第5話 非モテの俺は、慣れてない

 俺は「玲奈」と呼ばれる(俺も呼んだけど)同級生に連れられ学校へと駆けた。

 道中で彼女のクラスメイトらしき人物たちから声をかけられることもあったが、コミュニケーションの取り方など中学生のあの日以来、錆び付いていたので


「おはー今日もアツアツじゃんー」


「え、あ、う、うん、おおおおおはよ」


 みたいな会話になっていた。しかもこの会話相手は女子生徒だったので、俺ではなく玲奈さんの方に声をかけていたと気付いたときには、もう消えてなくなりたくなった。


 頼む。まず最初に主語というか誰に話してるのか教えてくれよ、女子。


 そんなこんなで俺の数年ぶりとも思われる一般生徒とのコミュニケーションは道半ば、開始早々、一歩目から終わりを迎えてしまったのだった。


 閑話休題。


「おー閑谷じゃん、おはよー」

「閑谷くん、今日も玲奈ちゃんと歩いてたよね!いいなーうらやましー」


 2-C

 つまりは俺が在籍するクラスの教室に入ると、クラスメイトから自然な挨拶をされた。


「お、おう」

「ま、まあな」


 恐らく俺は感動詞以外の言葉を胎内に忘れてきたのだろう。

 そのくらいに言葉がでなかった。いやまあ絶望の中にいるから仕方ないんだけど。


 学校で人と話すなんて昨日まではあり得なかったぞ・・・やっぱ妹の様子もあるし、長濱先生のことも。全部おかしくなってんじゃねえか・・・?


色々と思案しながら元凶とおぼしき人物を思い浮かべる。


 彼女以外、ありえないよなぁ。

 それにしてもって感じだけど・・・


 ***


 さっきの続き

 校門を過ぎ、生徒たちが続々と登校しているなか俺たち二人は手を繋ぎ(掴まれ)校内へと入った。


「ふーっ! 今日も圭くんと登校できて良かった! じゃあまた後でね!」


 玲奈と呼ばれていた彼女はニコッと可愛らしい笑顔を提供した後、靴を下駄箱にしまい、内履きでペタペタと音を立てながら俺の教室とは反対方向―― 2ーAの教室に向かった。

 後ろ姿でも、やはり彼女はかわいかった。モデルかよ。


「お、おう・・・また・・・」


 彼女とはクラスが違うのか・・・まあ、その方が助かると言えば助かるが。


 彼女ならこの理解不可能な状況を知っていると思っていたが、どうやら彼女も「この日常」を当たり前だと思っているらしい。問い詰めると泣きそうになっていたし・・・


 いや決して女の子と話すのが久しぶりすぎて上手く聞き出せなかったとかではない、ほんとだ、信じて。


「とりあえず、教室に行くか」


 日常は変わってしまったが、教師にしてもクラスメイトにしても俺の異変に気付いている人は今のところいないようだった。で、あるならば俺が普通に生活してもさほど問題はないだろう。


 にしても、

 彼女がいるなんて昨日までは考えられなかった。ましてやあんなに可愛い子が。


「夢でも見てんのかな〜」


「ねえ、閑谷くん、何してるの?」


 思案中の突然の呼び掛けに背筋をピッと伸ばしてしまった。


 この声は・・・


「長濱先生・・・」

「おはよー、閑谷くん」


 身長は150cmほどの超低身長。

 それでいて校内随一の巨乳、なおかつ美脚黒ニーソが犯罪的。男子生徒の八割は彼女目当てで保健室にかよう(自社調べ)

 腰辺りまで伸びたサラサラ黒髪と、知的さと妖艶さを醸し出す黒ぶちメガネ。白衣の下には体のラインが出るニットを着ている、正に「男殺し」。


 そんな感じのいかにも"怪しい保健室のお姉さん"こと「長濱先生」がそこにはいた。


「始業前にこんなとこで彼女を見送り、しまいには腕組みで考えごと・・・かぁ。怪しいわねぇ?」


 腕を巨大な胸の前で組み、ニヤニヤしながら俺のことをじろじろ見ていた。大きな胸が縛られて苦しそうにも見える。


 やめて! 股間を見ないで! 違うから!


「ち、ちがいますよ先生! そんなんじゃないです」

 

 この状況で俺がそんな卑猥な妄想をしていると考えるのはきっと男子中学生程度のものだ。彼女を見送って卑猥な妄想して、色々膨らませてる男なんてどんなやつだよ。成敗成敗!


「へぇ〜、そんなんてどんなん?」


「いや俺が彼女で朝から欲情して・・・・・・・・・はっ⁉⁉」


 こんなやつだった。


 嵌められた。


 騙された。


 誘導された。


「閑谷くん。放課後保健室に来なさい。お説教です」


 長濱先生の保健室説教は、この高校の少しばかり元気すぎる男子生徒たちの間では有名だった。

 長時間拘束されお経を読まされるとか人体模型と話をさせられるとか、そんなサイコパスじみた行為をさせられるらしい(らしい)。

 その噂を思いだし、俺は


「そ、そんな・・・それは勘弁して・・・」


「いいわね?」


 もう二人に間に言葉は要らなかった。

 怖いよ何そのえがお。深淵を垣間見たんだけど。


 ともかく、

 俺が恐怖のあまり固まり同意とも取れる震えを見せたところで


「じゃあ、放課後ね」


 とだけ言い残し、長濱先生は職員室へと歩いていった。

 ちなみに彼女は20代後半らしく(うやむやにしているので多分30越えてる)結婚はまだらしい。


 あんな威圧できるんだから当然だろうな。無茶苦茶綺麗なのに勿体ない。

 心の中だけでそっとおもった。


 俺の日常はやっぱりおかしい。彼女がいない昨日まではこんなこと起きてなかったというのに・・・。いやまあ彼女で欲情する俺が悪いけど・・・けどぉ!!

 

 放課後までの残された余命をなんとか全うしようと心に決め、ややぐったりしながら俺は教室に向かったのだった。


 ***


 こういうことがあって、今に至る。


「やっぱあいつのせいじゃねえか・・・」


 HRのチャイムにかきけされるような声量で俺はボソッと呟いていた。


 そういいつつも、昨夜俺に結婚を申し出た彼女、つまり今日俺と登校してきた彼女のことを思い浮かべると少し頬が熱くなるのがわかった。


 彼女とか・・・知らねえっての・・・。


 俺は机に頭を突っ伏した。



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