前日譚

第10話 橿原玲奈

 私、高校二年生の橿原玲奈には「思い描いた世界が現実になる」という極めて意味不明な、尚且つチートのような力が備わっている。

 簡単に言えば、「美味しいものが食べたいな」と思えば夕食は私の好物が出てくるし、「学校休みにならないかなぁ」と思えば大雨警報で休校になる。そんな感じ。

 一見、自分の思い通りに生きていけそうで羨ましいと思われるかもしれない。けど、現実はそうじゃない。


 だって、この力のせいで――最悪の事態だって思い浮かべるだけで現実になっちゃうんだから。


 ***


 私が自分の能力に明確に気がついたのは中学一年生の時だった。


 小学生時代から能力は備わっていたのかもしれないが、当時のしょうもない願い(逆上がりできるようになりたいとか、かけっこで一番になりたいとか)が叶ったところで、それは自分の努力の結果だと思うでしょ。


 そんな、「よく分からないけど何でもできてしまう私」は中学校で現実を突きつけられ事になった。

 数値化される学力の差、思春期特有の容姿から生まれるコンプレックス、そしてそれらを種として起こるクラスメイトとの不和、いじめetc...


 私はこの「能力」のお陰で、学業の成績もよく、運動もそこそこできた。容姿も自分で言うのはなんだけど、そこそこ可愛い自信はあった。


 だから、妬まれた。


 クラス中の女子から陰口を言われるようになった。

 入学したてのころは仲良くしていた女友達も、いつのまにか私のことを避けるようになった。

 目の前で陰口を叩かれるだけならまだよかったかもしれない。

 先生に接待して答えを教えてもらってるだとか、整形して可愛くなったとかありもしない噂をそこら中にバラまかれた。


 俗にいう「いじめ」というやつを体験したのは初めてだった。通っていた小学校は小さな学校だったのも影響していたのかもしれない。お山の大将を気取っていたわけではないけれど、生徒数の多い中学校の中ではそう見えてたとしても仕方ないのかもしれない。


 そうして、

 私は初めての「いじめ」に絶望した。

 そして思ってしまった。


 こんな人たち、居なくなればいいのに、と。


 翌日、私に嫌がらせをしてきていた女の子たちは突然学校に来なくなった。

 私は怯えた。願いが叶ってしまったことに。

 彼女達が、になってしまったことに。


 自分が願ったことが翌日現実になってしまうなんて、余りにもタイムリー過ぎたのだ。

 その日の夜、私は願った。


 昨日の願いは嘘!皆帰ってきて!!!!


 いくら嫌いな人たちであっても、ホントに消えてほしいなんて思っている訳じゃない。現実になる訳がないから、出来心でそう思ってしまっただけだ。


 布団のなかで丸まって強く願った翌日、彼女たちは奇跡的に発見された。発見、というよりは彼女達が自分の足でそれぞれの家に帰宅したということだったらしいが。

 彼女達はどこにいたのか、何をしていたのか聞かれると「分からない」と口を揃えて言ったらしい。


 私の家族はこの不気味な事件が起きた後、私のことを考えてやや離れた街へと引っ越した。


 ただ、この時既に私は自分が「願いを叶えてしまう能力」を持っているかもしれないと思っていた。


 確かめないと、

 引っ越し先へ揺られる車内で強く思ったのを覚えている。


 転校した先の中学校で、私はその推測を確かなものにした。


「勉強なんか出来ないほうがいい」


 と願えば、それまでと勉強量は変わらないのに点数だけ地を這うように低空飛行した。


「運動できない方が女の子っぽい」


 と願えば、突然運動能力は低下した。体の成長込みでかもしれないけど・・・


 こうして、色々試した結果、私は自分の持つ能力に確信を持ってしまったのだ。



 そこからは自分の気持ちを抑える日々だった。


 一時の感情で願ったことも叶ってしまうのだから迂闊に笑うことも怒ることも出来なくなった。ただ、嘘の願いや発言は現実にならないことがこの頃わかった。心からの願いを強く望めば、世界は簡単に変わった。恐怖も憎悪も具現化していく世界に私は心底絶望した。


 日が経てば自然と、私は私が望まない『偽りの私』を演じるようになった。感情を、願いを、偽るために。


 おしとやかな女性になりたかったけど、自分を偽って軽い女を目指した。

 だるだるによれた膝までのソックスを履き、スカートはパンツが見えるか見えないかギリギリのラインを攻め、黒髪ロングは金髪ショートにしてパーマを当てた。つけまつげも、化粧もした。

 案外、女友達は増えたし、男ウケもよかった。彼彼女らは『偽りの私』を疑うことなく受け入れてくれた。


 全ては本当の『私』を偽るため。


 そんなこんなで、中学生活三年間を終える頃には、偽りの私が『私』として定着した。

 もう、何かを願うことは無くなっていた。

 願っているのは本当の『私』ではないから。


 こうして存在する『橿原玲奈』という女子高生は、おしとやかで聡明な女性になりたいと思っていたかつての『橿原玲奈』ではなく、自分を偽って、ギャルのような女になり、願いをひたすら心のうちにしまいこんだ『橿原玲奈』だった。

 助けて欲しいと願うこともしなかった。それもきっと私の「能力」による救済でしかないし、どうしたって惨めすぎる。

 今ではどちらがホントの自分だったかなんて分からない。


 自分が嫌いだった。自分の揺れ動く心が憎かった。

 私は、私を見失っていた。


 彼と出会うまでは。

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