第6話 非モテの俺は、味わった

 怒濤の起床~登校イベントを終え、HRの後に行われた授業は実に平凡だった。


 一時間目なんかは一体どんな未知の先生がハチャメチャな授業をしてくださりやがるんだ、と身構えていたが、国語の山内が昨日の続きである古文をひたすら読む授業を行った。

 数学の吉村先生も、化学の木村先生も、生物の岸田先生も昨日と何ら変わりのない授業だった。


 そういう意味では、朝から驚きの連続で混乱し続けていた頭を休める時間は十二分にあったと思う。


 落ち着いて物事を整理した結果。

 ・「玲奈」と呼ばれている女性は、昨日婚約を申し込んできた女の子と容姿は同じ、中身に違和感ありだが、俺の彼女として生徒の間でも通っている。

 ・俺に彼女がいたことは周りの人間にとって当たり前だと考えられている。

 ということは理解した。


 正直、よくわかっていないが、案外心持ちというか気分は悪くなかった。

 昨日までの日常に彼女の「か」の字すらなかったんだから、夢か現かしらんがこの日常を楽しむのも悪くはない。


 やっぱ玲奈って子かわいいし・・・ゲフンゲフン


 キーンコンカーンコーン


 聞きなれたチャイムが鳴った。四時間目の授業も終了したらしい。まあ大半は「彼女」の情報整理と寝不足解消のための居眠りだったので授業というには語弊があるが。


 グルルルルルル


 チャイムの音にあわせて反射的に腹が鳴る。

 生徒の多くはある意味パブロフの犬として扱われているのかもしれないな。

 とそんなことを考えながら俺は教室を出て購買で焼きそばパンを買ってから、いつもの場所へ向かった。そう、屋上である。


 屋上は、俺だけが使える最高の場所だった。


 今時の高校は屋上を封鎖しており使えることはないと聞く。もちろん俺の高校もその例外ではなかった。けれどまあそのカクカクシカジカで、半年前くらいから長濱先生に鍵を借り昼休みの間だけ使えるようになっていた。内緒でね。

 正直、クラスに居ようが居まいが関係の無いような生徒だったので誰に気づかれる訳でもないのは好都合だった。


 ガシャン

 鍵を使い、屋上のドアを開く。


「あー、やっぱここはいいな。変わってなくてよかった。安息の地・・・」

「圭くん! 良かった、来てくれて・・・」

「なぬ⁉」


 そこには彼女が立っていた。「玲奈」さん・・・いや、もう玲奈ちゃん何してんのマジで・・・ここ屋上よ?


 彼女はえへっと爽やかな笑顔を見せる。


 やっべ、かわいいんだが。


「えーと、その、鍵は? どうやって開けたんだ?」

「え、私にも持っておいてほしいって言ってくれたじゃん、忘れたの?」


 何してんだ俺。同棲してる彼女に合鍵渡すノリで、危険な屋上のカギを渡すな。


「あーそうだったな。やっぱおれ記憶力ナイワー」


 俺の発言はやや演技臭かった。

 そもそも、女の子と話すことなんて普段無いからトーンが分からん。


「もー圭くんっていつもそう言うよね・・・けど、そういうとこも好きだよ」

「お、おおおおう、ありがとな」


 どういうところが良いのかは一ミリも分からなかったが、非モテ耐久艦『閑谷丸』は即撃沈していた。恥じらいつつ言うの可愛いんだもん。


「ほら、こっちきて一緒にご飯食べよ?」

「そ、そうだな・・・」


 彼女に手招きされ、屋上の地面に腰を掛ける。

 

 うわ、近いな、良いにおいがしちゃう・・・料理じゃねえぞ。


 彼女は鞄のなかから弁当を2つ取り出した。

「はい、圭くんの」

「あ、ありがと」


 俺が彼女に弁当を作らせていたことは驚きでしかなかったが、流石に驚き続けていてはまた怪しまれてしまうので、なんとか自然に受け取った。


 やっべ購買で買ったパン隠さなきゃ。

 ゴソゴソ


「いただきまーす」

「いただきま、す」


 風呂敷を開き、早速お手製弁当にありつく。


 モグモグモグモグ


 彼女の作る弁当は美味しかった。卵焼きにウインナーに野菜の付け合わせ等々、料理の腕もあるなんて万能じゃないかこの子・・・つくづく釣り合わねえ。


「あのさ、圭くん」

「ん?」

「私ね、朝から心配だったの」

「何が?」

「圭くんが私のこと嫌いになっちゃったのかなって・・・」


 何をいってるんだ。絶賛好感度爆上がり中である。健気すぎる。


「もしかしたら昼ご飯も一緒に食べれないかもって思ってたの。でも、圭くんは来てくれた」


 彼女は少しだけ悲しげな顔をしながら続ける。

 一人で購買のパンを食おうとしていた自分を心のなかで108回ほど殴った。

 馬鹿野郎だ、俺・・・。


「私思ったんだ。こんなになるくらいやっぱり圭くんのこと好きなんだなって・・・えへへ、なんかノロケみたいかな?」


「い、いや、嬉しいよ。そ、そそそその、なんというか、ありがとう」


 きっとこの日常の俺は幸せだったに違いない。友達もいて、こんなに尽くしてくれる彼女もいて、弁当まで作ってくれて、何より、


 俺を好きでいてくれている。


 そんな彼女を持つ俺は幸せに違いない。


「俺は、幸せものだな」


 偽りでもなく取り繕ったものでもなく、心の底からそんな言葉が湧いた。珍しくどもることもなかった。


「も、もう、反撃なんてずるいよ。照れちゃうじゃん・・・」


 彼女は顔を赤らめ少し俯いていた。

 

 あぁ、なんでこんなに可愛い子が彼女なのか、この日常の俺は一体何をしたんだろうと不思議で仕方なかった。

 俺は感無量で青空を見上げた。


「反反撃だよっ」


 そういって彼女は自身の箸でウインナーを掴み、俺の口に近付ける。


「はい、あーん♥️」


 差し出されたウインナーと彼女の顔は、俺の見慣れた恋愛映画のそれだった。


 なんだこのラブラブカップルは。

 いやしかし、悪くない。

 ラブコメの神様、ありがとう。


 パクリ


 恋人からのあーんは今まで食べてきた食糧全てを忘れさせるような、それだけを記憶したくなるような、甘く甘い心地を与えてくれた。


 とまあ、そんな感じで。

 俺と玲奈の昼休みはラブラブカップルの要領でひたすら進んでいったのだった。



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