第7話 非モテの俺は、告げられる

 俺の彼女であるらしい「玲奈」との、ラブラブ昼休みが終わった後――厳密には他愛もない世間話や玲奈が最近興味のあるらしい美容関係についての話をヘドバンしながら聞いた昼休みが終わった後なのだが――午後の授業も難なく終え、放課後を迎えていた。俺はのんびりと時間を潰しながら思考を巡らす。


 訂正しよう。さっきの昼休みはイチャイチャというには語弊がある。第一、玲奈の話をヘドバンしながら聞いていたのは俺のコミュ力が圧倒的に不足していたからだし。

 残念、俺。


 にしても、この世界はやっぱり夢か何かなのだろうと俺は確信しつつあった。

 俺に彼女がいること以外は何も変わりがないが、それが逆に大きすぎるほどの違いだ。


 もしこれが夢でなければ、SF映画よろしく別の世界線に漂流しちゃったみたいな、そんなところなのだろう。

 どちらにせよ、この日常は俺にとってそこまで悪いものではないし、無理に元の日常に戻る必要性もあまりない。向こうの俺には彼女いないし。


 だからまあこの日常を楽しむとするか、とそんな風に思い始めていた。



「生徒の呼び出しをします。2年C組閑谷くん、至急保健室まで来てください。繰り返します。閑谷くん。早く来てください」


 ポップな電子音の間に、長濱先生の声が流れてきた。


 あっ、やべ、忘れてた。

 というか怒ってない⁉ 今の声は確実に長濱先生深淵ver,じゃない??


 急げ!!俺!!!


 俺は教室を飛び出し、保健室まで走り出した。


「こらっ! 廊下を走るのは校則違反よ!」

「ご、ごめん! でも、今回だけは見逃してっ!」


 風紀委員の注意もお構いなしで俺は走り続ける。


 もう少しで保健室。


 俺は勢いよくドアを開ける。


「長濱先生っ!」


「15分遅刻」


「す、すみません、遅れてしまいました・・・」


「わざわざ校内放送使って呼び出したんだから、そんなの分かってるわよ」


「完璧に忘れてました・・・」


「はぁ・・・そんなとこだと思ったわ。いいわ、まだ時間はあるし」


 そういうと長濱先生は保健室の机と椅子を移動させ、まさに面談、面接専用スペースを作り上げた。

 

 一体何が起こるんだ・・・


 実際、昨日までの日常では長濱先生との関係はある程度構築されていた。学校で話す友達が居なかった俺としては、保健室に来て長濱先生と話す時間が楽しくもあり嬉しくもあったわけで。屋上の鍵を貸してもらえていたのもそういった経緯がある。

 まあ、俺の周りからの目を考慮していただいて、先生側からの接触はほとんどなかったはずなんだけど。


「何か飲む?」


 既にカップに注がれた熱々コーヒーを飲みながら先生は俺に問う。


「大丈夫です。それより先生、砂糖は何個入れました??」


「なっ!私は大人よ?ブラックコーヒーに決まってるじゃない」


 絶対あなたコーヒーには角砂糖6個くらいいれてるでしょ。その身長でブラックは無い。

 俺は言質を取ってから崩しにかかる。


「でも先生、砂糖の袋の減りとコーヒーパックの減りが余りにも違いますよ?」

 

 俺は棚に置かれている二つの袋を指差す。もう保健室のどこに何があるかは大体把握していたので、量もバッチリであった。

 長濱先生はやれやれと言った素振りを見せながら、白状した。


「閑谷くんって記憶力ないっていう割りにそういうことは覚えてるのね」


「かつて見た長濱先生のガーターは死んでも忘れません!」


「死ぬ前に忘れろっ!!!!」


 バシッ!!

 一発叩かれてしまった。バカみたいに痛い。

 ここら辺は昨日までの日常と変わりないらしい。


「ま、まあいいわ、閑谷くん。あなたを呼んだのには理由があるの」


 そりゃ理由なしに呼ばれることはないでしょうね。

 と、余計なことは言わずに頷く。


「単刀直入に言わせてもらうわ」


「はい」


「あなた、昨日までの閑谷くんではないわよね?」


「え?」


 騙された訳でもない。

 嵌められたわけでも、誘導された訳でもない。


 長濱先生はいきなり、俺の置かれている現状を端的に言い当てた。


「え、えーっと・・・」


「その反応を見る限り、やっぱりそうなのね・・・そう・・・」


 まてまてまてまて、おかしい、おかしいぞ、長濱先生はそんな勘の鋭い人じゃない! もっとこう、ドジっ娘的なボケ役で、誘導尋問される側の人だぞ。

 しかも、まるで俺が変わったかのような言いぐさじゃないか・・・


「なんで、そんなことがわかるんですか?」


 俺は激しく動揺していた。


「うーん、いや、確証はないわ。」


「――へ?」


「私は今日の君に違和感を感じた。けれど、閑谷君自身が昨日となんら変わらないというのなら、それは私の勘違いで済んだ話よ」


 よく分からない。つまり、先生としてはカマをかけただけなのか?


「今日、閑谷くんが彼女――橿原さんと登校してきた後の様子を見て、違和感を感じた。それだけが理由よ」


「たった・・・それだけですか?」


「ええ、それだけ」


 きっぱりと言い切った。


 この日常での俺ならあの場で一体どんな対応をしていたのか気にはなったが、しかし、分からないところが多すぎる。


「その、よく分からないんですが、もし俺が昨日までの俺と違っていたらどうなんですか?」


 どこかに収容されて、矯正でもされてしまうんだろうか。


「あなたには使命があるの」


 え? 何? 指名? ホスト?


「この世界を・・・救ってほしいの」


 救う?いや、え?長濱先生何をふざけてるんですか?


「ふざけないでくださいよ長濱先生。珍しく顔が真面目じゃないですか〜」

「これはホントのことよ」

「いやいや、信じられないですって。まじで」

「どうすれば信じてもらえるかしら」

「そもそも先生はなんでそんなこと知ってるんですか?」

「私は特務機関の人間なのよ」

「うわ、嘘っぽいな」

「ほ、ほんとよ」

「証拠はないんですか?」

「秘匿事項なので今の所、これ以上は無理ね」


 そんなの誰だって言えてしまうじゃないか、と心のなかで猛ツッコミをいれた。


 先生は悪びれることなく説明する。


「あなたがこの一週間で彼女を満足させなければ、この世界はもう戻らない。世界の存在ごと消滅するしかなくなるの」


 世界が戻らないとか消滅だとかなんのことやらさっぱりである。


 理解可能な部分だけ聞き返す。


「まだ信じてないですけど。彼女を満足させるってのはどゆことなんですか?」


 長濱先生の真剣な口調と俺が置かれている状況から考えれば、何らかの超常的な事象は覚悟せねばなるまい。しかし、世界を救う使命があるなんてやりすぎだ。


――やはりそう簡単には信じてくれないわよね

 と呟いたあと、先生は続ける。


「橿原玲奈が、『閑谷圭の彼女』として望むことを実現させることが君の使命なの」


「なんでそれが世界を救うことになるんですか?」


「閑谷くん、昨日の夜、彼女から告白されなかった?いえ、告白では駄目ね・・・そう、プロポーズとか」


 ギクリとする。


「されました」

 

 その事を先生が知っていることに驚きながら、俺は即答した。


「しかも、踏み切りの前で、電車が走っていたり?」


「・・・そうです・・・』 」


 まるで見ていたかのようだった。長濱先生はひとつため息をついた。


「それがきっかけ、要は原因なのよ」


 いやだからどういうことだってばよ。


「特定の条件下でのみ成立する能力の発現、とでいうのかしらね」

「なんすかそれ・・・」

「さっき言ったような状況にいろーんな要素が組合わさったときに起こることがあるの」


 つまり、踏み切りで電車待ってるときにプロポーズされたら起こる現象が今の現状だということか? ありえん! アリエンティーだ!


「電車通過中の告白なんてよくありそうですけど」


 恋愛映画の定番レベルで世界変動起こしちゃうよそれじゃあ。


「色んな要素があるって言ったでしょ?彼女はその色んな要素を持ってたってことよ」


 長濱先生は一切顔を緩めない。ホントにホントのようだ。


「とにかく彼女の願った世界が今のこの世界で、昨日までの本来の世界に戻さないと、世界は消滅してしまうのよ」


「いや意味わかんないでしょ・・・」


 ホントに荒唐無稽である。いきなりそんなことを言われて理解できるやつはいない。

 世界を救うなんて実感はない。


「この世界は今日遂に作られてしまったの! 彼女の願望である『閑谷圭と付き合うこと』を成立させるために! そして、彼女を七日以内に満足させることが出来なければ、世界は元に戻ることもなく、消滅してしまうの!」


 立ち上がった先生の勢いに押されながら俺は聞いていた。


 ・・・

 この説明は簡潔で分かりやすかったような。

 ほうほう、なるほど。超常現象で彼女の願いが叶って、俺と橿原玲奈という女性が付き合って? この世界で、彼女が『閑谷圭の彼女』として満足させないと世界滅亡と。


 うんうん。


 えっ??


 願望に直接俺の名前入ってない?なんで?『彼氏がほしい』とかじゃなくて、俺限定なの?

 もーわからん!!!


「先生、自分は予習復習しっかりするタイプなので家に帰って復習してきてよろしいでしょうか?」


「復習しても分からないでしょう?」


「今聞いても分からないかと思います」


 もう、兵士のような受け答えをするくらいに混乱していた。それも意味わかんないけど。


「まあ・・・混乱するのは無理もないわね。私だって突然のことで驚いてるもの」


「先生驚いてなくない?もしかして不感――」


 ボフッ!!


 目にも止まらぬ早さで拳が腹部にめりこむ。


 痛ッッッッッッッッッッッッッッ


「だーれが不感症ですって??」


 言ってない言ってない!言えてないし逝っちゃうから!!!

 みぞおちへの強烈なパンチ・・・機関とかいう変な組織でそんな技ならってきたんですか・・・


「はいっ。この紙に、色々情報とか書いてあるから、確認しておいてね」


 長濱先生は四つ織りにした紙を痛がる俺のポケットに入れ、背中をポンポンとしながら退出を促した。


 いや、肝心の部分が痛みのせいで全然聞こえてないんですが先生!


「何かあったらまた保健室においで。わたしも出来る限り協力するつもりだから」


 寧ろ今すぐ治療してほしい・・・


「うっっっっっっっ、はぃ」


「じゃあ、またね。気をつけて帰ってね」


 きっと、この腹部に与えられたダメージ以上のものは登下校ルートに存在しない。

 とにかく家に帰ろう。理解もなにもないけれど。


「あっ、閑谷君、最後にこれ、渡しとくね」


「はひ?」


「私の連絡先。プライベートなやつだからいたずらしちゃだめだよ?』」


 ニヤっと小悪魔的な笑顔で手を振る長濱先生。いやさっきの右ストレートのせいで悪魔にしか見えないよ。ホントは可愛いのに。


 帰ろう。

 腹部を押さえながら俺は保健室を後にした。

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