第4話 非モテの俺は、忘れない

これは、在りし日の俺の本来の日常。


「よーっす」

「おはー。昨日のドラマ見た?チョー熱かったんだけど」

「わかる〜友達とLINEで盛り上がっちゃったわ〜」


 HR前の教室には賑やかな世界が構築されていた。


 もちろんその会話の中に俺はいない。


 俺は一人で本を読む。

 記憶力には乏しいが写実的な文章を読んでいると何だかその光景を自分の心に焼き付けることが出来ているようなそんな錯覚に陥ることができるから、俺はこの時間が好きだった。


「そういやあの噂聞いたか?」

「なにそれ」

「とんでもない転校生が来るって話よ」

「何がとんでもないの?」

「それが・・・」


 聞き耳をたてるまでもなく、クラスの人間の声は耳に入っていた。

 けれど、その細部に興味はない。人々の喋り声なんて気にしたところでロクなことはないし。


 ガララ


 教室のドアが開き、角刈りの中年担任(男)が入ってくる。HRの時間のようだ。


 絶妙に少量読み進めた本を閉じ、机にしまった後、窓からの景色を眺める。俺の席は一番後ろの窓際で絶好の観覧場所である。


「えー本日の予定は〜・・・」


 担任の声はいつもと同じで平坦。

 こういうときはほとんど連絡事項はない。

 にもかかわらず無駄話で時間を潰してくれるのは学校の七不思議だったりするんだろうか。


「・・・以上だ。それと、今日からなんだがー」


 その瞬間。

 担任の言葉を遮るような歓声が教室中に響き渡った。


 おいおい、どしたんだよ急に・・・


 俺も驚きのあまり皆が目を向けている方に注目し、やや腰をあげる。

 どうやら廊下に誰かいるらしい。俺の席は窓際で、廊下側とは正反対なのでそちらがわのドアに張り付いている男子生徒どもが邪魔でよく見えなかった。


「おいなんだよあれ、かわいすぎだろ!!」

「やべえ、惚れた」


 男たちの言葉から察するに美少女でもいるのだろう。


 なんだ、そんなことか。


 冷めた感情で俺は上げかけた腰を椅子に下ろした。


 美少女が転校してきたってどうせ関わりなんてありゃしないのによ。ラブコメじゃあるまいし。


「おいこっち見てるぞあのひと!」

「俺のこと見てるんか?」

「いや俺だろ??」

「金髪とか、いかち~」


 男たちは尚もやかましく騒ぎ立てている。

 てか、転校生はアイドルじゃあるまいし、誰を見てようがその視線は好意じゃなくて注意の視線に決まってる。女の子を怯えさせるな。


 ・・・


 そうはいってもまったく興味がない訳ではなかった。

 かわいい女の子?大好きだよ?

 クラスでは一人だし、女子と話すことも一切ないけど、嫌いじゃないよ?

 転校生?美少女?なにそれギャルゲーかよ。


 俺が好きなのは黒髪ロングで超絶清楚に見えて実は男を弄ぶ系の女子だ!

 ワンチャンあるかな!!!!


 気持ちの悪い連想を作り上げながら再度廊下側に目を遣る。盛んな男たちは担任の注意もあっていくらか席に戻っていた。

 と思いきや、担任も見とれてるじゃねえか・・・説得力よ。


 そうしてやや見えるようになった廊下の先にはたくさんの男を従えた女の子が一人。他の学年、クラスから男を虜にして連れているのだと察する。

 しかし、彼女の目は周りの男に一切向けられず、俺たち2ーAの教室内部に向けられていた。

 その女の子は廊下からこちらの様子を見ながら仁王立ちしている。男子どもが長いこと張り付いていたのはそれも原因なのだろう。


 ふーむ、確かに。


 美少女だった。


 我が校の制服、正にセーラーと言わんばかりの服を自らのものとし、転校初日とは思えないような堂々とした振る舞い。転校生なのに番長みたいな姿がアンバランスに見えて、そのギャップが男どもには可愛く映るのかもしれない。


 ウェーブのかかった金髪ショート。

 凛々しい眉。

 ぱっちりおめめ。

 可愛すぎか。


 そこまで確認したところで俺は目を逸らした。

 これ以上見つめたら俺が恋に落ちてしまう。それは敗けだ。敗北だ。敗走だ。

 俺は勝てる戦しかしない主義なんだ。


 気を落ち着けるために俺は窓の景色を眺める。


 後ろの気配を察するにどうやら美少女転校生は自分のクラスに向かったらしい。

 一体誰目当てでこのクラスを見定めていたのか。


 俺ではない。


 断じて。


 ・・・


 俺は、俺に嘘をついた。

 目を逸らしたのは彼女と目があったから、そんな気がしたから。

 誰かは知らない。多分彼女も俺のことは知らないはずだ。だから、そんなのは偶然で自意識過剰で、勘違いだ。


 俺はそう思い込んだ。


 思い込まないといけないような、そんな気がした。俺の過去が、経験が、そう告げていた。


「よし、それではHRを終わる」


「起立、礼」


 HRは終わり皆は席につき授業の準備を始める。


 先程までの熱狂はもうこの教室に無かった。


 でもなぜか、勘違いだとわかっているのに、俺の心臓だけは激しく鳴り響いていた。

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