
佐藤に自信ありげな表情が戻る。なんだか、さっきから、つんけんしたこの佐藤に非モテ世界の佐藤がチラチラ重なる。
俺の知っている、幼馴染。
「あのさ」
「はい?」
「一応聞いとくんだけど、なんでそんなに付きまとうんだ?俺のこと嫌いな設定どこ行った?」
「ああそれですか、うーん」
佐藤は考えるそぶりを見せる。しかし、素振りだけだったようで、すぐに答えを返す。
「さっきの心象世界で、元の世界と同期したんです、私。」
同期?電子端末でしかその言葉を見かけたことが無いぞ、アンドロイドかおまえ。人間をサブ垢とかないのよ?
「元の世界の私、多分あなたのことが好きです」
「は⁉」
佐藤の言葉に、飛び上がるほど驚いた。
「失った関係性は取り戻します。この世界の私は、前の世界の私と違って積極的なんです。どうやら元の私は鈍感すぎるあなたに好意を気付いてもらえず、ことなく鬱憤が堪っていたんでしょう。今ならわかります!」
佐藤はまだも胸を張っている。おいおい、何言ってんだわけわかんねえぞ。
「第一、世界変革の際も、究極的に言えばキスをする必要までなかったのにキスをしたんです。言わずともわかってほしいものですが」
――最悪、フリでも良かったでしょう。
と自らの唇に手を当てて、付け加える。俺を上目遣いで見上げている。
なんで形勢逆転してんの、というか、俺が鈍感?俺が?
「とにかく!」
佐藤はまた俺に顔を近づける。
「私、諦めませんからね?」
「お、おう。そうか」
半分告白みたいなものなのに、まるで他人事のような返事をしてしまうヘタレが俺だった。
「で、でもキスの件は忘れてください」
「覚えとけとか忘れろとか急がしいな」
「い、いいんです! 忘れてください! 恥ずかしいので!」
「はいはい、――はははっ」
「な、何笑ってるんですか!」
「いや、敬語ばっかだなって」
「あ、そ、それはっ」
「気長に、首を洗って、待っとくよ」
「ううっっ・・・」
佐藤は噛み締めて、少し悔しそうな顔を俺に見せる。なんだか懐かしさに溺れそうだ。
俺はこの顔を知っている。この佐藤を、知っている気がする。見た目に確かな違いはあれど、その奥にいつもの佐藤が見えるんだ。
「じゃ、またな。佐藤」
「あ、はい。それではまた」
今度こそ、俺たちは互いの帰路に着く。踵を返して、佐藤に背を向ける。
いつも以上の疲労感を感じながら、いつもの帰り道を歩き出した。
数歩進んだところで、声がした。
「――バイバイ、圭」
その声に足を止め、振り返る。
俺の知る佐藤は笑顔で、手を振っていた。
この世界で、久しぶりの幼馴染を思い出した気がした。
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