二日目 デート

第11話 初デートは映画館⁉

「これがあの・・・映画館・・・」

「いやそんな大層な場所じゃないけどな⁉」


 純粋に目を輝かせて両手を願い事するみたいに組むんじゃありません。シスターか君は。

 しかし、可愛いからオールオッケー!!


 大型ショッピングモール内に併設されたやや規模の小さい映画館の前に、俺と橿原は立っていた。


 いわゆる映画館デートってやつらしい。

 昨日の今日で決まった唐突なデートではあったが、学校終わりに二人で映画を見るくらいのことをデートなどと呼称するのであれば、そんなことは容易い。


 ・・・


 って容易い訳あるか!!!!!彼女どころか友達と映画すら見たことない俺にエスコートできるわけないだろ!!!


「ねえ圭くん、今日は何を見るの?」


 橿原は尚も映画館の看板に目を輝かせたままこちらを見つめる。ぱっちりとした目が眩しい、ほんとに。


「と、とりあえず中に入ろうか」


 入り口前だとショッピングモールの通行人からも見られそうだったので俺はそう提案した。いや、断じて彼女を醜悪な男どもの脳内であられもない姿にされることを許せなかったなんてわけではない。けれど、それが半ば冗談ではないくらいに放課後デートというマジックが彼女に付加した魅力は計り知れないものがあった。


 いや、元から可愛いのは可愛いんだけどさ。学校終わりで制服だからなんか非合法感が凄い。


「へえ〜映画館ってこんなに色んな映画が上映されてるんだぁ」

「ホントに来たことなかったんだな」

「だから言ったじゃんかぁ」

「流石に一回くらいはあるかと思ってた」

「初めてだからエスコートお願いするね?」

「お、おう・・・」


 無茶苦茶可愛い女子高生に初めてを託された。

 閑谷圭ステンバーイ。


「そ、その・・・デートも・・・初めて・・・だからっ」


「――――ッ!」


 余りの可愛さに悶絶する。

 可愛いすぎか!!!突然顔赤くしてちょこっと袖掴んでこないで!!!心鷲掴みでガシッとされてんだから!!!


「よし、俺が完璧にエスコートしてやろう」


 多分、俺の顔はこの瞬間ジャック〇ウアーか〇ムクルーズか、とにかくそんな超絶カッコいい洋画男優の顔になっていたと思う。多分ね。


「ちなみに、玲奈はどんな映画が見たいとかってある?」

「うーん、あんまり分かんないけど・・・」

「けど?」

「圭くんと見れるなら何でもいいかも!」


 さっきまで照れていたせいか、やや火照りが残ったまま今度は満面の笑みを見せる橿原。


「え⁉ど、どうしたの圭くん?」

「い、いやっ、何でもない」

「何でもないならなんでそんな私の周りをそんなガチガチにガードしてるの・・・?」

「こ、これは予行演習だ!映画を楽しむために自分の世界に入り込むんだ!」


 橿原の全身を、俺の手と体で俊敏に覆い隠す。物体どころか通行人の視線すら入る隙はない。

 さながらバスケのディフェンスである。


 いや、頭おかしいのか俺よ。


「ふふっ、圭君、面白いね」


 言って微笑む橿原。

 守りたいこの笑顔、の究極体であった。


 ***


 映画館で彼女の笑顔をディフェンスし、その後も映画選びに悩んだ挙げ句、結局俺たちは今一番流行りのラブコメ映画を見ることに決まった。

 俺が事前に候補として考えていた映画は悉く上映が終了しており、最終的に映画館のスタッフさんにおすすめを聞いたことは彼女には内緒である。


 映画のチケットを買ったあと、飲み物とちょい大きめのポップコーンを買い、上映される部屋まで二人で歩く。

 いつもは大きなお盆に一つしかドリンクが刺さっていないのに、今日は二つのドリンク、更に二人分のポップコーンが追加され、心なしかお盆も喜んでいるように見える。


 良かったなお盆よ、俺の彼女を一目見れて。


 て、親戚のおばあちゃんか。


 軽快なセルフノリツッコミを入れていると、目的のシアタールームにたどり着いた。


 橿原は、ちょっぴり緊張しているようだ。無理もない、シアタールームの異世界みたいな空気感は、いつ何時も訪れる人々をワクワクさせてくれるものだ。


「・・・な、なんかすごいね・・・」

「席は中央よりちょっと後ろ。ちょい左よりが俺のおススメだ」

「こ、これから映画を見るんだ・・・二人で・・・って待ってよ圭くんー」


 無事席に座り、一息つく。

 スクリーンには上映前の注意事項やCMが流れていた。


 隣に座っているのは、近所のおばさんやタバコ臭いおっさんではなく、彼女。


 そう考えただけで気持ちが昂る。

 橿原が周りを見回し髪を揺らすたびに、洗練された凄く可憐な香りが俺の鼻を包む。


 この香りが毒ガスなら俺は喜んで死のう。


 スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。

 閑谷圭、享年17歳であった。


 まあそんな簡単に死ぬわけもなく、ドキドキとしている間に上映は始まった。


 映画の内容はというと、

 たった四人しかいない弱小卓球部に突如として現れる天才卓球少年、伝説の元日本代表鬼コーチ、そして部の存続のために必死こいて練習して夢の全国大会出場を目指す、といったよくある感じのスポ根展開に映画特有のコメディ要素を付け加えた作品だった。

 主要人物は有名女優や大御所が出演しているあたり流行りを感じる。


 個人的評価としては80点といったところだろうか。まあまあの高得点。試合中の白熱した空気感を映画館の臨場感あふれる音響設備で聞けるのは高評価だった。多分、地上波で放送されても俺は見ないけど。


 あと、

 上映中、彼女と指がふれあって更にドキドキしたり、暗闇に紛れて変なことをする、なんていうラブコメ展開は起きなかった。


 ただ、チラリと横に目を遣ったときに見えた彼女の真剣な顔付きと笑みはスクリーンの壮大な映像よりも鮮烈に俺の脳内に刻まれた。


 良い顔してるな・・・楽しめてそうで何よりだ。


 ふと、この世界のことを思い出してしまった。彼女と結ばれているこの世界は仮初めのものであるということを。


 やってられねえよな、ほんと。俺も、君もさ。


 こんな純粋に映画を楽しめる可愛い可愛い女の子がただ願っただけなのに、そのせいで世界は変わってしまって、このままだと世界は七日で消滅しちゃうし、元に戻ったところでその願いを忘れてしまうときた。

 それはつまり、彼女の願いは絶対に適わないということだ。

 俺が彼女の願いを知っていれば・・・そんな意味のない仮定を想像する。普通の告白なら上手くいってたのかな?いや、そもそもこの子のこと知らんけど。


 はぁ・・・

 俺にできること、あんのかなぁ・・・


 彼女の横顔を見ながらそんな物思いにふけっていると――


 ピタッ


 肘掛けの上で橿原の右手が俺の左手に重なった。

 彼女に変わった様子はない。


「――ッ?」


 俺は突然の出来事に目をギョロギョロさせていた。え?何?なんでこの子そんな自然と出来るの???恋愛の達人なの?


 そして、橿原の右手は俺の左手を上から優しく包んだ。

 どちらの手も、手の甲を上にしているため形はややぎこちない。


 橿原の手の温度を手の甲で感じる。

 暖かい。


 俺は数回深呼吸して心を落ち着かせる。ここでビビっていては彼女を満足させることできない。


 呼び覚ませ、俺の中の〇ムクルーズ。


 なんて冗談を心のなかで吐きながら。


 俺に出来ること――――


 俺はぎこちなく組まれた手たちを一度組はずす。

 橿原は一瞬だけ驚いているような手の動きを見せた。しかし顔はスクリーンを捉え続けている。


 ――まあ待て橿原、大丈夫。


 心のなかでそう呼び掛けながら俺は橿原の手を握り直す。

 今度はちゃんと、手のひらをお互いに合わせて。

 

 いわゆる恋人繋ぎってやつだ。ネット情報だけど。


 そうして再び橿原の横顔に目を遣る。

 刹那――


 彼女は俺の方を見ていた。

 不意の出来事に体を硬直させる。


 ――ありがと


 暗闇の中で彼女の口はそう動いたように見えた。さっきまでよりも満足そうな笑みを浮かべている彼女は最高に可愛かった。語彙なんて無い。ただその笑みですべて報われる。


 ありがとう、俺の中の〇ムクルーズよ。


 そんなこんなでスクリーンの少年達が無事夢の全国大会出場を成し遂げた所で映画は終わった。正直橿原に見とれていた時間の方が長かったような気もするが、まあでも、映画好きの俺としては内容把握は完璧だったように思う。点数も変わらず。


 ***


「はぁーーっ!面白かったー!」


 部屋から出るなり腕を上げ、伸びをしながら橿原は言う。


「それはなにより」


 俺も、面白かったし。


「映画館で見る映画ってすごいね! なんかこう、音とか映像がブワーッて入ってくる!」

「なんだその小学生みたいな感想は」

「えー! 伝わると思ったのに! 慣れてる人間には分からないのー?」

「分からなくはないけど・・・中学生でももう少し上手く表現できるぞ?」

「どんな風にー?」

「音と映像がブワーッて」

「私と同じじゃんか!」

「あっ、ごめん、これは中学生レベル」

「結局私のことばかにしてるじゃんかー!」


 楽しい会話だった。

 一気に流れ込んでくる音と映像によって映画の世界に突然引き込まれる。それを言おうとしていることは容易に理解できるが敢えてそうしなかったのは、彼女をからかいたかったから。

 この関係を楽しんでいる俺がいたからだ。


 橿原玲奈という女性は、清楚でおしとやかで、

 女の子っぽくて、いちいち可愛くて、それでいて優しい。


 全国の『優しい女がタイプ』とかいうストライクゾーン広すぎ系男子のど真ん中をえぐっているに違いない。まあそんくらい。


「また、二人で来たいね、映画館」

「あぁ。そうだな。また来よう」


 今度はちゃんと上映されてる映画をリサーチしてこよう。


「まだまだたくさんデートしようね」

「お、おう、勿論」


 エスコートは俺の中の〇ムクルーズに任せてくれ。


「これは、私からのお礼だよ――」

「ん?おれ――い?」


 映画館を出てすぐのところ、つまりショッピングモールの通路、通行人多数の場で。


 彼女とハグを交わした。

 交わしたというよりはされた、という受け身の方が正しいかもしれない。


 一気に流れ込むシャンプーの香り。彼女の服越しの体温、やや強調された胸の感触。そのどれもが初体験だった。


「ふぇっ・・・」

 男らしくない腑抜けたこえが出てしまった。


 ・・・


 数秒たったところで抱擁はおわった。

 俺の意識は宙をさ迷う。


「じゃ、じゃあまた明日ね!」

 彼女はハグの後、走り去った。

 

 衝動的にやってしまって恥ずかしくなって、帰ったのだろう。


 俺は宙に舞う意識でそんなことを思った。

 はよ帰ってこい俺の意識。


 そこから更に数秒たった後、俺は無事、宙から意識を回収した。


 周りの通行人は最初俺をじろじろ見ていたが、やがて呆れて見向きもしなくなった。なんか、恥ずかしいし、悲しい。

 

 さっきのハグを思い出す。そして映画館の中で見た彼女の笑顔も。そのどれもが焼き付いて離れない。


 あーあ、リアルに恋なんてするもんじゃないな。

 この思い出も1週間後には消えてしまうのだろう?


 ラブコメの神め、許さん。


 行くぞジャック〇ウアー。

 心の中のジャック〇ウアーを従えて、俺は敵陣(ショッピングモール)から脱出する男になった。


 歩いているうちに憂鬱な気持ちは少し晴れた。それくらいに今日のデートは満足いくものだった。

 そうだ、ついでにあの映画の点数も100点に訂正しておこう。

 彼女の笑顔込みで。



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