手紙と不意打ち

 さっきからひっきりなしに、メインアリーナの入り口に吸い込まれていっているのに、全くおとろえない長蛇の列。会場からは、嵐の豪風が吹きすさぶように、どよめきが湧き上がっては、興奮という色をそこら中にまき散らす。


 細いロープが横に張られた中で、前へ前へと動いてゆく人々。そこへ、あちこちに設置されたスピーカーから、ずっと同じことがアナウンスされ続けていた。


「2回戦Bグループに出場予定の、歯がベリーシャープなシャークさん、試合開始10分前ですので、今すぐ受付の方に武器をすみやかに戻していただいた上で、近くにいる係員にお知らせください! 今のままでは不戦勝となりま〜す!」


 近くの植え込みには、春の花々が笑顔を見せ、お互いの肩に腕を回して、左右へ揺れながら歌い上げるように風に踊っている。その奥には青空の上に浮かぶ、緑豊かな芝生。春風が吹き抜けるたびに、サーッと葉音を立てる木々。


 そんな穏やかで平和な場所に似つかわしくない、武器という言葉。だが、誰も気にした様子もなく、ごった返す会場へやってきた人々の、待ちわびるざわめきの中で、同じアナウンスが繰り返される。


「2回戦Bグループに出場予定の、歯がベリーシャープなシャークさん、試合開始10分前ですので、今すぐ受付の方に武器を速やかに戻していただいた上で、近くにいる係員にお知らせください! 今のままでは不戦勝となりま〜す!」


 出場者の名前も少しおかしい、歯がベリーシャープなサメなのだから。それでも、誰も笑わず、気にせず、観戦客たちは中へ入ってゆく。人という川の流れができている両脇には、深緑のマントに黒のロングブーツ。シルバーのレイピアの制服をつけたきらめき隊のメンバーたちが、緊迫した様子で仕事をこなしている。


 今も聞こえているであろう、少し離れた場所にある多目的大ホールでのR&Bのリハーサルなど、様々な音でかき消されてしまう。人が歩く音、雷鳴のように響く歓声、それらによって。


 コンサートスタッフと国家の環境整備部隊、躾隊しつけたいが連携して仕事を行なっているのと同じように、煌き隊も大会運営側と国の治安維持部隊の2枚板。


 とにかく、さっき独健どっけんがいた場所とは比べものにならないほどの人の山。観戦客を誘導するだけで手いっぱいの状態。それなのに、隊員の白の手袋が上げられ、大きく横へ案内するように動きながら、こんな言葉が呼びかけられる。


「はい、席はまだ十分ありますので、慌てず進んでください。歩行以外の方法で中へ入る方は、他の方とぶつからないようご注意ください」


 底なし沼みたいな大きさのメインアリーナ。煌き隊員の前を、フワフワと空中を飛ぶイルカが、当たり前のように通り過ぎてゆく。まるで、海の中を泳いでいるように空気中を遊泳して、誰も驚いていない人々に紛れなから、会場の中へ消えていった。


 足元はガラス張りの青空。木々が生い茂り、チューリップのまわりを飛ぶ、ちょうちょたち。空中庭園だが、イルカが泳いでいる世界。さっきのサメも普通に、人と同じように存在していそうな予感。


 そんなおかしな世界観にも負けずおとらず、個性的なボケをかましてくる貴増参たかふみは、黒のロングブーツをクロスさせ、手をあごに当て、表情には出さないが、苦悩を重ねていた。


「困りましたね。約束を果たさなくてはいけません。僕の願いを叶えて下さったんですから、どうしま――」


 休憩時間、終了間際で、担当箇所へ戻ってきたが、優しさの満ちあふれたブラウンの瞳に同僚たちを映しながら、独健に言っていた『届け物』をまだ終えていない心配ごとをしていた。


 困っているわりには、その場から動く気配がなく、他の隊員の深緑のマントをぼうっと眺めたままだったが、不意に背後から声をかけられた。


火炎不動明王かえんふどうみょうおうさん?」

「はい?」


 あごに手を当てたまま、深緑のマントをひるがえして、すうっと振り向くと、そこには2本足で立つ人……いや正確に言うなら、それではなく、別の生き物だろう。制服は同じだが、そこからはみ出している手や顔は白地にあちこち黒や茶色のブチ模様がついている犬だったからだ。


 貴増参をはじめとする他の人々は誰1人驚くことなく、何のツッコミなく、普通にその犬の口元が動いて、言葉を話してくる。


「聞きましたよ」

「何をですか?」


 優しさの満ちあふれたブラウンの瞳は、自分のものと形が違うそれを不思議そうに見つめ返した。春風がサラサラと犬の隊員の毛並みをなでてゆく。


「お昼に外出したいと願い出てるって、今」


 独健とどら焼き話に花が咲き、休憩時間がタイムオーバー寸前。届け物ができなくなってしまった貴増参は、羽布団みたいな柔らかで低めの声を、困ったように響かせる。


「えぇ、そうなんです。ですが、代わりを頼める人がいなくて――」

「それなら、俺が引き受けますよ」


 犬の先が丸い手が自分の胸をドンと叩くと、オレンジ色のリボンが頼もしげに揺れた。勤務を交代する。貴増参の深緑のマントは礼儀正しく前へ下げられた。


「そうですか。助かります」


 犬の肉球がこっちに見え、それが左右へ揺られた、謙遜けんそんという動きで。


「いや、いつもお世話になってますし、お互い様です」


 貴増参の優しさの満ちあふれたブラウンの瞳は、まるで王子さまのように微笑み、右手を犬の隊員へ差し伸べた。


「それでは、僕と一緒にお茶しませんか?」

「え……?」


 まるでナンパ。表情がないはずの犬の顔は、人と同じようにポカンとしたものに変わった。貴増参はさらに右手を、固まっている犬の隊員へ近づける、こんなことを言いながら。


「下心はまったくないですよ」


 ただの同僚。友人や家族でないと拾えないボケとマイペース。犬の隊員はかなり戸惑い気味に聞き返した。


「あの、それって……デートの申し込み……ですか?」


 既婚者の貴増参。職場で堂々と不倫になってしまう、この言葉だと。ここもおかしな感じがするが、スルー。差し伸べていた手をゆっくりと自分の胸に引き寄せ、カーキ色のくせ毛を首を傾げたことによって、さらっと揺らし、にっこり微笑んで、自分でボケを回収。


「冗談です。今度、お花畑でランララ〜ン♪あんの限定どら焼きをご馳走ちそうします」


 犬の瞳がみるみる輝いてゆく。


「ありがとうございます。それじゃ、行っちゃってください」


 2人の頭上を大きな雲がすうっと流れてゆく。まるで神が昼寝をするために、真っ白な毛布をかけたように。だが、陽光がさえぎられることはなかった。


「それでは、お言葉に甘えて、瞬間移動です」


 長蛇の列の人々の喧騒と犬の隊員の前から、貴増参はその場で、フィギュアスケートのスピンをするように、素早くくるっと回って姿を消すと、青空が広がる地面の上に散っていた桜の花びらが、小さな竜巻を起こしたようにふわっと円を描いた――――



 ――――ヒュルルーという鳴き声を上げながら、大空をコンドルが悠々ゆうゆうと飛んでゆく。カウボーイハットは節々のはっきりした手で押さえられながら、はるか遠くまであおぎ見る。その目は、鋭く刺すような眼光だが、どこか面倒見のいい優しさも垣間見える、アッシュグレーの瞳。


「太陽はなくても、明るいのがこの世界の法則ってか。夜は月があんのにな」


 おかしなことがまた出てきたが、ガサツな男の声の持ち主は、気にした様子もなくスルー。足元の赤茶のウェスタンブーツが土を踏むたび、石臼いしうすいたようなジャリジャリという音を生み出し、不意に吹いてきた夏風が、土煙を上げながら左から右へ連れ去ってゆく。


「今日もいい風吹いてやがんな」


 ここも少々おかしい。桜が咲いている季節。花冷えという言葉があるほどなのに、もう夏の風。だが、ここも亡き者にしてスルー。


 かかと部分についている小さなギザギザの丸い部分、スパーが、男の長いジーパンで踏み出すたびに金属音をひずませる。


「年末の繁忙期はんぼうきは過ぎて、少しは落ち着いてきたがよ」


 後ろポケットにだるそうに、親指だけ入れて引っ掛けた両手には、太いシルバーリングが3つずつ、まるで拳につける武器、ナックルダスターを連想させるようにつけられていた。


「生きもんが相手の商売だからよ、油断はできねぇ」


 グレーのカモフラシャツの裾で風が吹き抜けると、ベルトのバックルがくすんだ鉄色とともにバッファローのデザインを見せる。それと同時に、男のまわりに規則正しく植えられた大きな木が、ザワザワと船乗りの掛け声のように威勢よく揺れ動いた。


「がよ、野郎やろうどものお陰で、いい仕事ワークできてんだよ」


 土の上でふと立ち止まった男の、カウボーイハットからはみ出した髪は、藤色の剛毛。耳より下にかかる長めの短髪が、日焼けした頬をかすめる。まるで、ボクサーのパンチをギリギリでよけるように。


「まったく、感謝しねぇといけねぇぜ」


 辺りを見渡すと、大木の上に登って何かを収穫しているような男たちと、それを運んでいる男たち。女の姿はどこにも見えず、野郎だらけの農場。


 口の端でニヤリと男がすると、飛行機がすうっと着陸したようなヒューッという音の線を描きながら、喧嘩っぱやそうな若い男の声が後ろからかけられた。


「兄貴〜!」

「あぁ?」


 これ以上ないくらい気だるそうな声を、出しながら振り返ると、鋭いアッシュグレーの眼光の先には、さっき空を飛んでいたコンドルが2本足で立っていた。2m近くある背の高いウェスタンスタイの男と、同じほどの大きさのコンドル。おかしい感じが思いっきりするが、ここも普通に会話が始まる。


 翼を手の代わりにして、身ぶり手ぶり、いや羽ぶりで説明がスタート。男の2つのペンダントヘッド、羽根型と雄牛のツノをデザインしたものの前で。


「宇宙の平和を守ろうぜデパートの取り引きの件っすが……」


 またさりげなく固有名詞がおかしかったが、ここもすっぱ飛ばして、男らしい肩幅の広いがっちりした体の上から、ガサツな声が聞き返す、鋭い眼光を帽子のつばギリギリのラインから光らせつつ。


「あっちは何て言ってきやがったんだよ?」

「代金10倍出すから、等級落ちても構わないって言うんす」


 何かの交渉で、金額が10倍に跳ね上がった。あきれた感じで、コンドルに背を向ける男。どこまでも突き抜けそうな青空を見上げると、長めの藤色の髪が頬からさっと落ちた。まるで刑事が殺人事件のトリックと対峙するような緊迫感が漂う。


「何考えやがんだ? あっちはよ」


 コンドルは男の背中に問いかける、戸惑い気味に。


「納期は……明日までっす」


 まわりで作業していた男たちが手を止めて、2人の会話を聞くために、集まってきていた。そのほとんどの服装が、まるで海賊みたいな粗野なものだった。


 その中心に立つ、男はまるで海賊船の船長のように、危険がともなう宝島に上陸を許可するかどうかをうかがうみたいに、ひとりごちる。


「等級落としてまで、数欲しいってか?」

「どうしやっすか? 兄貴」


 コンドルが問いかけると、あたりは静まり返った。聞こえるのは木々を揺らす風と葉音のみに。野郎どもの視線は、背が高くガタイのいい兄貴に集中し、ゴクリと生唾を飲み、最後の審判のような決断を迫られているボスの言葉を待ち続ける。納期は明日まで。金は10倍。


「そんなん答え決まってんだろ?」


 だが、すぐに、男のガサツな声が沈黙を破った。回し蹴りバックを入れるように、素早く力強く。両手を腰に当て、首だけでコンドルの方へ振り返り、まるで映画の中のワンシーンみたいに、背中で語ってやる感を思いっきり出して、地面をえぐるような強い風が1つ吹き抜けると、同性でもれ込んでしまうほどの、しゃがれた渋い声で告げた。


「金は不必要ナッシング、大事なのはハートだろ」


 即座に、男たちから歓喜と拍手 喝采かっさいが巻き起こり、あちこちから一斉に声がけがかかった。


「兄貴! カッコいいっす!」

「兄貴! 最高っす!」


 ピューピューという口笛や興奮した叫び声に360度囲まれた兄貴は、ウェスタンブーツのスパーをカチャッと鳴らして、即行注意を飛ばす。


「感心してんじゃねぇよ、そこでよ」


 したわれまくっている男のカウボーイハットは、くるっと180度反転して、コンドルへ正面を向けると、2つのペンダントのチェーンがチャラチャラとすれあった。


「大切なのは一番下の消費者さんなんだよ。デパートさんじゃねぇんだよ。断り入れてきやがれ」

「おっす!」


 統制が取れていることを如実に表すように、野郎どもの返事が全員重なった。それぞれの持ち場にすぐに戻り、晴れ渡る青空の下、初夏の風を浴びながら、農園という仕事が再開される。


 赤茶のウェスタンブーツはスパーをカチャカチャさせて、肉のかたまりとしてる大木の間に伸びている乾いた土の上を歩いていきながら、吐き捨てるように文句を言う。


「ったくよ、宇宙の平和を守ろうぜデパートも笑い取ってきやがって。だいたい、この世界に金は必要ねぇだろ。物々交換とかあんだからよ」


 どうやら、世界経済はお金という仕組みではないようだった。しかも、木に肉が生る、ここもおかしいようだが、この世界では常識のためスルー。


 太陽がないのに、降り注ぐ陽光に、鋭いシルバー色を発していた太い6つのリングは、しばらく乾いた地面の上を動いていたが、


「遊んでんじゃねぇよ。明日納期なのに。昼飯にすっ――」


 男の言葉がふと途切れたと思ったら、農場からすうっと消え去り、彼の靴跡はそこから先はどこにも続いていなかった――――



 ――――農場を見渡せる高台にあるウッドデッキ。西部劇みたいな古いポスターが砂埃すなぼこりで茶色く変色し、あちこち破れかけている。ごちゃごちゃと物が置かれているが、全てが土色。その中央に、ツヤという言葉など忘却の彼方へ置き去りにしてきたようなロッキングチェアと丸テーブル。


 何の予告もなしに、ウェスタンスタイルで全身を決めている男のガタイのいい体が、椅子の上にドサッと現れた。丸テーブルの上に置かれた赤く四角いものを、アッシュグレーの鋭い眼光でとらえる。


 それは、女が長い髪を結い上げたように、キュッとした色気を放つ結び目を持つものだった。それに向かって、節々のはっきりした男の手が伸びて行こうとした時、また予告なく、誰かがすぐ近くにすうっと立った。


「やあ! 明引呼あきひこ

「あぁ?」


 突如かけられた、毛布みたいな柔らかさがあり低い男の声。明引呼と呼ばれた人は伸ばしていた手を止めて、右隣をだるそうに見た。するとそこには、深緑のマントと白を基調にした上下。黒のロングブーツ。カーキ色のくせ毛と優しさの満ちあふれるブラウンの瞳があった。


「仕事は順調ですか?」


 農場の土臭いウッドデッキに、国家機関のぎれいな制服。不釣り合いな男2人。柔らかな質問に、ガサツな声で聞き返した。


たか。何やってんだ? こんなところで、こんな時間によ」


 独健と違って、ボケがなく、優しすぎるところもない。兄貴。太いシルバーリングを武器にした、拳を叩きつけれそうな激しさを持つ男。普通ならひるむところだが、ブラウンの瞳はにっこり微笑み、こんなことをまた言った。


「僕の名前は貴増参たかふみです。省略はなしです」


 いつの間にか手のひらに現れたダーツの矢を、左側の壁にかけてあるマトを狙って、明引呼は力任せに投げた。


「細かいこと、ごちゃごちゃ言ってねぇで、ワークどうしやがった?」

交代チェンジしていただいちゃいました」


 ズドンとど真ん中を射た矢とは反対側で、貴増参が相手に合わせて話を返してきた。この男、ボケているようで、意外と頭がいいところがある。それを知っている明引呼のウェスタンブーツは、スパーをカチャッと言わせながら、床の上で軽く組まれた。


「重要なことでも起きやがったか? 他の野郎に頼んでまで来るなんてよ」


 仕事を交代してもらう。席を外す。ただ事ではない予感が漂っていた。だが、羽布団のように柔らかな低い声が口をついて出てきた内容はこれだった。


明引呼あきひこの年齢を聞きたくて来ました」

「あぁ?」 


 急用でも何でもないもの。明引呼のたくましい両腕はカウボーイハットの後ろに折り曲げて当てられ、当然のツッコミを返した。


「そんなこと聞くために、てめぇ、ワーク抜け出してきたのかよ?」

「ぜひ、この機会に聞かせていただきたくて……」


 振られた明引呼の口元はどこかニヤリとしていた。


「オレは25だろ?」

「そちらは前の年齢です」


 またおかしな年齢の話が繰り広げられる。即行ツッコミを受けた明引呼のウェスタンブーツは、丸テーブルの足をガツンと横蹴りすると、


「知ってんじゃねぇか」


 赤い四角いものがズレて、床に向かって落ち始めたが、すぐに消え、またテーブルの上に、さっきの転落事故は無関係ですみたいな顔で乗っていた。


 貴増参の白の手袋は、オレンジ色の細いリボンの近くに添えられた。


「結婚して、女性のあごがれ、若返り。そちらをして、今は23歳です。ですが、実年齢はいくつでしょう?」


 女性としては是非とも聞きたい、結婚の仕方である。面倒臭そうに、明引呼は長いジーパンの足をテーブルの上にドカッと乗せると、反動で赤い箱が少しふわっと持ち上がり、今の飛び上がり事件は無関係です見たいな顔で、平和に元の位置にいた。


「それは前に話しただろうがよ」

「ふむ。2017年、君も長く生きています」


 4桁生きている人がまた出てきたが、ここも軽くスルーで、物語は進む。明引呼は自分の右隣に立つ、深緑のマントをつけた男を通して、もう1人の、あのひまわり色の短髪とはつらつとした若草色の瞳をした男を思い浮かべる。


独健どっけんは、てめぇの1年下だろ?」

「そうです。よく知ってますね」


 カウボーイハットを顔の上に乗せて、薄暗くなった視界の中で、帽子からはみ出している唇で、明引呼は鼻歌を歌うようにフリーダムな感じで言う。


「あれとは、ガキつながりだからよ。大抵のことは話してんぜ」


 貴増参の白い手袋はあごに当てられ、ふむと首は縦に振られた。


「いわゆる、パパ友ですね」

「世間一般じゃ、そう言うんだろうな」


 さっきとは違って、明引呼の声は黄昏たそがれていた。何だか意味深な言葉が登場。優しさの満ちあふれたブラウンの瞳には、ロッキングチェアに寝そべっている男の、ベルトのバックルのバッファローが、腰元という色気を引き出すように映っていた。


「パパ同士が……ですか」


 ボケているはずの貴増参もシリアスに感慨深くつぶやいて、農場に広がる木々が風で揺さぶられるのをしばらく眺めていた。部下のコンドルが鳴く、ヒュルルーという声を合図みたいにして、明引呼が途切れていた会話を再開させた。


「まったくよ。人生、何があっかわからねぇから、面白インタレスティングなんだよ」


 また途切れてしまった言葉。カウボーイハットは顔から外され、ぽいっと丸テーブルの上に投げ置かれそうだったが、不意に吹いてきた夏の風にさらわれ、どこかへ飛んでいきそうになった。


 しかし、すぐに姿を消し、丸テーブルの上に無事に置かれていた。連れ去り事件など知らないという顔で。


「要件、それだけじゃねぇだろ? 何だよ?」


 アッシュグレーの鋭い眼光は、隣にさっきから立っている国家機関の制服を着た男の柔らかで上品な顔に向けられた。だが、シリアスシーン台無しな言葉がやってきた。


「今までの話は前置きということで、ここからが本題です」

「自己紹介だったってか?」


 明引呼のあきれた声が響き渡った、ウッドデッキの全面に。確かに今までの話、貴増参が全て知っている内容。軽い罠、笑いという名の。貴増参は両腕を腰の後ろで軽く組み、黒のロングブーツのかかとを木の床の上でトントンと恥ずかしそうに鳴らしながら、さらにこんな言葉を口にした。


「そこは見て見たふりをしてください」


 カウンターパンチ並みに即行ツッコミ、明引呼から。


「それは、見て見ねぇふりだろ。実際見てんだから、振りは余計なんだよ」


 崩壊し始めていた会話が、兄貴によってリセットされた。しかし、次々にやってくるボケという名の攻撃が。貴増参はリアクション薄めの驚いた声を出し、照れ笑いをする。


「あ、そうでした。僕としたことが失念してました」

「あぁ?」


 明引呼の日に焼けた顔が気だるそうに上げられ、藤色の剛毛が重力に逆らえず落ちると、こんな言葉が毛布みたいに柔らかで低めの声で浮き立った。


「僕と君もパパ友でした」

「今さら、何言ってやがんだ?」


 さっき終わったはずの話題がぶり返されそうだったが、太いシルバーリング3つをつけた右手が上げられ、レイピアの柄の近くで、シルバー色をなめるようにトントンと軽く叩いて阻止した。


「それはいいからよ、話先に進めろや」

「実は、これを君に渡すように、ある人から頼まれたんです」


 白の手袋につかまれ、鋭いアッシュグレーの眼光の前に現れたのは、可愛らしさの象徴でもある桃色の四角いものだった。厚さは数mm。帽子のつばを上げて、明引呼はうさん臭そうな顔をする。


「あぁ? 紙ってか?」

「手紙です」


 仕事をわざわざ抜け出してきた用事。それがこれ。明引呼は貴増参から受け取り、顔の真正面に持ってきた、指先につまんだまま、角度をあちこちに変えて眺め始める。


「大人なら誰でも瞬間移動テレポーテーションできる、このご時世じせいに、手紙レターってか?」


 姿を消すのは特殊能力でもなく、普通のことらしい、この世界では。誰かに会いに行こうと思えば、すぐに会いに行ける。それでも、手紙を出す人がいる、きな臭い奇怪な出来事が巻き起こっていた。


「えぇ、僕の願いを聞く代わりにと言って、君に渡すように彼から頼まれたんです」


 またきた、固有名詞ではなく、ただの3人称。


「彼はいっぱいいやがんだよ。どいつからだよ?」


 言い方は違えど、独健と同じツッコミを受けた貴増参だったが、真面目な顔をしてこんなことを言う。


「開けてびっくり、玉手箱です」

「スルーしてんじゃねぇよ、オレの質問クエスチョンをよ」


 節々のはっきりした手で、深緑のマントがバンッと強く引っぱたかれた。それを気にした様子もなく、貴増参はオレンジ色のリボンの下に手を当て、静かに言葉を紡ぐ。


「そう、僕と君はいつも切ないくらいにすれ違いです」

恋愛物ラブストーリーみてぇな言い方しやがって、オレに合わせろや、少しは話をよ」


 マイペースでガンガン先に進んでゆく、いやどこか別次元へ行ってしまう貴増参。風が吹き抜け、枝が丸くからまり合った、ダンブルウィードが乾いた大地を右から左へ転がってゆく。農園の木々がカサカサと揺れる上で、部下のコンドルが飛び回る空の下で、明引呼は手紙を眺めていたが、やがて口を開いた。


「何書いてあんだ、中にはよ?」

「君 あてなので、僕も中身は知りません」


 もちろん、預かってきたので、貴増参が知るよしもない。人のものを勝手に開けるなどしない。溶かしたロウに刻みこまれた桔梗ききょうの、リーリングスタンプで閉じられている封を、節々のはっきりした手で不器用そうに開ける、ビリビリと。


「あぁ?」


 中からは、対比的な水色の便箋びんせんが1枚出てきた。綺麗に端を合わせ、4つ折りにしてある紙を、太いシルバーリング3つをつけた男らしい指先でガサガサと開いた。


 アッシュグレーの鋭い眼光に映ったのは、立てばシャクシャク、座ればボタン、歩く姿はユリの花。あでやかな色気匂い立つ相手が容易に想像できる、美しい筆字ふでじ。明引呼はそれを棒読みする。


「……ボクはキミに一目惚れでした。ボクは毎日、手の届かない夜空の星々を見上げるような気持ちで、キミを見てました。そう、キミはボクの太陽、ボクはキミの……」


 野郎どもに、名ゼリフを背中で語る兄貴。ここから突っ込み始めた。


「綺麗に書いてあるように見せてっけどよ。ナイスに言葉すり替えて、さりげなく笑い取ってんだよな」


 カウボーイハットのつばを上げて、青空に透かすように持ち上げ、鋭い眼光で刺すように手紙を眺める。


「星空が太陽にチェンジしてんだよ。昼と夜ごっちゃになってんだろ」


 比喩表現を使ったはいいが、大失敗な手紙。明引呼はそれを人差し指と中指で挟み持ちして、だれた感じでロッキングチェアの肘掛けに腕をドサッと落とした。


「っつうか、恋文ラブレターだろうが。しかも、野郎からのよ。どうなってやがんだ?」


 同性からもらってしまった、愛の告白文。衝撃的な内容のはずなのに、そばで黙って聞いていた貴増参はにっこり微笑み、夢見る乙女のような感じで言い、明引呼のガサツな声で突っ込むがリピートする。


「僕もワクワクが欲しいです」

「ボケてくんじゃねぇよ。そこは、ドキドキだろうがよ」

「青い春と書いて、青春。君もしちゃったんですか?」

「すっかよ。結婚してるだろうが、もうよ」


 既婚者に、同性からラブレターが送られてくる、何だかおかしいようだが、さらにおかしな展開に発展。手紙の渡し役になった貴増参は黒のロングブーツを交差させて、こんなボケた言葉を放った。


「それでは、僕が名探偵になって犯人探しをしましょう」


 持っていた手紙を、明引呼はビュッと、貴増参の襟元のオレンジ色のリボンの前に突きつけた。


「てめぇ、今日もよく飛ばしやがって。それじゃ、砂の中から砂を見つけるようなもんだろ。てめぇが本人から預かってきたんだから、知ってんだろ、どいつが書いたかよ」


 見えているものから、それを探す。意味不明以外の何物でもない。灯台 もと暗し、とも違う、手紙の差出人探し。貴増参は気にした様子もなく、軽く咳払いをして、またクイズ番組の司会者みたいなことを口にした。


「それでは、ここで、明引呼あきひこに問題です。君は同性にとてもしたわれてます。たくさん候補はいます。どなたがこれを書いたでしょう?」

「当てたら、何か商品くれんのか?」


 ウェスタンスタイルのガタイのいい男の体は、ロックングチェアの上で、小さな寝返りを打つようにねじれた。カモフラのシャツに包まれたペンダントヘッドが、2つチャラチャラとこすれ合う。白い手袋を着せられている貴増参の手はあごに当てられた、考えるために。


「そうですね? あ、超胸キュンキュンな素敵なプレゼントがありました」

「どんなんだよ?」


 しゃがれた声が口笛を吹くように響いたかと思うと、羽布団のような柔らかな男の声で、さっきから笑いを取りに行こうとしている固有名詞が告げられた。


「お花畑でランララ〜ン♪あんの限定どら焼きか、君を愛してる僕のキスです」


 後半部分がさりげなくおかしかったが、野郎どもをうならせる兄貴は、農園の木々の遠くを眺めながら、鼻でバカにしたように少し笑った。


「てめぇ、昔っから限定モンにようぇな。店の思惑通り動いてんじゃねぇかよ、それじゃよ。だいたいこういうのはよ、限定って書いて、なくなると思わせて買いに来させて、在庫は裏にごっそりあるって寸法すんぽうだぜ」


 明引呼は筋肉質の両腕を頭の後ろに回して、ヒュルルーと鳴きながら飛んでいるコンドルを見上げた。盛夏を思わせる風が2人の間を何度か吹き抜け、カーキ色のくせ毛と藤色の剛毛をしばらく揺らしていた。


「…………」

「…………」


 どこまでも無言が続きそうだったが、貴増参から、明引呼、兄貴に初回ツッコミ。


「今度は君が僕をスルーです。僕のキスという誘惑から」


 独健が恥ずかしがってつかまってしまった愛の罠を、兄貴はかっこよく交わした。右手をさっと上げ、貴増参の言動を制止する。


「それはあとにしろや。今は仕事中――っつうかよ、話それてってんだよ。ラブレター書いたやつがどいつか探すんだろうが」


 驚くこともなく、優しさの満ちあふれたブラウンの瞳は縦に揺れる、首を納得と言ったように動かしたために。


「ふむ。それでは、当ててください」


 水色の便箋に書かれた美しい筆文字を、日に焼けた顔の前に持ってきて、明引呼は文章を目で追う。『ボク』とつづってあるラブレターを。


「当てんの困難ディフィカルトだな。いっぱいいやがるからよ、野郎はよ」


 深緑のマントを着た国の機関に、所属する目の前にいる男も、『ボク』を使う。捜査は難航を極めていたが、助け舟が出された、貴増参から。


「それでは、僕から大ヒントです」


 アッシュグレーの鋭い眼光から手紙は消え失せ、カーキ色のくせ毛を持つ、優しげな顔の男が映った。熱くてどうしようもないような、ダルさで声を投げかける。


「あぁ?」

「彼です」


 ボケに見せかけて笑いを取ってくるきらめき隊の隊員を前にして、ウェスタンブーツは丸テーブルの足をガツンと乱暴に横蹴りした。


「てめぇ、それは大ヒントじゃなくて、さっきと条件変わってねぇから、ノーヒントなんだよ」


 スパーの金属音が激しく鳴り響いても、驚くことなく、恐れることなく、貴増参はなぜ、同僚に代わってもらわないと来れなかったのかの理由を明らかにした。


「13時5分に、君に渡してくださいと頼まれました」


 ずいぶんと細かい性格のような相手。リーリングスタンプもきっちりと止められ、便箋は端をそろえて、綺麗に4つ折り。なまめかしいほど美しい筆文字。


 かなり範囲は絞られたが、明引呼の脳裏でぐるぐると回る、特定の人物の面影が。


「時間計ってくるやつは、4人いんだよな。どいつだ?」


 丸テーブルにウェスタンブーツをドサっと乗せ置き、1人1人を詳しく分析しようとしたところで、貴増参の毛布みたいな柔らかで低い声が、真摯しんしな様子で割って入ってきた。


「君は初めどんな気持ちでしたか?」


 この2人でないと、わからない質問が突如飛んできた。だが、明引呼は口の端をニヤリとさせ、心の中でツッコミという鋭いパンチを放つ。


(考え中なんだよ、話しかけて来やがって。

 しかも、話題、思いっきりチェンジしてんだろ)


 テーブルに乗せられていた両足はドサっと床に落とされ、明引呼は前かがみになり、貴増参の見えないところで、タフガイ的にふっと笑った。


(がよ、つきあってやんぜ。

 こういうのは負けるが勝ちなんだよ)


 男の本音を語る。優しさの満ちあふれたブラウンの瞳と、アッシュグレーの鋭い眼光はまじわることなく、直角の角度をとったまま、急に吹いてきた砂埃混じりの風に、壁に貼られていたポスターがパタパタとなびく中で、ガサツな声が静かに語り出した。


「オレはよ、もともとれんのは好きじゃなかったんだけどよ」


 深緑のマントがはためき、レイピアの柄のシルバーがつられて、横線を軽く描く。


「ふむ、どうでしたか?」

「してみたらよ、案外、オレ、いけんだなって思ったぜ」


 カモフラのシャツから出ていた太い腕を顔の横に持ってきて、シルバーリング3つを軽く揺らした。自信を巻き込み、予測もつかない、まったく違った場所へ連れ去った嵐のあとの、晴れた空のような心境を伝えるために。


「てめぇは?」


 しゃがれた声が映画さながらの渋さで響いたが、羽布団みたいな柔らかい低い貴増参の声は能天気、ボケさ全開だった。オレンジ色のリボンのそばに、白い手袋は近づく。


「僕は比較的、こういうことには寛大な性格なので、全然ノーリアクションです」

無問題ノープロブレムだろうがよ、そこは。いちいち、突っ込ませやがって」


 シリアスシーンがまた崩壊。晴れ渡る青空、農園の木々。そこで働く野郎ども。それらを見渡せるウッドデッキにいる、男2人。明引呼の鋭い眼光は色を帯びて、ロッキングチェアに座ったまま、右隣にさっきからずっと立っている貴増参のブラウンの瞳に上げられた。


「構ってほしいってか?」


 白の手袋をした手は、カーキ色のくせ毛を照れたように触る。


「なぜか、僕はボケてしまうんです。困ったもんです、僕にも」


 鼻で少し笑い、アッシュグレーの鋭い眼光は、ボケ倒している男から外れ、また農園の緑を眺め始めた。


(また、話そらしやがって。

 ならよ……)


 貴増参がいる方とは反対側のウェスタンブーツを椅子の上に、明引呼は膝を立てて乗せた。それを抱きかかえるように腕で自分へ軽く寄せる。


「じゃあよ、こうしろや。ボケが治るかもしれねぇぜ?」

「どうですか?」


 国家機関という規律が作り出す制服に身を包まれている、貴増参は聞き返した。太いシルバーリング3つは、オレンジ色の細いリボンを呼ぶように、自分へ招き寄せる。


「オレの方にかがめや」

「鏡餅ですか……」


 同じ背丈の男の顔が近寄ってきた、自分の胸の近くへ。明引呼は雑な声で素早くツッコミ。


「てめぇ、最初の2文字だけ取って、中途半端なお笑いの前振りしてくんじゃねぇよ」


 あんなにボケまくりだった貴増参からは何ももう返ってこなかった。


「…………」


 それ見よがしに、明引呼のカモフラのシャツは一旦左に傾き、


「それでよ……」


 左腕を大きく後ろへ振りかぶった!


「一発、顔面にパンチすんだよっ!」

「っ!」


 太いシルバーリング3つが、拳にはめて使う武器、ナックルダスターのように、シューッという鋭い音を立てて猛スピードで近づいてきた、結婚指輪を薬指にしたまま。貴増参のブラウンの瞳は反射神経という防御力で思わず閉じられ、真っ暗になった視界で、びた鉄っぽい男の匂いが一気に濃くなったのを感じると、しゃがれた声が鼻で笑い、ボソッと吐き捨てるように聞こえてきた。


ジョークだ」

(無防備に目ぇ閉じやがって)


 ロッキングチェアの肘掛けに近づくように、寸止めされたパンチの拳はすっと下され、オレンジ色の細いリボンの下に着ている白いシャツの胸元を、ガバッと結婚指輪をしている手で乱暴につかみ、自分の方へグッと引き寄せた。吐息がかかるほど、唇が触れるほどの至近距離で、鋭い眼光は相手を焼きつくすように射る。


れてんぜ」


 兄貴らしい愛の言葉がささやかれると、わざと最初に上げておいた左膝が内側にバランスを崩し、貴増参の唇に力強く近づき、アッシュグレーの鋭い眼光はまぶたの裏に隠された。そうして、布地が激しく引っ張られるように、明引呼の唇が触れる。突然やってきた、お楽しみの時間。


 突風が祝福するように吹き抜け、丸テーブルの上に置いてあった、カウボーイハットがサーッと空へ舞い上がる、飛ばされた風船みたいに。


(ここで叶えられたら、てめぇの感情エモーションも動くんだよ。

 お預けくらって、いきなり……ドキドキしやがれ)


 赤い四角もの、お弁当箱が丸テーブルの上から2人を見ている前で、藤色とカーキ色の前髪は重なり、混ざり合う。違う色になってしまうほど、長く深く。


(不意打ちのキス、欲しかったんです。

 僕は君から……)


 眠っている男にかがみ込んで、襲うようにキスをしているような格好のまま、2人はしばらく唇を重ね、攻めと受けが策略的に逆転している立場に酔いしれていた――――



 ――――いつの間にか戻ってきていたカウボーイハットを、藤色の髪にかぶり、明引呼はさっきの情事はそれとして鋭く切り捨て、農場主として敷地を眺め始めた。深緑のマントはきちんと縦の線を描き、仕事という距離感で立っていた。しかし、貴増参のわざとらしいため息が聞こえてくる。


「あぁ、残念。僕はもう戻らなくてはいけない時間です」


 明引呼の鋭い眼光は農園の木々から、横滑りしていき、貴増参の顔を見上げた。


「チェンジしてもらったわりには、滞在時間がずいぶんみじけぇな、おい」

「武術大会の開催期間中ですから、てんやわんやの大忙しです」


 空中庭園のメインアリーナでの催し物が、毛布みたいな柔らかで低い声で告げられた前で、ロッキングチェアに座ったまま、明引呼の左手は、ジーパンの後ろポケットに当てられ、出した様子はないが、四角いものが、すうっと斜め右に傾いた鉄色の線を空中で描き、右手にパシッと落ちると、それは携帯電話だった。


「だな、メール読んだぜ」


 ポンポンと手のひらでもてあそばれるように投げられる電話を目で追いながら、貴増参の優しさの満ちあふれたブラウンの瞳は一瞬閉じられた。


「彼なら大丈夫です」


 目を開けたが、日に焼けた明引呼の顔は頬を見せるばかりで、こっちに向かなかった。無力に近い戦いにいどむように、鋭い眼光をはるか遠くへ射し込む。


「あれはタフだからよ。バカがつくほど」


 2人の脳裏に同じ人物が浮かんでいた。農園を吹き抜けてくる風に、貴増参と明引呼は無言でただただ吹かれていた。


 だが、沈黙を破ったのは、貴増参。結婚指輪をした左手が、煌き隊の制服をともなって顔の横にさっと上げられ、手のひらを向けてにっこり微笑み、羽布団みたいな柔らかで低い声が風に乗った。


「それでは、またあとで。瞬間移動です」


 竜巻みたいに回ると、すうっと消え去り、ウッドデッキのあちこちはがれた木の床の上で、砂埃がトルネードを描いていた。


 明引呼の節々のはっきりした指2本に挟み持ちされた桃色の封筒が、男のロマン的に顔の横に縦に向きに連れ出された。


「話そらして、さりげなく去っていきやがって。手紙のぬし、言っていきやがらねぇで。放置して、ツッコミポイント残してくんじゃねぇよ。後始末、全部オール、オレってか?」


 ボケで思いっきり巻かれてしまった、ラブレターの差出人という犯人探し。丸テーブルの上に、ウェスタンブーツは両方ともドサッと乗せられ、衝動で赤いお弁当箱がガタッと揺れた。

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