第12話 結果報告

「もしもし?」


 電子音の後、電話口からやや不安げな応答がくる。


「もしもし?」

「あっ、もしもし」

「どうしたの?閑谷君」

「先生、聞こえてます?」

「え?聞こえてるわよ?」

「電話なんですけども」

「いや分かっとるわ」


 渾身のボケだった。

 というか、好きな芸人のギャグだった。


 俺は、橿原との映画館デートを終えた後、歩いて帰りながら電話をかけていた。

 そう、長濱先生に!!合法的に!!


 いやいや、決してこんな渾身のボケをするために電話したわけじゃないぞ?そもそもボケとして成立してないとか禁句だ。こういうスタイルのボケなんだ。


「で、どうだったの?デートの方は」


 世界を救うための第一歩を先ほど踏み出したことに、全く実感はなかった。 


「メイビーパーフェクトであります」

「それ矛盾してるし不安なんだけど・・・」

「いやまあ、多分、完璧ですよほんと」

「和訳したって意味は一緒よ。バカなの?」


 二度も無能を晒してしまった、なんという失態(棒)


 しかし、ホントに手応えとしてはそんな感じであった。


「そもそも、今まで女の子と付き合ったことすらないのにデートの手応えとかあるわけないじゃないですか」

「まあ、たしかにそれはそうね。年齢=彼女いない歴だものね」

 グサッ!

 その方程式は高校生に当てはめるべきものではない!

「心の傷を抉られたんで責任とって慰めてくれませんか・・・」

「自分から言ったのに⁉」


 元の世界で長濱先生とはこんな会話ばかりしていた癖が出てしまった。いやそれにしても長濱先生のツッコミは衰えを感じさせないな。ピッチピチのツッコミである。


「とりあえず出来については保留するとして」

 と、長濱先生は会話に一区切りを付けてから再度質問を投げ掛ける。


「で、デ、デートでは何をしたの?」


 突然声に恥じらいが混ざったのを俺は見逃さない。でもなんで急にそんな恥じ入るの?小学生なの?デートを卑猥な言葉だと思ってないですか?


「なにって・・・どゆことですか?」


 まずは様子見。


「そ、それはもちろん、デート中にどんなことをしたのかってことよっ!!」


 何故か荒ぶる長濱先生。


「例えば?」


「た、例えば?・・・そうね・・・」


 言葉にしようか止めようか、うんうん悩んでいる声が携帯から聞こえる。

 そして、意を決したと分かる息遣いの後、


「キ、ききききききすとか?」


「ハグならしました」


「は、はぐですって!!!!!?????」


 いやその並びだとキスの方が上位でしょ。海外なら場合によっては挨拶代わりだよ?


「先生もしかしてキスしたら子ども出来ると思ってるんですか?」


「こ、子どもが出来ちゃった!?な、ななななななななにをしているのあなたはぁ!!!!」


 もう手がつけられないくらいのウブだった。こういうところも非モテ世界と変わらないことには安心した。まさかとは思ったが、相変わらず保険の先生やってていいのかと思うレベルである。

 そういうとこも好きです、先生!


「そこまでいってませんよ、安心してください」


「し、しかしだな、そ、そそそそそういうことはきちんと順序を踏まえて時間をかけて・・・」


「長濱先生!!!!」

「はひっ!?」


 突然の俺の大声に、先生は正気をとりもどしたようだった。


「特に変なことは起きてないです、だから落ち着いてください。今日橿原としたのは、高校生の健全な普通の放課後デートです」


「そ、そう、それならいいの。無事普通のデートが済んだのなら」


 普通とはなんだろう。ウブな先生の勢いだと、手を繋いだだけでも求婚の合図として扱われそうである。俺が言えたことではないが高校生にもなればキスの一つや二つしていたって何もおかしくないだろうに。先生も俺と同じキス未経験者なのか?

 いや、まてよ。逆に言えば、だから未婚 ――――


「ねえ閑谷君、今、私のことバカにしなかった?」


 冷えきった暗殺者のような声が耳に流れ込む。

 その声に背筋が凍る。


「な、なにもありません、先生」


 思考を取り止める。脳内ですら発言を撤回する。


「よろしい」


 今度はいつもの暖かさを取り戻した声が耳に流れ込む。こんなことしてたら耳の中が霜焼けになっちゃうわ。


 からかうのは楽しいのだが、結婚関係のことになると殺意をもって俺を制してくる所も元の世界と変わらないようだ。とはいえ、細部まで同じか確かめるために命を投げるのは惜しい。


「で、こっからはどうしたらいいんですかね?」


 そこで、真面目な話題に進路を変える。


 橿原との映画館デートは彼女の望みだった。その望みは達成されたと言っていいと思う。これを続けていくことが世界を救うことに繋がるのだろう。

 彼女の願い、つまりこの世界を終わらせるための鍵か扉か、とにかく第一の関門は突破ということだ。


「とりあえず詳しいことを確認したいからまた保健室にきて」

「え、今のじゃ報告になりませんか?」

「いやロクな報告してないでしょ。それに忘れたの?細かい言動も出来る限り把握したいから報告書を書いてほしいって言ったじゃない」

「記憶力がないので覚えてないですね」

「それは記憶力云々ではなく聞いてないだけじゃないの?」

「そうとも言いますね」

「いやほんとに聞いてないの⁉」


 映画館デートの今日。勿論学校は普通通りあったわけで、いつものように俺は二時間目の授業で保健室に転がり込んだ、仮病でね。まあここらへんも元の世界よろしくよくやっていたことで、俺と長濱先生の接点でもあった。

 そこで映画館デートの予告とその他もろもろ状況確認をした、ということまでは覚えている。報告書とか覚えてねえな(棒)


「えーと、その調子じゃあんまり今日の話は覚えてなさそうね?」

「安心してください。興味のあることは全て覚えてますから」

「遠回しにディスれてる⁉私の話に興味ないの⁉」

「ディスってません。しかしリスペクトもしていません」

「そんな意思表明聞きたくなかったわ!」


 またふざけてしまった。

 大方、今日の長濱先生との話し合いもこんな調子で続いていた気がするから、その「報告書」とやらのことも忘れていたのだろう。


 しかし、先生の連絡先を入手したことで、いつでもどこでもこんな楽しい会話が出来てしまうなんて。悪い遊びにはまってしまいそうだった。先生の連絡先、家宝にせねば。

 ・・・はっ、いかんいかん、話がそれた。


「で、報告書には何を書けばいいんですか?」


 そんな感じのぐだぐだな俺に、やれやれ、と呆れつつも長濱先生は恐らく一度は懇切丁寧に一から十まで話したであろうその内容について教えたくれた。先生も後半は面倒になって「まあ私も何て言ったかは詳しく覚えてないわ」なんてあまりに投げやりなことを言っていた。ごめん、先生。けど、先生も大概じゃないですか。


「じゃあ、とりあえずそんな感じでお願いするわね」

「はい、了解です、ありがとうございました」

「何にお礼言ってるのよ・・・まあいいわ、それじゃお疲れさま。また明日会いましょう」

「はーい、失礼しまーす」


 プツッ


 ありきたりな効果音と共に先生との電話は終了した。


 スマホの通話終了画面をまじまじと確認して、長濱先生の連絡先にありがたみを感じていると。


 ピコン


 RINE(SNS)の通知が表示された。


 画面には『「☆玲奈☆」からのメッセージがあります。』とある。

 ☆をつけるな☆を。キラキラネームじゃあるまいし。


 この世界の俺には何をするまでもなく、橿原がSNSの連絡先に存在していた。まあ彼女だから当然と言えば当然だが。しかし現在の俺は元の世界では家族以外の連絡先を持ってなかったせいで、まだまだ使い方も分からない初心者同然であった。

『りょ』以外のメッセージを遂行できないまである。


 恐る恐る☆玲奈☆からのメッセージを開く。

 最近のメッセージアプリは既読とか言う概念があるせいで迂闊にトーク画面とやらを開かない方が良いと聞くが、好奇心に負けた。


『今日は楽しかったよー! ありがとうね!

 また圭くんとどこか行きたいな♥️ 』


 メッセージと共に可愛らしいスタンプも送られてくる。


 ハートを持った可愛らしいクマだった。


 なんだこのハートをもった熊は。人の心臓じゃねえんだからそんなニコニコしてんなよ・・・


 きっとマスコットかなにかなのだろうが、名前など俺には分かるはずもなかった。


 ・・・


 ・・・・・・


 彼女からのメッセージ・・・無茶苦茶嬉しいじゃん。


 俺は生まれて初めてのデートを終え、これまた生まれて初めての、彼女からのメッセージで心を打たれるという素晴らしい経験をしたのだった。


 昨日は使い方わからないせいで玲奈からのRINEを全て無視していたことに今気づいたのは内緒だぞ。

 怒られても仕方ないというのに、今日一切その話題を上げなかったのも橿原の気遣いか・・・ありがてえ。


 可愛いし、優しいしかも、可愛いし。 惚れ一句。


 俺は通学路でニコニコ、いやニヤニヤニタニタしながら、ぎこちないフリック操作で橿原への返信文を思案するのだった。

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