第9話 非モテの俺は、整理する
「ただいま」
「あっ、お帰り〜にいに。晩御飯はもうちょい待ってね・・・・ってにいに?」
俺は妹の顔を見ないように、帰宅後すぐさま二階まで駆け上がった。
バタン、
自分の部屋の扉をしめて、制服のままベッドへ倒れこんだ。
「ああああああああああああああ恥ずかしいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
何いってんの俺!!あんな可愛い女の子と普通に「――だよな笑」みたいな会話しちゃって!!!!!しまいには「彼氏だから当然だろ」とか!俺は基本モテるどころか女の子に嫌悪されるタイプだっての!!!
ベッド上で左右に寝返りを打つような形でひたすら悶える高校二年生、閑谷圭こと俺の姿がそこにあった。
とはいえ、自分の行動を恥じている場合ではないのも事実だった。
長濱先生曰く、俺は世界を救わねばならないのだから。
「でも訳わかんね~」
ベッドの上で大の字になってぼやいた。ゆっくりと羞恥を頭の片隅に追いやる。
見慣れたはずの天井。昨日までと何一つ変わっていない、シミ一つない真白な天井だ。
いつもの空間で、この非日常の世界を整理する。
そのためにまず、目を閉じた。
自己問答はお手の物だった。部活に入ってない俺の休日の過ごし方は、大抵こんな風に寝転んであーでもないこーでもないと思考を巡らすのが常だった。
根暗ボッチとかいうな。
脳内の思考グラウンド整備をせっせと済ませて、現状把握を試みる。
橿原玲奈という「俺の彼女」の願望を叶えて満足させる。
これがこの世界を終わらせ、昨日までの非モテ世界に戻るための適正な手段だということ。(彼女不在世界と言った方が良いかな?)
今分かっているのは、それだけだ。いや、厳密には理解している範囲と言うべきか。
「ふっ・・・意味が分からん・・・」
これはいわゆる世界線漂流ってやつなのか?
昨日までいた世界がAという世界で、今いる世界はB。俺はAの世界に戻らないといけない、みたいな。
けど、それだと長濱先生の言っていた「彼女の願望が叶い満たされたと同時にこの世界が元に戻る」というのとは話が変わってくる。俺が世界線を移動しているだけなのであれば、この世界は存在し続けるはずだ。Aの世界もBの世界も交わることの無いパラレルワールドであるだけで、「消滅」するはずがない。
となると考えられる可能性としては・・・
あくまでこの世界は非モテ世界の延長だという説。
彼女の願望によって、非モテ世界を過去ごと作り替えた結果が、この世界だというのなら少し理解はできる。
SF映画でなら、あり得る話だが・・・それにしたって「世界の変化」を望んでいたわけでもない「俺」が「世界を救う」当事者になるというのは強引すぎる。
橿原玲奈というこの世界の変化をもたらした人物こそ、「世界を救う」当事者にならないとおかしい。と思うのだが、先ほどデートの約束をした彼女がそんなことを認知しているとは一ミリも思えない。
そもそも、昨日踏切で俺にプロポーズしてきた橿原玲奈と、この世界の橿原玲奈がなんだか別人のように見えるのも納得できていない。
――いや、状況の理由付けよりも、「一週間の期限付き」ということの方が厄介な問題か・・・
論理的な思考は、パズルのピースをはめるように進んでいく。足りないところを補う可能性を探して、回して、はめる。それを繰り返す。
「にいに〜晩御飯出来たよ〜」
妹の呼び声に目を開けて、壁時計を見遣る。
気が付けば俺は30分以上思索に耽っていたようだった。
いつも通りの、夕飯の時間。
やっぱここらへんの日常は何ら変わりないんだよなぁ。
変わっているのは俺と「彼女」の関係性だけ。
名前も知らなかったような相手同士のはずなのに。いや、彼女は俺の名前を知っていたな。昨日の夜時点で。
だとしてもどうにも、はい納得、とは言えない彼女の願望にも首をかしげながら体を起こし、ベッドから降りた。
ベッドに座ったまま、頭を掻く。
なぜ、元の世界での彼女の望みが、俺と付き合うことだったのか?
こればっかりは手も足も出ないほどに手がかりがない。
「あー、もうよくわかんね。飯食うか」
パシン、と足を叩いて気合を入れた、が。
その時、足、厳密には太股にチクリとするような感覚があった。
「ん?なんだ・・・?」
丁度ズボンのポケットあたりで感じた異物感に手を突っ込む。
・・・紙?
・・・・・・あっ。
そういえば、保健室で長濱先生につっこまれたような。
あの先生、こんなワケわからん状況の概要を紙切れなんかに書いてズボンに突っ込むなんて、ホントに機関とやらで調教されてしまったんじゃないだろうか。
ああ見えて実はMっ気があるのかもしれない・・・っていかんいかん。
聞かれていたら何発拳が俺の体にめり込むのだろう、とやや怯えながら俺は折りたたまれた紙を開いた。
「・・・・・・」
四つ折りにされたB5の紙にはびっしりと書かれていた。俺が求めていた情報の数々が、そこにあった。保健室で聞いた内容もその中には含まれていた。
そしてそれ以上に重要なことも。
「うーん・・・?」
この世界が非モテ世界の延長、ないしは非モテ世界を根幹とする世界であるという俺の論はそこに事実として記載されていた。
一週間の期限については橿原玲奈の「能力」の限界が理由。つまり「一人の人
間」が世界を過去ごとマルっと変えても、そんな世界は七日間しか成立しない、維持できない、というのが機関所属長濱先生の一応の解釈らしい。
他にも色々すべきことや気を付けることが書いてあった。
パッとみて理解できる部分とそうでない部分が2:8くらいでそこに書いてあった。ほとんどわかんねえじゃん。
最後にはこう書かれていた。
『これは君にしか解決できない問題よ。この世界の私はその解答、楽しみにしているわ』
解答ねえ。
制限時間100分のテストで読解に90分くらい
かかる問題を出されている気分だ。
長濱先生め、次あったときは絶対いたずらしてやるからな。というか、テストのノリで世界を救えなんて言うんじゃありません。
俺は紙を元の四つ折りに戻して、映画関係の本が散らかっている勉強机の上に置いた。
「ほんと、無茶苦茶だっつうの・・・」
小言を付きながらも、心はほんわか落ち着いていた。
人に好意を寄せられたり、任せられたりするってのは久々の感覚で、俺のひねくれたやすーい心が満たされているのを感じていたから、だろうか。
「にいにー! 早くしないと冷めるよー!」
「わかった~今いく」
俺は催促する妹の声に引っ張られるように部屋を出て香ばしいにおいのするリビングへ降りていく。
非モテから突然彼女が出来た俺の生活一日目が終わる。
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